Chapter 30 初めてのオーク
マンホールの下を降りて行く俺たち一行。下水のような臭さは無いが何だか奇妙な変な感覚がする。やっぱりヤバい所なのだろうか。何だかザワザワするような変な気分だ。
階段を下り切るとそこには割と豪華な絨毯が敷かれた高級ホテルのような空間に出る。完全に洋風建築のホテルだ。何ここ?日本に戻って来た?それは勘弁だ。アナスタシアとルキナがいても俺は身体女だよ?どうやって親に紹介すんの?それにルキナはいいけどアナスタシアが問題だよね?仮装してるって言っても時とともにバレる。何より戸籍が無い。やっぱり日本は勘弁してくれ。
「何ここ……こんなダンジョン見た事ない…」
アナスタシアが驚愕の表情で周りを見ている。おいおい、さっきまでノリノリだったじゃないか。それなのにその犯されそうな感じの顔はやめてくれ。一気に不安になる。だから嫌だったんだよ。もう引き返さない?別のトコにしようよ。俺が悪かったよ。ぬるま湯最高じゃん。調子こいてすみませんでした。
「何か変なの?」
キレカワフォームの俺がいつものように安定したクール口調でアナスタシアに尋ねる。
「私はエアストともう1つのダンジョンに入っていましたけどどちらもエアストのようなダンジョン形態でした。それ以外のダンジョンもおおよそエアストのような形態との記事も読んでいます。それなのにここは…ダンジョンじゃない。あまりにも異質です…」
アナスタシア自慢の猫耳が垂れている。可愛いけど今はちょっとそれどころじゃないな。なんかマズくないか?それってもうフリ以外のなにものでもない。戦略的撤退をするべきだろう。
「アナスタシアなら過去にここの4層まで到達した時の事も調べてるんでしょ?その時はどうだったの?」
おいキレカワいい加減にしろ。話を深掘りするな。もう撤退すんだよ。回れ右して帰るんだよ。
「その時は特に変わった事はなかったみたいです…少し他のダンジョンよりモンスターが強力だったぐらいしか…」
妙な話だな。他のダンジョンと仕様が違うならモンスターよりもそこに注目いくんじゃないか?こんなホテルみたいな内装絶対おかしいし。隠蔽したのか…?いや…それはないか。隠蔽する意味もないし。変化した…?ダンジョンは入るたびに変化するんだろ?それならそれぐらいしか説明出来ない。うーん、わからん。やっぱ撤退だな。
「ふーん。ま、別にいいんじゃない?大した事じゃないよ。」
大した事ないわけないだろ。絶対ヤバい事起きる前触れだろ。これ絶対ヤバいやつだろ。
「……城の内装に近いですね。スノウフレイク城もこのような絨毯を敷いておりました。材質も良く似ています。」
ルキナがしゃがんで絨毯を触って調べている。なんだよ意外と冷静だな。臆病なんじゃなかったのか?俺(男)とアナスタシアだけビビってんじゃん。
「ルキナ冷静だね。怖くないの?」
「リンさんが側にいてくれるなら…怖くありません。」
依存度強えなぁオイ。ルキナ捨てたら絶対刺されるよね。いや捨てたりなんかするわけないけどさ。
「そうなんだ。それじゃ先に進もうか。」
おい。やめろってバカ。絶対良くない事起こるって。帰ろう。美味屋行こう。それで明日から攻略済みダンジョン探索に切り替えよう。ほら、アナスタシアも早くこのバカ止めて。
「そうですね。先に進めば何かわかるかもしれません。」
おい。なんで反対しないんだよアナスタシア。今だけは俺に逆らっても罰を与えないから早く止めろ。
「では行きましょう。」
ルキナがまとめてみんなが歩き出す。ダメだわこりゃ。コイツらただの俺の信者じゃん。教祖様にはノーと言えないダメ信者じゃん。少しは拒否しろよ。否定しろよ。教祖様は絶対じゃないんだぞ。やばいこれ絶対死ぬ予感がする。
俺の意思を無視してキレカワフォームの俺を筆頭に歩き出す。一本道の薄暗い通路をひたすら歩く。俺は自由の効く首を動かして周囲を見渡す。天井は割と高い。エアストダンジョンのような閉塞感は無い。アナスタシアの索敵にも引っかからないんだからモンスターもいないはずなんだけどなんか感じる嫌な予感が一向に消えない。
そう思っていると通路の先が行き止まりに差し掛かる。そこにあるのはドアノブのついている普通の扉。手前開きだ。奥開きじゃなくてよかった。これなら扉に隠れてモンスターさんこんにちはにはならない。
「ドアだね。」
「ドアですね。」
「ドアです。」
「アナスタシアの索敵センサーに反応は?」
「せんさぁ?えっと、索敵の加護には何もかかってません。」
「ならモンスターはいないって事だね。」
キレカワは普通にドアを開けた。もうなんの躊躇いもなくスパーンっと開けた。アナスタシアもルキナもギョッとしたような顔してんじゃん。なんなのコイツ。男らしいにも程があんだけど。少しはビビれよ。モンスターいなくてもトラップあっかもしんねーだろ。アホなの?バカなの?
