第6話 ニカルディア軍

 「これはこれはサルラ王女、ご無事で何よりです」

 「お久しぶりですね、ハネス少佐」


 ニカルディア軍の本営に到着したサルラたちは奥にいたハネスの下へと通された。無事なサルラを見たハネスの表情は安堵というよりはどこか焦燥にかられているように思われる。


 それがハネスを見たカイトの感想だった。


 「ところでサルラ王女、そちらの二人は」

 「彼らはカイトとプラーミア。私をここまで運んでくださった行商人です」

 「行商人……それはどうも。ですが行商人を本営に招き入れるのはどうかと思いますが」


 ハネスからカイトとプラーミアに向けられる視線は友好的どころか敵意さえ感じられる。仮にも王女を運んできた恩人に向けるような視線ではない。


 「やはり姫様は邪険されるか」

 「みたいね」


 ハネスたちに聞かれない程度の小声で話すカイトとプラーミアはすぐにでもこの場を去りたくなった。この戦争がただの二国間による武力衝突ではないとわかった以上、下手に関わりたくはないと思うのが人間の性。


 しかし報酬が報酬なために逃げ出すこともできない。


 ハネスから好意的な視線を得られなかったカイトたちを擁護するようにサルラが前に立つ。


 「彼らは私たちの恩人であり、今回協力をお願いしました」

 「協力ですか? 行商人風情が?」

 「ええ、そうです」


 サルラの言葉に本営にいたほかの兵士たちからも一世に笑い声が上がる。その笑い声が嘲笑を意味することをわざわざ言う必要がなかった。


 「ふん、行商人に協力って」

 「荷物を運ぶしか能のない人間に何ができるというんだ」

 「女の方は使えそうだがな」


 明らかにカイトたちを見下す態度の兵士たちだが、常識的に考えれば彼らの反応は当然だ。戦いのプロフェッショナルとされる軍人が戦争に疎い行商人から何を協力してもらうのか。


 行商人が戦況を打破できないということは火を見るよりも明らかだ。


 だがサルラは気にした様子を見せずにハネスに尋ねた。


 「ハネス少佐。戦況は?」

 「わが軍は現在バレル高原での戦闘を続行中。こちらの兵は二千、対して神聖アルテザウス王国軍は総数五千ほど。ですが三千は後方で待機しているため実際は二千ほどがバレル高原での戦闘に従事ていると思われます」

 「そうですか」


 この時ハネスは戦況が不利になっていることを隠していた。それは王女であるサルラにそんなことを言っても無意味だから。


 彼は軍人としてサルラを見下していた。だからこそサルラの次の質問に言葉を詰まらせてしまう。


 「敵はいったいどういう構成で戦っており、こちらはどう応戦しているのでしょうか?」

 「こ、構成ですか……?」

 「そうです。状況から判断するに戦況はこちらが不利かと思いますが」

 「そ、それは……」


 サルラの指摘に戸惑うハネスだが、これはカイトの入れ知恵だ。事前に到着後に何をすればいいかをカイトから教えられていたサルラはその指示通りに動いていたにすぎない。


 しかしハネスの予想を超えたサルラの行動はこの場においてサルラを優位にするには十分だった。


 そしてこれを好機と見たハネスの部下が説明を始める。


 「敵は風銃で武装した兵と大きな盾を持った兵で二人一組をつくり最前線に展開中。こちらは大砲で応戦しようと試みたものの、敵の後方から弓兵部隊の攻撃によって装填者たちが負傷したために騎兵隊による強行突破を試みましたが、上手く言っているとはいい難い状況です」

 「おい!」


 部下の勝手な説明に声を荒げるハネス。しかしサルラはハネスの言葉を無視してそのまま部下に問うた。


 「残存兵力はどれほどですか? それと最前線はまだバレル高原に?」

 「おそらく多く見積もって千七百ほど。最前線は敵軍の奇妙な行動によってまだバレル高原を保てています」

 「奇妙な行動ですか?」

 「はい。実は追い打ちをかけられるタイミングでかけてこないで一時的に撤退するのです」

 「それはいったい……」


 どういう意味だと答えを知りたそうにカイトの方を見るサルラ。その視線を受けたカイトがようやく口を開く。


 「それはおそらく陽動だ」

 「陽動ですか?」

 「何だ、お前は?」


 突然口を開いたカイトに非難の声を上げるのはハネス。だがカイトは無視して話を続ける。


 「前線で進行と撤退を繰り返すのは最前線をバレル高原に保ちたいから。おそらく敵は後方に控えていると思われる三千の兵のうちの一部を南に広がる大森林を経由して後方からの奇襲を狙っている」

