Chapter 20 距離感つめつめ

騎士団の制服に、軽装の鎧を纏ったジュノーが俺たちの方へと向かって来る。取り囲んでいた騎士たちがジュノーの為に道を開け、全員が軍の敬礼のようなポーズを取り出す。ジュノーは無言でその間を通り、キリッとした少し怖い顔でズンズンと俺の方に向かって来る。何だか凄く怖い。綺麗なジュノーに棘が現れてしまった。



「これはどういう事?貴方はここで何をしているのかしら?」



ジュノーは俺の真横に止まり、クソメガネに対して尋問するような口調で問いただす。



「いや…私は王国の為にーー」

「私はここで何をしているのかと聞いている!!質問に答えろ、マティス・ハイペリカム副隊長!!!」



ジュノーの声に押し潰されそうなプレッシャーが感じられる。俺が言われている訳ではないのにこうべを垂れてしまいそうなぐらいの圧が上から覆いかぶさってくる。



「は、はっ…!!!私は、ヴィルトシュヴァイン王国の為、王国に仇なす者を捕らえる為ここに参りました!!!」




クソメガネが背筋をピンと正し、顎を上に張ってジュノーに敬礼をしている。最高にビビってんじゃんこいつ。それだけジュノーがやばいってことか。



「それで?」



ジュノーが冷たい眼差しでクソメガネを見ている。ジュノーってSなのか?俺はそっちの趣味は無いからS女は嫌だぞ。まあ、S女を屈服させるのはたまらんがな。



「はっ!!!その過程でこの女がギュルテルティーア帝国三将軍の一人、ルナ・チックウィードの疑いが出て来た為、交戦し、排除しようとしていたのであります!!!」



嘘つけ!その疑惑が出る前から交戦してただろお前!てかコレどうなるんだ?ジュノーが俺の味方だとは言えないよな?仮にも王国騎士な訳だし。そっちの肩を持たれたら俺ヤバくね?ちょっとジュノーには勝てない気がする。声だけで屈してしまうぐらいの圧を感じるんなら俺とジュノーじゃ実力差がありすぎると思われる。となれば逃げるしかないが逃げられるとも思えない。やべぇ、どうしよう。



「だから『白煙』を使おうとしたと?」


「はっ!!!私は王国の為、それが適正だと判断致しました!!!」



俺はチラリとジュノーを見る。この後に裁きが出るんだろうが俺はどうなるのだ?弁護士はいないのだろうか。というか発言しちゃダメなのだろうか。弁明したい。



「王国の為ね。ワタナベ・リンに対して連行命令は出されていなかったはずでは?それは貴方の独断で行ったの?ハイペリカム副隊長。」


「それは……だが!!結果としては独断でありましたが帝国三将軍を始末出来るのであれば勲章ものであると私は考えます!!」


「……ふぅ。ワタナベ・リンがエアストダンジョンから持ち帰ったアイテムの鑑定が終了したわ。アレは未発見のアイテムであり、それがドロップできる対象は未知のモンスターであるとの結果よ。」



おぉ…!これで俺の殺人疑惑が晴れた訳か!いや、でもまてよ?俺が帝国の将軍疑惑が残ってるのか。これはどうやって証明すれば良いのだ。結局は拷問か?それは嫌だ。絶対男の兵士にエロい事される。そんなの嫌だ。そんな薄い本みたいな展開に自分がなるなら舌を噛み切って死んでやるわ。でも痛いのも嫌だ。どうしよう。



「そ、そんな…!?何かの間違いでは…!?」


「魔法省鑑定局からの通達よ。間違いがあるわけないわ。」


「クッ…!!仮にそうであったとしてもこの女がルナ・チックウィードだという事に変わりはありませんッ!!即刻捕らえるか、殺すべきですッ!!」


「彼女がルナ・チックウィード将軍である事も無いわ。ありえない。」



おぉ…!!俺の疑惑が完全に晴れたぞ!!これで俺は無罪放免か。良かった。アナスタシアを守れた。お尋ね者になる事もないんだな。流石は俺の第一夫人。ふむ。男に戻った暁にはたっぷりと我が寵愛をその身体に叩き込んでやるぞ。



「な、何故ですか…!?この女は個人ランクが1にも関わらずこの私を圧倒した…!!それはきっと帝国にて何か策を用いて魔水晶を欺いたのです!!!」


「魔水晶を欺いたかどうかは私にはわからないわ。でもルナ・チックウィード将軍でないという事だけは断言出来る。」


「何故ですかッ!?」



うるせえなクソメガネ!!メガネブチ破るぞ!!俺の疑惑が晴れたんだからほじくり返すんじゃねえ!!



「だって私は戦場で彼女と合間見えた事があるもの。」




なーるほど。そりゃあ両軍のトップ級なら戦さ場で対峙する事もあるわな。このクソメガネ副隊長のクセそんな事にすら思いが至らないのか。この無能め!!



