第7話 ダレス将軍
「敵軍撤退! 戦況は持ち直しました!」
本営に届いた伝令からの知らせに安堵の表情を浮かべるのはハネス少佐より指揮を引き継いだニカルディア王国第六王女サルラ=ニカルディア。その横ではサルラに仕える騎士団所属のレンリが微笑みを見せている。
風銃と盾による侵攻に手を焼いていたニカルディア軍は盾を持った兵を大砲の近くに配置し、敵の弓兵からの攻撃から装填者を守りながら戦うことで敵の兵士たちを引き下げることに成功。
大砲によってコンビの盾を失った風銃武装した兵士を自国の弓兵が射貫くことで敵の作戦は瓦解し、今は膠着状態へと入っている。
「成功したようです。カイトさん、ありがとうございます」
「いや、俺は何もしていない。姫様の指揮のおかげだ」
「いえ、カイトさんのアドバイスのおかげです」
カイトに感謝の意を述べるサルラ。この大砲と盾の組み合わせはカイトが進言したものであり、そのおかげでニカルディア軍は神聖アルテザウス王国軍に一矢報いることができた。
しかし戦況がまだ厳しいことに変わりはない。それに南部の大森林から向かってくるであろう軍勢に対しては何も対策ができていないの現状だ。
「次はどうしましょうか?」
「そうだな。これでとりあえずあの無能指揮官のハンデはなくなったといっていい。だが問題はここからだ」
「敵がどうやって動くかね」
「プラーミアの言うとおりだ。相手はあのダレス将軍、何かを仕掛けてくるはず」
「カイト、あれを使ったら?」
「あれ、ですか?」
プラーミアの言葉に首をかしげるサルラ。ただカイトだけがにやりと笑みを浮かべる。
一方の最前線。突然の作戦変更に当初は戸惑っていた兵士たちだが、その成果を見て声を上げて喜ぶ。
「なんとか一矢報いられたな」
「だがどうして作戦が変更したんだ?」
「噂によると第六王女様が指揮を執っているらしい」
「まじか。あの無能指揮官は?」
「更迭されたとか言われてるぜ」
「ふん、机仕事がお得意な無能指揮官には戦場なんて任せられないな」
それまでの戦いに不満を持っていた兵士たちはハネス更迭の知らせに歓喜の声を上げていた。現在はにらみ合いを続けている両軍だが、その実態は互いに休憩しているだけ。
現在の戦争において風銃などといった魔術要素の強い武器が生まれたため、このような膠着状態という休憩が設けられた。そもそも魔術とは待機中に存在する魔素を集めて使う技術であり、戦争のような多数の魔術兵器が使われる状況では大気中の魔素が枯渇する。
そのため大気中の魔素が回復するまでしばらく膠着状態に陥ることが多々あるのだ。場合によっては弓兵や騎兵隊といった非魔術兵器を使った戦闘に移行することもあるが、今回に限っては互いに魔素の回復に時間を充てることにした。
「それにしてもお姫様はよく生きていたな」
「なんでも行商人が連れてきたらしいぜ」
「親切な行商人がいるものだな。俺なら人質にして金をとる」
「冗談でもやめておけ。不敬罪で殺されるぞ」
「だがお姫様が来てくれたおかげで戦況が変わってきた」
「ああ。まさか第六王女にこんな才能があるとはな」
「案外この戦争も俺らが勝つかもな」
休戦期間ということだけあって緊張感のない兵士たち。しかしこの戦争は彼らの予想を超える展開を向かえることを彼らがまだ知ることはなかった。
時は少しさかのぼり最前線を超えて神聖アルテザウス王国軍本陣。そこには将軍と呼ばれる十二神将の一人ダレス=グローディオの姿があった。
本陣に据え付けられた玉座に腰を下ろす赤い短髪に筋肉質の浅黒い肉体を持つ子の男こそがカイトたちの敵を指揮するダレス将軍だ。玉座の傍らにかけられた赤い大剣は彼のものであり、その鋭い眼光が部下たちを見据える。