「リ、リンちゃんって凄いですよね…!」
「そ、そうですね…!流石はリンさんです…!」
お前の豪快さに少し引いてんじゃねえかよ。コイツと一緒にいたら身が持たねえなって思われたらどーすんだよ。こんな上玉逃したらもう2度と手に入らないよ?ホント頼むから少しは考えて行動してくんない?
「そう?別に普通だよ。そんな事より…随分と広い所に出たね。」
俺が目線をドアの先へと促すと、アナスタシアとルキナがそれを見て俺のとなりに移動しドアの中を見る。
「劇場……?」
ルキナが呟く。
だよね。俺もそう思った。中学の時に学校行事で連れていかれた演劇を見た時の劇場に良く似てる。こっちの世界でも劇場ってあんだね。
「やっぱりそうだよね?こっちには無いと思ってたから説明出来ないかもって思ってた。」
「いえ、ありますよ。ヴィルトシュヴァインには劇場は無いですがスノウフレイクには劇場がありました。そこで行われる演劇や音楽祭が私は好きでした…」
……そんな寂しそうな顔すんなよ。
そう思った俺は自然と身体が動き、ルキナを抱き寄せた。
「リンさん…?」
「いつか必ず演劇とかオーケストラとか鑑賞しようよ。必ず。」
「……はい。リンさんは優しいです。」
ルキナは幸せにしてやりてえなぁ。ちゃんと俺が責任持つよ。約束する。もちろんアナスタシアも。ジュノーも。
「でもなんで劇場がココに……?本当にダンジョンなんでしょうか……?」
アナスタシアが口元に手をやり真剣な表情で何やら考えている。俺にはダンジョンってより高級ホテルにしか見えん。それか豪華客船的なやつ。
「ま、考えても答えは出ないし先に進もうよ。動かなきゃ答えなんて出て来ないんだしさ。」
「…そうですよね。考えても仕方ないですよね。」
いやそんな事ないって。このバカに騙されるなアナスタシア。良く考えて撤退の解を導き出せ。
「じゃ、行くよ。」
俺の心を嘲笑うかのようにキレカワは躊躇い無くドアの中にある劇場へと進入する。そうしてそのままズンズンと進むのでアナスタシアとルキナは慌てて俺の後を付いてくる。
俺は舞台のような場所へと行くと、演者が立つような位置から上に向かってズラっと並び立つ客席のようなものを眺める。やっぱどう見ても劇場だ。その先にあるのはまた扉だ。客が出入りする時の入退場口じゃないか?あそこの扉開けたらまた別の所に行くのか?それとも2層に行ける?行ってみる?それともここは割と広いからそれ以外の所を探索するか?さて、どうしたもんか。
だがその考えは一時中断するしかない。アナスタシアが突如大声をして警戒をする。
「リンちゃん!!ルキナちゃん!!モンスター来ますっ!!正面上にある大きな扉の先からです!!」
俺は入退場口(予想)へと目を向ける。するとドアが乱暴に開けられそこから三体のモンスターが劇場内へと進入する。
……えっ?アレって…アレじゃね?あの緑色のデカい体にビールっ腹みたいになった醜い腹。醜悪な顔面。
「オ、オークですっ…!?」
ほらやっぱり。オークだよオーク。女の敵オークだよ。マジかよ。コイツらもこの世界いんの?コイツらはいないで欲しかったんだけど。
「なんでこんな1層に…それもこんな入口から近い所にいるなんて…」
アナスタシアが身体を震わせている。なんだ?そんなにヤバいのか?
「アナスタシア、落ち着いて。アレ、結構ヤバい奴?」
「かなり強いモンスターです。強さもですけど女にとっては危険なんです。」
「危険?」
「オークは性欲が強いんです。女は殺さずに巣へ連れ帰って繁殖の為の道具とするんです。」
やっぱりですやん。安定と信頼のオーク設定ですやん。コレいかんだろ。絶対やだぞ俺。イケメンとだって嫌なのにこんなブサイクなのに犯されるんなら絶対喉掻ッ切って死んでやる。
「ふーん。」
ふーんじゃねえよボケ。お前こんな時までスカしてんな。逃げろ。早く逃げろ。安眠屋に帰ってヒキニートになるから。もう金を使い切るまで動かないから。外怖い。異世界怖い。
「ふ、ふーんって…!!リンちゃん怖くないんですか…!?」
「別に?だって負けたらそうなるってだけの話でしょ?なら勝てばいい、それだけの話だよ。ね、ルキナ。」
俺はチラリとルキナを見ると戦闘態勢に移行したようにしっかりと鞘からアルタイルを抜いて鋭い目をオークへと向けている。この子臆病なんじゃなかったっけ?なんでこんな戦う気満々なの?
「はい。あの程度の下等種に決して負けません。」
なんか口調も違くね?ルキナさん誰かに取り憑かれてんの?
「…そうですよね。リンちゃんが負けるわけありませんっ!それにルキナちゃんもいるんですからっ!!」
だからアナスタシアはすぐに感化されるなって。コイツら頭おかしいって。どっかの戦闘民族なんじゃねえの。
「さて、それじゃ始めよっか。」
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