第13話 伝令
前線で迫撃砲を使うことで急速な魔素消費を行い、魔素を枯渇させることに成功した神聖アルテザウス王国軍は当初の予定通り休戦状態に移行する手はずを整えていた。
この神聖アルテザウス王国軍の動きに対し、ニカルディア軍も王女サルラの指揮の下で休戦状態への移行を開始していた。兵の中には早すぎる休戦状態に不満を覚える者もいたが、指揮官の命令とあっては仕方がないと諦めて素直に従う。
この時点で前線の兵士たちはまだ指揮官が王女サルラに変わったことを知らない。噂程度では前指揮官であるハネス少佐に変わって王女サルラが指揮を執っているということは知っていたが、正式な発表がない以上は彼らの中で指揮官はハネス少佐ということになっている。
だが昨日から命令の内容が劇的に変化し、戦況も好転したことから上層部で何かしらの変化があったことを前線の兵士たちはその身をもって感じていた。
そしてそれは敵軍の長である十二神将の一人ダレス将軍も同じであった。
「やはり敵は逃げの体制をとりつつも、どこか好機をうかがっている様子だな」
「はい。やはり指揮官が変わったというのは事実みたいですね」
「これまで及び腰だった指揮官に変わった新しい指揮官はそれまでの指揮官の策を踏襲したうえで戦略的撤退を有効に使っている様子。敵は指揮官が変わったことを隠そうとしている様子ですが、昨日から明らかに変わっているでしょう」
部下たちがダレスの言葉を肯定する。
「俺の見立てが正しければ、相手は不利な戦争に慣れている様子」
「ええ。おそらくかなりの経験を有しているのでしょう」
「妥当なところを行けば第六王女のおつきだったあの騎士の娘かと」
彼らが真っ先に疑ったのは騎士団所属のレンリ。しかしダレスの見立ては異なっていた。
「あの騎士にそこまでの技量があるとは思えない。もしこれほどの実力があれば先の暗殺未遂であのような醜態を曝すはずがない」
「では例の協力者ですか?」
「それが一番妥当というところだ」
かねてから疑っていた協力者の存在。その存在を確証させるためにダレスは南部の大森林進行に意識を向けさせるための休戦状態、ニカルディア最西端の村への偵察を行った。
そろそろどちらかから連絡が来ていいと考えていたその時であった。
「伝令! 伝令!」
一人の兵士が慌ててダレスの下まで走ってきた。その表情からは焦燥の色が見られ、どうやらかなり急いでここまで来たようだ。
「どこからの知らせだ?」
「南部の大森林方面より伝書鳩による報告です」
「ほう、敵と遭遇したか」
「はっ、それが……」
「どうしたのだ?」
すぐに答えない兵を見て目を細めるダレス。連絡兵は戸惑いながらも報告を読み上げる。
「南部の大森林に進軍中だったわが軍は七割を喪失。混乱中のため正確な人数確認はできていませんが、当初の三割ほどしか確認できていない模様」
「なんだと!? それは本当なのか?」
「南部には一個大隊が向かったはずだ。何かの間違いだろ」
部下の二人が慌てて聞き返したが、連絡兵はどうとも答えられえない。彼はただ伝書鳩が運んできた文をそのまま読み上げているだけで、彼が直接見たわけではない。
しかしだからといってその知らせが嘘だということもできない。
「馬鹿げている」
「一体相手はどれほどの兵を派遣したというのだ」
「それが……知らせによりますとたった一人によって……」
「一人だと!? 寝言はたいていにしろ」
「一人で七百人以上を相手にしたというのか? そんなのどこの戦記を見ても載っていない」
部下たちが次々と否定するような言葉を述べる中、ダレスはただ黙り込んでいる。そしてようやく口を開いたかと思えば連絡兵に問う。
「その者の特徴は?」
「はっ。知らせによりますと二刀流の少女。髪は紅くその姿はまるで鬼のようだと」
「鬼のような二刀流……」