「そ、そんなッ…ならばこの女は…」


「ただの他国から来たハンターって事ね。それよりハイペリカム副隊長。貴方がした事は騎士としてあるまじき行いよ。独断による先行、婦女子への暴力行為、美味屋への破壊未遂、これらは立派な隊務規定違反だわ。罰則については後程通達する。それまで自室にて待機していなさい。」



「……はっ。」




歯を食いしばり悔しさを堪えながらクソメガネは立ち去ろうとする。ふん、惨めだなクソメガネ。俺様に立てつこうとするからだ。だがな、何を黙って立ち去ろうとしてんだ?



「待ちなよ。」



俺はクソメガネを呼び止める。呼び止められたクソメガネは少し驚いたような顔を見せる。



「アナスタシアに謝りなよ。アンタの勝手な思い込みでアナスタシアに怖い思いさせたんだから。」



クソメガネが俺を見て驚いたような表情を見せたのもほんの一瞬だった。すぐに不快感を露わにしたような表情へと変わり口を開く。



「調子に乗るな女。私はまだ貴様が帝国の間者だという線は消えてないと思っている。必ず尻尾を掴んで見せるからな。覚悟しろ。」



捨て台詞を吐きながらこの場をあとにしようとするクソメガネ。だが俺は逃さない。絶対謝らせる。俺は即座にクソメガネの腕を掴んだ。



「謝れ。」



クソメガネは俺の腕を振り払おうとするが俺は離さない。腹が立った俺は掴んでいる手に力を込めるとクソメガネは苦悶の表情を見せる。このまま腕を握り潰してやろうと思っているとアナスタシアの手が俺の肩に触れる。




「リンちゃん。もういいよ。私は大丈夫だからね。ね?」



アナスタシアが天使の表情を見せる。この子天使じゃん。こんな畜生野郎に対してそんな慈悲を与えるなんて。



「アナスタシアがいいなら私はいいけど。」



俺はクソメガネの腕から手を離す。するとクソメガネが舌打ちをして足早に美味屋を出て行く。コイツ次に会ったら絶対殺してやる。俺は女には甘いが男には何の感情も持たないからな。無慈悲に殺してやる。



「ワタナベ殿、この度は私の部下が大変な失礼を致しました。上官として深く謝罪致します。」



俺がそう思いながらクソメガネが出て行った入口を見ているとジュノーが俺に頭を下げて来る。



「いや、別にジュノ…マグノリアさんが謝る事じゃないですよ。」


「ですが、貴女にご迷惑をおかけした事には違いありません。本当に申し訳ございません。」


「もういいですよ。それにその喋り方とか名字呼びはやめて下さい。最初みたいに普通でいいです。」


「宜しいのですか?」


「はい。」



そうだそんな他人行儀な話し方はやめろ。俺とジュノーの仲じゃないか。それに詫びは謝罪ではなく身体で払ってもらおう。上官として身体を張ってお詫びをしないとな。男に戻る時が楽しみだ。



「じゃあお言葉に甘えちゃうかな。だー、疲れたー。」



ジュノーが張りつめていた糸が切れたようにグテーっとした雰囲気になる。



「いやー、本当はあんな喋り方苦手なんだよね。私はもっとくだけた方が良くて。でもほら、リンが怒ってるだろうからしゃんとしなきゃって。」


「別にマグノリアさんに怒ってないですよ。」


「あ、リンももっとくだけて喋ってよ。私の事もジュノーって呼んで。」


「そう?それなら遠慮なく。」



そりゃそうだ。俺はジュノーの主人なんだから敬語など使う必要はない。だがジュノーは俺に敬語を使わないとダメだぞ。俺は亭主関白だからな。俺の三歩後ろを歩き、三つ指をついて俺の見送りや出迎えをするんだからな。俺は亭主関白なんだから。



