第11話 迫撃砲
ハネス少佐が亡くなった翌日、本営は朝から大忙しだった。といってもハネスの死因や犯人の特定に忙しいという訳ではなく、正面のバレル高原と南部の大森林から攻めてくるであろう敵の襲撃に備えていた。
そもそも本営にいる兵士たちはハネスの動向など気にしていることもなく、彼が今どこで何をしているかに興味を抱くものなど一人もいなかった。もっと正確に言うのなら気にしている余裕がなかったのだ。
ハネスが変な問題を起こさない限り彼らはハネスのことなど考えもしない。どうやら彼らにはハネスが味方に手を上げるという考えがないらしい。そんな彼らのおかげでハネスの遺体はいまだに発見されていなかった。
一方ハネスを手にかけたカイトたちの姿は本営から南に五キロほど進んだ林道にあった。そこには二頭の馬が駆けており、歩兵がいない分、平均的な移動速度よりも早く移動できている。
馬を操るのはカイトと騎士団所属のレンリの二人。プラーミアはカイトに抱きかかえられるような形でカイトの前に座っている。
朝日が昇ってからまだ時間が経っていないためあたりはまだ薄暗いが、彼らの動きには一切の迷いがない。しかしそれは同時に馬を全速力で走らせているため、馬にかかる負担もかなりのものである。
だからレンリは確認とばかりにカイトに尋ねる。
「カイトさん、このままでは」
「わかっている。だが今は時間との勝負だ」
馬の負担についてはカイトも承知しているが、それを差し引いても今は急ぐ必要があった。一方のレンリは考えなしに馬を飛ばす行為は非常識だと思いつつも、黙ってカイトについていくしかない。
そもそも一個大隊が進んでいるであろう南部の大森林に三人しか派遣しないということ自体が非常識なのだが、いまさらそんなことを言ったところで仕方がない。
今はただカイトに従って南部を目指すしかないのだ。
といっても、このままでは敵に遭遇する前に馬が音を上げてしまうのは必至だった。ただでさえ無謀な作戦だというのに、もし敵に遭遇することさえできなければ三人は戦争が恐ろしくて逃げ出した臆病者になってしまう。そうなれば二方向から倍近い兵に進軍された本営はまたたくまに蹂躙されるだろう。
そうなれば騎士団所属のレンリとってみれば一生の恥になる。だからレンリは一瞬カイトたちがそれを狙っているのではと勘繰りたくなったが、その前にカイトから説明が入る。
「敵はこっちが南部の森にも兵を出すと読んでいる。しかもこっちは歩兵を連れていると考えるからあと二日は遭遇しないと高を括っているに違いない。だから今日中に遭遇して敵の不意を衝く」
「そんなことが可能なのでしょうか?」
「そもそも南部への派兵が遅れたのはあの無能指揮官が下手に撤退などしていたからだ。それで敵はあからさまな挑発行為をしてまで俺たちをバレル高原にとどめようとした」
「なら南部の森での遭遇戦こそ相手の思う壺では?」
あいてがそこまでしてバレル高原での戦闘を望むのはこちらの兵の背後を取りたいと考えていたレンリ。しかし今の話を聞く限り相手は南部の森にも派兵させたいようだ。
「こっちが二個中隊でも連れていればな」
「でもこっちは三人……」
「そうだ。敵の真の目的は兵力を分断して一気に両方を落とすことだ」
そんな時だった。カイトの持っていた通信端末に少女の声が届く。もちろん相手は通信端末を持つサルラ王女。
「カイトさん、カイトさん」
「どうした姫様? 敵に動きが?」
「はい。偵察によりますと相手は迫撃砲を準備しているようです。狙いはこっちの砲兵かと」
迫撃砲は大砲などとは違い前線で使用することができる歩兵の武器だ。そのメリットは操りやすさと移動のしやすさ。だが同時に大気中の魔素を著しく消耗するため使いすぎれば自分たちの首を絞めることにもなる代物だ。
ガデルカリア軍事国では魔術を用いらない迫撃砲を開発中らしいが、現状では迫撃砲は魔術兵器に分類される。ちなみにニカルディア軍の使っている大砲も魔術兵器の一つだが、基本的には前線に配置されないため周囲の魔素の量は前線とは関係ない。
そして王女サルラは敵の目的がこちらの砲兵だと推測していたが、それはあり得なかった。
「姫様、敵の目的は砲兵じゃない」
「え?」
「迫撃砲ではうちの砲兵には届かない」
迫撃砲はその手軽さゆえに有効射程も落ちる。現代の迫撃砲の有効射程はせいぜい二キロほど。一方の大砲は十キロほどなので砲兵を狙った迫撃砲ならそれこそ自殺覚悟で相手の中に突っ込んで撃たなければ砲兵には届かない。
しかし現状を考えるに相手がそんな無理をするとは思えなかった。
「では敵の目的は……」
「魔素の消費ね」
「正解だ、プラーミア」
「魔素の消費ですか?」
「おそらく敵さんはさっさと前線の魔素を枯渇させて休戦状態に持ち込みたいんだろう。そうすれば南部の大森林を進む兵士たちが移動する時間を稼げる」
風銃に比べて著しく魔素を消費する迫撃砲は投入のタイミングが重要になる。それこそ戦況を変えるかもしれない指揮官としての実力を試される選択だ。
そんな大事な選択をこんなどうでもいい時に下すほどダレス将軍は馬鹿ではない。無能指揮官と蔑まれたハネスでさえパニックにならなければ行わないだろう。
「ならどうすれば?」
「こっちも迫撃砲で対抗だ。ただし狙うのは敵ではなく敵の少し前」
「敵の少し前ですか?」
「そうだ。敵の前に玉を落とすことで砂埃を起こして敵の視界を奪い、その間に砲兵と弓兵が敵の迫撃砲を黙らせる。連中の狙いは魔素の消費だ。魔素がなくなれば撤退を始める」
「では風銃兵は」
「下手に最前線に送って死なれるのは御免だから待機させておけ」
「わかりました」
そこでサルラからの通信は途切れ、プラーミアがつぶやく。
「どうやら敵の大森林進行に遅れが出ているようね」
「みたいだな。それかこっちが気づいていないと思って気づかせる猶予を作ろうとしているのか」
「どちらにせよ、好機ね」
「ああ」
そうこうしているうちに三人はとある村にたどり着いた。
「ここは……」
「俺たちがであった村さ」
レンリの言葉に答えたカイト。そこはカイトたちが王女サルラたちに出会ったニカルディア王国最西端の村。
「ここで馬を変える」
「ここでですか?」
そんなことができるのかと言いたげなレンリだがカイトには確かな自信があった。
「村人たちも現状は知っている。だから王女がこの村のために敵の侵攻を止めようとしているなどと言えば喜んで馬を差し出してくれるはずだ」
「そんなにうまくいくでしょうか?」
「忘れたか? 俺は商人だ。それくらい造作もない」
カイトが微笑みながら返すが、レンリにはその笑みが商人というよりも詐欺師に見えて仕方がなかった。
結局この後、カイトたちの交渉中に神聖アルテザウス王国軍の偵察部隊が訪れて仲間の死体を確認するなりレンリたちと戦闘状態に入ったのだが、主にプラーミアが処理をして解決。カイトは「こんな風に敵が攻めてきている。今こそ王女とともに立ち上がれ」などと商人よりも扇動家みたいな言葉を投げかけて馬を借りることに成功するのであった。
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