Chapter 39 ブルーメの街

ーー夜、ブルーメ近郊



街の明かりが見える。アレがブルーメか。体感的に3時間ぐらいだろうか。想定よりもずっと早く着いた。それだけルドルフが優秀という事だ。ステステ草だけ買ってとっとと帰る。それが俺に課されたミッションだ。余分な事はせずにそれだけやればトラブルだって起こらないだろう。問題はルドルフをどこに置くかだな。客観的に見てルドルフは目立つ。素人が見たって相当良い馬だ。それをこんな美少女が乗ってればそれだけで呼び止められる。

そして拘束→地下室→兵士たくさん→輪姦という地獄のフルコース。

絶対嫌だ。

うーむ。この街道の脇道にルドルフ置いておくしかないか。それが現実的。でもルドルフ逃げないだろうか。戻って来ていなかったら悲しい。何より朝までにガネーシャ戻れない。そうなるとアナスタシアとルキナが悲しむ。うーむ。

考えてる間にもブルーメが肉眼ではっきりと確認出来る距離まで来てしまった。仕方ない。いずれにしてもそれしか手はないんだ。

俺はルドルフを街道から外させ森の少し奥へと進ませる。ある程度の距離を入ったらルドルフを止めて俺は降りた。ルドルフは凛々しい顔で俺を見る。お前絶対馬界のイケメンだな。



「ルドルフ、私は今からあの街に行ってくるね。だからここで待ってて。繋いでは行かないから。危険が迫ったら逃げて。出来れば私が戻るまで待ってて欲しいけど。」



俺がそう言うとルドルフは低く唸る。待ってるに決まってんだろとでも言わんばかりの雰囲気だ。



「ありがとう。それじゃ行って来るね。」



俺は外套についているフードを深く被り街道へと戻った。



********************



ルドルフと別れて十数分、ついにブルーメへと俺はたどり着いた。大きな街だ。きっと数日前までは賑わっていたのだろうが今はそんな雰囲気は微塵も感じさせない。所々に見た事ない紋章を刻んだ装備を着けた兵士や旗が立てられている。旅人みたいなのも割といるから俺が目立つ事はないな。検問もやっていないから尚更トラブルにもならないだろう。運が良い。とにかくステステ草だ。今はそれ以外の事はどうでもいい。さっさと買って帰る。それだけを考えろ。


少し街を歩いて見るがペットショップみたいなものは無いしドビ屋も無い。一体どこにあるんだろう。これはもう聞いた方がいいんじゃないだろうか。時間ばっかりかかるもんな。あ。あのおっさんに聞いてみよう。



「すみません。」


「なんだ?」



俺が顔を隠してるからかぶっきらぼうな言い方だ。俺が美少女だとわかれば手のひら返すくせによ。



「ステステ草を買いたいのですがどこに行けばいいでしょうか?」


「ステステ草なら道具屋にあるだろう。そこの突き当たりを左に曲がると酒場がある。その隣が道具屋だ。」


「ありがとうございます。」


「姉ちゃん、冒険者かなんかかい?」



てめえナンパしてんじゃねえよジジイ。俺はそんな安い女じゃねえんだ。それに男に用はない。



「そんな感じです。」


「悪い事は言わねえ、ステステ草買ったらさっさとここから出て行け。ここは今は治安が悪い。女1人でいると何されっかわかんねえぞ。」



なんだ心配してくれてんのか。いい奴だなおっさん。悪かったな悪態ついて。



「わかりました。すぐに出ます。」



俺はおっさんに会釈をして言われた道を進む。所々に帝国兵っぽい奴らがいるが肩で風を切って歩いている。路地の暗がりでは兵士が普通の人に対して暴行を加えてそれを馬鹿笑いして楽しんでいる。まあ、戦争で負ければ多かれ少なかれ起こるべき光景だ。胸糞悪いけどな。でも別に俺が何かをする事は無い。だって暴行されてんの男だし。俺は女にしか興味無い。それも運命だと思って受け入れろ。達者でな。


目印の酒場を通り過ぎ隣にある道具屋へと行く。通り過ぎる時に酒場からは品の無い笑い声が聞こえていた。多分帝国兵がいるんだろう。帰り気を付けないとな。

道具屋のドアを引き中へ入る。客はいない。良かった。



「…らっしゃい。」



店主がやる気のないようなどこか疲れているような声で接客をする。占領されればそんなもんか。やる気なんて出ないよな。



「ステステ草買いたいんですがありますか?」


「…アンタ冒険者か?ステステ草なんて買おうとしてんならドビ持ちだろ?だったらすぐにここから立ち去った方がいい。女の冒険者なんて取っ捕まって奴等の慰みモノにされんのがオチだ。」



なんだ心配してくれてんのか。いいおっさんだな。こういう奴は嫌いじゃない。ブルーメっていい街だな。でも流石にそれを取り返してやろうとは思わない。いくらなんでも俺1人で国を相手には戦えない。ジュノークラスの奴だって少なくとも片手で数えられるぐらいはいる可能性が高い。クソメガネクラスならゴロゴロいるかもしれん。タイマンならともかく集団で来られたら勝てる訳がない。おっさんには悪いけど俺の器じゃそれは無理だ。勇者が降臨するのを待ってくれ。



「そんなに危険な状況なんですかこの街って?」


「ギュルテルティーア帝国は腐っているからな。前皇帝の時代じゃそんな事は無かったが今の皇帝になって帝国は変わった。他国を侵略し、虐殺し、略奪する。それだけの国家だ。同時に兵士の質も下がりゴロツキのような奴らで溢れている。」