「ナーシセスさんもごめんね?嫌な思いさせちゃって。」



突然話を振られてアナスタシアがビクッとなる。あわあわした感じで手を振り乱しながらジュノーに答える。



「いっ、いえ!!私は全然気にしていませんから!!マグノリア様が私なんかに頭を下げないで下さい!!」


「そうはいかないよ。王国騎士が王国民に対しての無礼な振る舞いをした。その事に対する責任は上官の責任。本当にすみませんでした。」


「も、もう大丈夫ですから…!!謝らないで下さい…!!」


「ありがとう。それと様なんて付けるのやめてね。私の事はジュノーでいいよ。私もアナスタシアって呼んでいいかな?」


「も、もちろんです…!!えっと…ジュノー…さん…?」



ふむ。我がハーレムの夫人たちが仲良き事は良い事だ。これからもどんどんハーレム人口を増やすから皆仲良くするんだぞ。



「あ、そうそう。リン。リンが見つけた新アイテムだけど王国の回収になっちゃうんだ。」


「そうなんだ。」



別に返してもらえるなんて思ってないからどうでもいいぜ。



「それでその対価の支払いについてなんだけどーー」

「ーーえっ?お金もらえるの?」


「うん?それはそうだよ。ハンターから奪い取るなんてしたら盗賊と変わらないじゃん。」



なら何も問題ないじゃん。未発見アイテムなんだからかなりの額かもな。金貨2枚…いや、10枚はもらえるかもな。



「へぇ。それでいくらなの?」


「色をつけさせてもらって銀貨5枚でどうかな?」


「……。」




………なんだって?銀貨って言った?俺の嫁さ、今、銀貨って言った?金貨と聞き違えたか?いくらなんでもそんなクソみたいな金額じゃねえだろ。



「そっ、そんなにですか…!?」



アナスタシアが超驚いてんだけど。やっぱ金貨と聞き違えたのか。そうだよな。そんなバカな話があるわけないもんな。



「うん。用途や効果がわからないけど新アイテムだからね。これぐらい出して当然だよ。」



やっぱり聞き間違えてたんだな。これで金貨が5枚も手に入るならアナスタシアの装備を揃えるか。きっとAランクの装備になるだろうが全然マシだろう。



「で、リンはそれで大丈夫かな?」


「大丈夫だよ。」



問題なんかあるわけないさ。完全にあぶく銭だし。



「よかった。それじゃこれが王国からの買い上げ料って事で。」



俺はジュノーから金貨が入っているであろう布で出来た袋をもらう。ジュノーが中身を確認してくれと言うので紐をほどき、中を確認する………は?



はっ?



えっ?




銀貨じゃん。




やっぱ銀貨じゃん。




「えっ?間違えてない?銀貨だよコレ?」


「うん?銀貨だよ?」


「えっ?金貨だよね?」


「あはは!リンってそんなクールな感じなのに冗談も言うんだね。」



俺の台詞がジョークだと思っている第一夫人はほっといて第二夫人に目を合わす。第二夫人は俺が冗談を言ってる訳ではない事を悟り小声で俺に話しかけてくる。



「リンちゃん。これは全然おかしくありません。むしろ良い方です。」



何が良い方かわからない俺だが、俺も小声で返す。



「だって未発見アイテムなのに銀貨5枚って馬鹿にしてない?ちょっとイラっときたんだけど。」


「リンちゃんは通貨レートが多分あんまりわかってないんだと思います。前にも言いましたけど金貨なんてほとんど誰も持ってません。貴族の方ですら数枚あるかどうかです。」


「えっ、そうなの?」


「はい。銀貨ですら中流階級の方ではあまり手にする事はないんですから。」



マジかよ。って事はA以上の装備が異常に高価すぎるだけなのか。ってか金貨の価値が高すぎ。銀貨だって相当な価値じゃん。美味屋と安眠屋、それに御洒落屋が高級な理由がわかったわ。



「それじゃ私は仕事があるからそろそろ戻るね。今度はリンの強さについても聞いてみたいかな。」



そう言うジュノーからは強者に対する興味の視線が感じられた。敵対的なものではなく、ただ純粋に興味の対象のような、そんな感情が感じられた。



「ジュノーに一つ聞いてもいい?」


「ん?何?」


「ジュノーってダンジョンをクリアしたんだよね?」


「うん。もしかしてリンもダンジョンクリア狙ってる感じ?」


「一応ね。でさ、それってジュノーが一人でやったの?」


「それはムリだよ。流石に一人じゃ出来ない。パーティー組んでやらないと。」



これだけ強いジュノーでも無理なのか。さっきのクソメガネとのやり取りで俺は理解した。ジュノーは俺よりも明らかに強い。それでも一人でクリア出来ないなら俺に出来るはずがない。俺とアナスタシアだけでは現実的に無理だな。パーティーメンバーを探さないとダメだ。攻撃強い系の奴。俺が前でガンガンやっててもアナスタシアが襲われたらアウト。アナスタシアを守りながらやってても物量で来られたら守りきれなくてアウトになるかも知れない。アナスタシア守れるぐらいの攻撃強い系がいないとダメだ。



「わかった。ありがとう。」


「どういたしまして。それじゃ、リン、アナスタシア、またね。」


「うん、またね。」

「はっ、はいっ!また!」




こうして美味屋での騒動は幕を閉じた。

クソメガネを一方的に倒した事により歓喜に湧いた美味屋店内。この後俺は美味屋のおっちゃんや常連たちから揉みくちゃにされ、夜までどんちゃん騒ぎを行なった。誰かに凄いとか言われた事のない俺はそれが結構嬉しかった。でもアナスタシアが飲みまくりすぎて最後はフラフラになってしまったから安眠屋に戻ってから襲う予定が無くなってしまった。俺は反応が無いのは萎えるから寝ているアナスタシアをどうこうする気は全く起きなく、風呂場で咽び泣きながら一日を終えた。

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