 「なぜそんなことがわかる!?」

 「普通に考えればわかることだろ」

 「なにぃ?」

 「敵があからさまに行っている陽動を好機と思って攻めるのは馬鹿がすることだ。おそらく敵はあえて分かりやすい陽動を行うことで南に広がる大森林にも兵を派遣させたいんだろう」

 「兵の分断を狙ったのか!」


 気づいたように頷くのはハネスの部下。一方のハネスは顔を赤くしながらカイトを睨んでいる。


 「状況を考えれば敵は千ほどの兵を南に広がる大森林経由で送ってくる。これに対してわが軍は少なくとも五百は派遣してくると考えているだろう。そうなればバレル高原の兵は約千。二千対千という状況を作り出したいんだろうな」

 「ですがそれなら最初から五千を投入すればいいのでは?」

 「甘いな姫様。敵の目当ては何も西域だけとは限らない」

 「まさか敵は西域を越えて侵攻してくるとでも!? だがここにはキレル山脈があるんだぞ!」

 「それだ。ここにはキレル山脈がある。これから冬を迎えるキレル山脈を越えるにはそれなりに体力のある人間が必要だ。しかし戦闘を行った後の兵士たちにそんな体力はない」

 「兵の温存か……」


 ハネスよりも頭の回る部下はすぐにカイトの言わんとすることを理解する。それはほかの兵士たちも同じであり、先ほどまで行商人と見下していた兵たちも驚きの表情を浮かべていた。


 「ですが神聖アルテザウス王国軍はキレル山脈を越えて攻めてくるのでしょうか? もしそうなればこちらの増援が向かってきて袋叩きに会うと思います」

 「だろうな。だから敵はキレル山脈を越えてくることはない。だが越えて攻めることもできると思わせることがみそなんだ。戦争後に行われる講和会議は一種のゲームだ」

 「手持ちのカードが多い方が有利のね」


 カイトの説明に付け足したのはプラーミア。彼女もまた神聖アルテザウス王国軍が何を考えているのかを完全に理解していた。


 「つまり敵は交渉材料のために兵を温存していると?」

 「そうだろうな。こっちが譲歩しないと更に攻めるという脅しを吹っかけてくるつもりだろう。ここからは憶測だがキレル山脈までの割譲を求めてきた場合、そこに何かしらの拠点を作られればニカルディアは西域どころか中央までもが危うくなる。そうなればニカルディアは終わりだ」

 「ではここを死守するべきと?」

 「もしニカルディアを守りたいならな」


 カイトの説明に黙り込んでしまう一同。そんな中、一人の男が声を荒げる。


 「ふざけるな! 行商人ごときの説明に耳を貸す必要はない! 王女様、私に任せていただければキレル山脈を割譲することなく交渉をまとめてきます!」


 声を荒げたのはそれまで黙り込んでいたハネス。しかしこの場に彼に従う者などすでにいなかった。誰もがハネスに冷たい視線を向ける。それは彼がこれまで見せてきた無能の片鱗に対する部下たちの反応ともいえる。


 部下たちの態度を見たカイトがサルラに進言する。


 「姫様。ここはあんたが指揮をとるべきだ。この無能指揮官に任せていたらキレル山脈どころか王都まで敵の手に落ちるぞ」

 「無能指揮官だと!? 貴様、言わせておけば勝手に!」

 「お願いします、サルラ王女」

 「俺からもお願いします」

 「僕からも」

 「私からも」


 次々とサルラ王女に指揮を願い出るハネスの部下たち。もうそこにハネスの居場所はなかった。


 こうしてニカルディア王国西域で発生している対神聖アルテザウス王国軍戦の指揮はニカルディア王国第六王女サルラ=ニカルディアが引き継ぐことになるのであった。

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