「報告します。敵は大砲を中心に盾を展開することでこちらの矢を避けて二組歩兵隊を撃破。また弓兵による追い打ちをかけることで風銃部隊は甚大な被害を被っております」
「盾を大砲に?」
「はい。それと未確認の情報ですが相手側に王女サルラが帰還したとのことです」
「そうか。王女が戻ってきたことで強気になったか」
ニカルディア軍が突然戦い方を変えたことに疑問を抱いていたダレス将軍はこれが王女サルラの帰還によるものかと考える。しかしそう考えるには不自然な点が多い。
そこでダレス将軍は近くにいた副官に尋ねる。
「あの姫様に軍事の才能があると思うか?」
「どうでしょう。少なくともあの時間で判断すると軍事に関する才は無いかと」
「同意見だ。俺に奇襲をかけた際の反応を見るに今回の計画を知らされていた様子はない。だがもしあれが演技だとしたら……」
「それはないでしょう」
「ああ、そこまで演技派にも見えない」
顎髭をいじりながら考えるダレス将軍。その様子を部下たちはじっと見つめる。
「これまでの逃げ腰の作戦から一転した攻めの一手。それに敵兵のやる気がみなぎっていると聞く。これが同じ指揮官によってもたらされたと考えるのは不自然だ。だが王女が帰還しただけで兵の士気が上がるだけでなくこれほどまでわが軍に対応した攻撃ができるか」
ブツブツと考えるダレスを部下はただ黙って静観することしかできない。ダレスは思案中に話しかけられるのを大変嫌っているから。
「おい、物資補給に向かった部隊は帰還したか?」
「えっと、確かここから南東あるニカルディア領最西端の村に向かった部隊以外は」
「なるほど。ニカルディア最西端の村か」
そこでダレスに一つの疑問が生じた。
「逃げた王女はどうやって向こうの本陣まで帰還した。徒歩で移動したと考えるには早すぎる。かといって騎士団は一命を除いて全滅。となると新たな協力者? おい、地図を持ってこい!」
ダレスに命令された部下は大急ぎで地図を持ってくると机の上に広げた。その地図を見たダレスはある可能性にたどり着く。
「わが軍が王女を見失ったのがここ。そこから南に少し行けば例の最西端の村。ここでわが軍に遭遇すれば何かしたの連絡が来るはずだが、来ないということは何かしら起きたと考える方が妥当だ。となると、この最西端の村で協力者を得た王女が敵軍に合流をし、今はその協力者が指揮を執っていると考えたほうがいいか」
その可能性に部下の一人が声を上げる。
「お言葉ですが、そんな都合の良い協力者が現れるでしょうか?」
「ふん、戦場とは何が起きるかわからない。考えるだけ無駄ではない」
「はっ、失礼いたしました」
部下の謝罪をダレスは聞き流すと新たに命を下す。
「一個分隊をニカルディア最西端の村に向かわせろ。それとそろそろ魔素枯渇が起きるはずだ。その時は非魔術兵器への戦闘には移行せず、休戦状態へ移行しろ」
「はっ」
命令を受けた部下たちは急いで自分の仕事に取り掛かるため本陣から出ていく。そしてすべての兵が出ていくのを確認すると、副官がダレスに尋ねる。
「将軍、なぜ休戦状態に?」
「休戦状態に入ることで南部の森に向かった大隊が進む時間を稼ぐ」
「ですが相手は休戦状態に受け入れるでしょうか?」
「相手は疲弊しているはずだ。受けるだろう」
ここまではダレスの予想通りだ。そしてもう一つ、ダレスはこの休戦状態を利用して相手の指揮官の正体を突き止めようとしていた。
「そしてこの休戦状態に相手がどう動くかで相手の指揮官が何者かわかるはずだ」
「これまでとは違う策を取った場合、協力者の存在が確かということですね?」
「そうだ。そしてどんな策にも個性というものが現れる。今日までのニカルディアの動きから判断すれば協力者がいったいどのあたりの人間か判断できるだろう」
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