第8話 作戦

 ニカルディア軍本営のテーブルの上に置かれた二つの黒い端末機器。長方形の箱のようなものに細長い筒がついたその機器を物珍しそうに見つめるのは王女サルラをはじめとするニカルディアの面々。


 「カイトさん、これはいったい?」

 「これはガデルカリア軍事国で発明された通信端末だ」

 「ガデルカリアといえば技術力が一番高いといわれるあのガデルカリアですか?」

 「そうだ。ガデルカリアで取引したときに買ったものだ」


 神聖アルテザウス王国の北西に位置するガデルカリア軍事国は科学技術が優れていることで有名な国家だ。近年では通信技術に力を入れているガデルカリア軍事国では通信機は最新の軍事技術ともいえる。


 この最新の軍事技術をなぜカイトたちが持っているかは話せば長くなるが、今はこの通信端末を使うことが重要だ。


 「おそらく敵のダレス将軍はこの休戦期間を利用して南部の大森林に向かった大隊が進行する時間を稼ごうとしている。しかし現状を考えるとそっち側に避ける余裕がない」


 カイトの言葉に王女サルラがうつむく。圧倒的な兵力差の前ではどうすることもできない差というものが存在する以上、サルラは否定できなかった。


 「だがかといって手をこまねいているわけにはいかない」

 「ではどうするのですか?」

 「俺とプラーミアが向かう」

 「無茶です! 相手は千人クラスの大隊ですよ? たった二人でどうにかできる訳……」

 「別にすべてを相手にする気はない。半分くらいをせん滅すれば相手も撤退するはずだ」

 「半分って、それでも五百人はいるんですよ!?」


 無謀ともいえるその策にサルラは納得できなかった。彼女はカイトたちが最強の傭兵である双星の鬼人だと思っているが、いくら双星の鬼人でも五百人を二人で相手にするのは不可能だ。


 それに今この場でカイトに指揮を抜けられると一気にニカルディア軍が瓦解するリスクもある。


 現在カイトが事実上指揮を執っていることは一部の上級軍人にしか知られていないが、カイトの助力を失ったサルラでは二千の兵を適切に操ることは不可能だ。


 それにカイトが抜けた途端に自分が王女であるサルラを助力しようとする上級軍人たちが現れるだろう。そうなればせっかく士気の上がっている前線の兵士たちにも影響が出かねない。


 つまりここでカイトが抜けるのは得策とは言えなかったのだ。


 しかしカイトはそんな心配を一掃して見せる。


 「そのための通信端末だ」

 「え?」

 「俺がこの通信端末を通して姫様に指示を出す」

 「ですが……」

 「大丈夫、一日もあれば南の森から敵兵を追い出せる」

 「そんな、無茶です!」

 「なあ、無茶か? プラーミア」

 「さあ、カイトの頑張り次第じゃない?」

 「そうだな」


 平気な顔で一個大隊を相手にするというカイトとプラーミアにその場にいた誰もが畏怖を覚える。先ほどから見せるカイトの柔軟な考えはそれまでの戦場の固定観念を壊すだけでなく、新たな可能性を提示するものだ。