ありがちな話だな。代が変われば良くもなり悪くもなる。特別おかしな話でもない。どこの世界でも同じだ。



「唯一マトモだったチックウィード将軍が明日処刑されれば帝国はより苛烈になるだろうな。」



チックウィード将軍?どっかで聞いた名前だな。なんだっけ?あー思い出した。クソメガネに俺がそのチックウィードって人だと思われてたんだよ。因縁のチックウィード将軍か。でもなんだってそのチックウィード将軍が処刑されんだ?その人帝国の三将軍だかって最高戦力の人だろ?ヴィルトシュヴァイン王国でいうならジュノーを処刑するようなもんじゃん。なんだってそんなキチガイみたいな展開になるんだ。



「どうしてそのチックウィードって人が処刑されるんですか?帝国のトップの辺りの人ですよね?」


「国家反逆罪らしい。少し前に吸血鬼族ヴァンの系譜であるスノウフレイク国が帝国に堕とされたんだ。んで、その指揮官がチックウィード将軍だ。」



おい、悪い奴じゃねえかよチックウィード。俺のルキナの故郷を滅ぼした元凶じゃん。処刑されて当然だわな。



「だがチックウィード将軍はその命令に逆らいスノウフレイクへの攻撃をしなかった。それどころか吸血鬼族をどこかへ逃す手引きもしていた。まあ、結果としてチックウィード将軍が思っていた以上に帝国の進軍とスノウフレイクの敗北が早くて王族はほぼ全滅。重臣たちや兵もほとんどが処刑。残った国民の少数はどうにかチックウィード将軍が逃したみたいだがそこで帝国に見つかり捕縛。数々の爵位や勲章を全て剥奪の上明日に処刑って話さ。」



ごめんチックウィード将軍。めっちゃいい奴じゃん。ルキナの故郷救おうとしてくれとったんか。俺勘違いしとった。



「…胸糞悪い話だよな。別に吸血鬼族がなんかしたわけでもねえのに一方的に滅ぼそうとしやがったんだぜ?そしてそれをやめさせようとした奴が処刑だぜ?おかしいよな?納得いかねえよ。」



納得いかねえな。ああ、納得いかねえ。なんか気に食わねえ。帝国は気に食わねえけどもっと気に食わなくなった。



「……チックウィード将軍ってどこで処刑されるんですか?やっぱり帝国なんですか?」


「いや、ここだよ。この街で明日処刑される。自国の重要人物でさえ意に反すれば処刑するという苛烈さをアピールし、ヴィルトシュヴァイン王国への宣戦布告を行うんだろう。」


「チックウィード将軍の居場所ってわかりますか?」


「ここの元自警団詰所にチックウィード将軍はいるよ。」



それは好都合だな。帝国で処刑されるなら間に合わなかった。俺はチックウィード将軍を助ける。チックウィード将軍と面識はないし、本来ならそんなゴリラを助ける筋合いは俺には無い。俺はジュノークラスの女にしか興味無いからゴリラなんか論外だからな。でもルキナの故郷を救おうとし、少人数でも吸血鬼族を救ってくれたのなら俺は恩を返したい。それだけで十分な理由だ。絶対助け出してやる。



「まさか…チックウィード将軍を助けに行くつもりか?」


「そんなとこです。」


「馬鹿な真似はやめろ。詰所とはいえ城級の建物だから潜入する隙はあるだろうがそこには帝国三将軍の1人、カイゼル・アイゼンフートと幻影騎士のケルニヒ・プフィルズがいるんだ。お前さんみたいな女冒険者1人がどうにかなる相手じゃない。」


「どうにかなるとかならないとかの話じゃないですよ。やるかやらないか、それだけの話です。」



…やべぇ、超カッコよく決まった。名言だよね。アナスタシアとルキナがここにいたら俺にベタ惚れだったよ。



「…そうか。なら止めはしない。ステステ草はいくついる?」


「3つお願いします。」



あ、やべ。袋ねえじゃん。荷物はアナスタシアのラウムにいつも入れてるからどうすんべ。コンビニ袋とかないだろうか。


そう思っているとおっさんが袋に入っているヨモギの葉っぱみたいなのをよこして来た。これならポケットに入りそう。袋に入ってるから潰れないし。



「姉ちゃん、本気なんだな?」



おっさんが険しい顔をしながら俺を見て問いただすように聞いてくる。しつこいな。



「本気ですよ。」


「……これは俺の独り言だ。」


「はい?」


「詰所が城みたいな形してるのは昔の名残なんだ。ここは昔とある国があり、詰所が城だった。」



時間ないのに昔話なんか聞きたくないんだけど。



「城には当然ながら王族が何かあった時の為の抜け道がある。」



おぉ…!!マジか!!



「ヴィルトシュヴァイン領側の街道の外れに墓地がある。そこにある古びた一番小さい墓をズラしてみろ。道がある。そこを行けば地下牢へと繋がっている。」


「本当ですか?」


「独り言だ。答えはしない。でも気をつけろよ。地下牢にチックウィード将軍はいるはずだ。当然見張りも多い。出るタイミングが悪ければ即見張りとエンカウントするぞ。」



不器用なおっさんだ。俺が心配なのか、それともチックウィードと何かあるのかはわからんがもっと素直に言えばいいものを。いや、違うか。俺が捕まってゲロったらおっさんも罪に問われるからか。うーむ。



「ありがとうございます。それじゃ早速行きます。おじさんには迷惑かけません。仮に捕まっても。」


「捕まるなよ。また…いつか何か買いに来てくれ。」



俺は頷き店を出た。

そして小走りで墓地へと向かう。

その途中で俺は重大な事に気付いた。



「……代金払ってないや。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る