その言葉をきいた瞬間、ダレスの頭の中に一人の傭兵の名前が思い浮かぶ。それは近頃は名前を聞かなかった最強の傭兵の名前。
戦場で直接見たことのないダレスでもその数々の伝説は幾度となく耳にしている。確かにその傭兵であれば一個大隊を相手にしても勝つことはできるかもしれない。
「双星の鬼人……」
「なっ、まさか……」
「奴らはあの傭兵を味方につけたと……?」
その場にいた兵の中で双星の鬼人に反応したのは比較的高齢な兵士たち。若い兵士たちはそれが何かしら内容で上官たちの表情を見てただ戸惑う。
「まさか向こうの協力者が双星の鬼人だったとはな」
「将軍は本当に奴らが双星の鬼人と手を組んだとお考えで?」
「そうです。双星の鬼人を雇うことが国際社会で何を意味するかわからないわけではないでしょう」
その破格の力ゆえに各国では双星の鬼人を雇わないという暗黙の了解がある。それはもし双星の鬼人が寝返った時に被害を被るのは雇っていた方だから。誰もそんなリスクを冒してまで双星の鬼人を雇おうとは思っていない。
しかしいくら否定しようにも、現実は変わらない。南部の大森林を進行していた神聖アルテザウス王国軍一個大隊の七割を一人で殲滅できる存在など双星の鬼人以外に思いつかない。
さらに状況を加味すれば、その可能性は十分にあった。
「敵の暫定的な指揮官があの第六王女だった場合、双星の鬼人を雇うのに躊躇いはないはずだ。そもそも双星の鬼人だと知らない可能性だってある」
現にダレスの前にいる若い兵士たちは双星の鬼人が何かわかっていない様子。そんな兵士たちよりも若い第六王女サルラがそのことを知らなく不思議ではない。
「仮に知っていたとしても、後からとぼけるにきまっている。自分は若いので知りませんでした、とでも言えば他国は何も返せない」
「ですが……」
「それにだ。そもそも双星の鬼人を雇ってはいけないなどという協定は存在しない。これが実際に遵守されているかも怪しいが一応は国際的に通じるマドラ協定なら別だが」
「確かに彼らを攻める大義名分がないのは事実」
「ですがこのまま黙っていてはこちらに甚大な被害が出かねません」
双星の鬼人の恐ろしさを知っている者たちは傭兵の更なる武力介入に恐れをなしている。しかしそのなかでもダレスは冷静だった。
「このタイミングまで投入してこなかったのには何かしらの理由があるはずだ。おそらく王女の協力者は双星の鬼人で間違いない。しかし奴が戦場に出れば命令を出すのはあの王女。そうなれば必然的に策も単純になる。ならば奴は前線に出るのではなく、後衛に戻って王女を支えるはずだ」
「ではなぜ今回南部に……?」
「おそらく奴が出なければ行けなかった状況だったから。敵の兵力分断は失敗に終わったが、代わりに奴らの底が知れた。次に奴が前線に出るときはいよいよニカルディアが崩壊する時だ」
ダレスの言いたいことは部下たちもよくわかっている。しかしその双星の鬼人が前線に出た時、誰がその相手をするのかというのが問題なのだ。相手は千人クラスの一個大隊を一人で撃破した化け物。そんな化け物と進んで剣を交えようとする者なんてもの好き以外の何でもない。
「もし奴が前線に出てきたなら、俺が出る」
「ですがそれでは指揮が」
「奴が出てきたときは最終決戦だ。今更こっちが策を講じる必要もない。それともこの俺が負けるとでも?」
「い、いえ……」
ダレスは神聖アルテザウス王国で十二神将の肩書きを持つ一人。当然その実力は国内でも知られているが、相手が相手なだけに部下たちの懸念は消えない。
だからダレスは言った。
「もし俺が死んだらこの地域を放棄して全速力で撤退しろ。いくら双星の鬼人といえども国境を越えてまで攻めてくることはない」
それは彼が自らの敗北を考えている証拠であった。
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