 一体どんな勉強をすればこれほどの実力を手に入れられるのか彼らには想像もつかなかった。


 そんな中、一人の兵士がカイトに尋ねる。


 「か、仮に一日で南部の大森林を制圧したとして、そのあとはどうするんだ?」

 「それは相手の出方にもよるが、おそらくもう一度、休戦状態に入ろうとするだろう」

 「その確証は?」

 「南部の大森林に現れた謎の勢力に頭を悩ますからだ」

 「そうね、彼らはきっとこういうでしょう。ニカルディアは禁忌を犯した、と」

 「禁忌だと?」

 「ま、例えよ。でも何はともあれ、相手は一度考える時間を欲するにきまっている」

 「だからそこで今度はこっちから仕掛けるんだ」


 自分たちには見えていない世界が二人には見えている。その場にいたすべての兵士たちが思った。


 「魔素枯渇状態になった瞬間、こっちは騎兵と弓兵を使って攻めるんだ」

 「そんな単純な策に何の意味が?」

 「相手は風銃と盾という新たな手段を取ったが、魔術兵器が使えなくなったなら従来の戦闘になる」

 「それはそうだが、数は相手の方が上なんだぞ?」

 「それも大丈夫だ。おそらく敵は南部の大森林にも多くの兵士を展開する」


 まるで未来が見えているかのように話すカイトに一同は黙り込んでしまう。彼はいったい何手先までを読んでいるのか、どうしてそんなにも自信をもっているのか、それは兵士には理解ができなかった。


 「現在の敵の懸念事項はキレル山脈の向こうからくる増援だ。しかし現状では増援は見込めない」

 「だから南部の大森林に甚大な被害を出すことで増援の存在を懸念させるのよ」

 「た、確かにそれは有効な策かもしれないが……」

 「成功するかが心配なのか?」

 「ま、まあ」

 「なら問題ない。俺らが責任をもって請け負う」


 薄々だが彼らも気づいている。カイトたちがただの行商人ではないことを。


 「お前たちはいったい……何者なんだ……?」

 「俺たちか? 俺たちは……」


 息をのむ兵士たちにカイトはいつも通りタグを見せながら答える。


 「俺たちは行商人。中立を保つ限りはマドラ協定で守られる行商人だ」


 何か言いたげな兵士たちだったが、それ以上の追及を王女であるサルラが許さなかった。そして会議が終わると、野営の準備が始まる。


 すでに太陽は西の地平線に傾いており、それほど長くない時間で日が沈むだろう。


 「カイトさん、敵は夜襲を仕掛けてはこないですよね?」

 「大丈夫だろう。状況的に考えれば仕掛けるのはこっちだが、長期的に見ればここは我慢の時」


 現在の戦争では夜間は基本的に戦闘行為を行わないことになっている。夜間戦闘を行って昼夜を問わない戦争となれば泥沼化する可能性が高くなる。そうなれば互いに転がっている勝機をみすみす逃すことにもなりかねないので基本的には行わないのだ。


 つまりカイトたちが動き出すのも明日の朝となるのだった。


 「それとカイトさん、明日の南部防衛線にはレンリも同行させていただけませんか?」

 「レンリをか? それだと姫様の護衛が」

 「大丈夫です。私の護衛はほかで補充します」

 「でもなんでだ?」

 「こっちの事情で申し訳ないのですが、神聖アルテザウス王国軍を迎え撃つのに我が国の兵士がいないのはきまりが悪いというか……」

 「なるほどな」


 どうやらサルラは雇った傭兵だけに敵の殲滅を任せるのは体裁が悪いようだ。そこで一応ニカルディア軍の者が関与していると示したいと考えていた。


 カイトとしてはどちらでもよかったのでサルラの申し出を快諾する。


 「わかった」

 「ありがとうございます」


 こうしてこの日の作戦会議は終わったのであった。







 キレル山脈のふもとに張られたニカルディア軍の本営。その背後には林が広がっている。背後を取られないためにその林の構造を熟知していたハネス少佐は指揮権を失った後はこの林に身を潜めていた。


 無能指揮官と言われたハネスだが、自身の撤退に関する情報だけは人並み以上に熟知している。そのため彼はこの林の中を逃げこんだのだ。


 「ふざけるな……ふざけるな……あの王女さえ戻ってこなければ……」


 親指の爪を噛みながらブツブツと言葉を発するハネス。


 「計画が全てダメになったのもあの王女のせいだ……私は悪くない……そうだ私は悪くないんだ……」


 ハネスは腰にさした剣を握るともう一度つぶやく。


 「全ては王女サルラの責任。なら指揮官として処分を下さなければ……」


 ニヤリと笑みを浮かべたハネスゆっくりと林の中を進むのであった。

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