Chapter 19 シークレットスキル

「貴様のような得体の知れない輩がこの私に騎士道を教えるだと?」



俺の言葉によりクソメガネが明らかな苛立ちをおぼえる。体からは何とも言えない圧が出ており、周囲にいる騎士たちや客が恐怖から後退りをする。


店内が静寂に包まれる。物音を立ててはならない。そんな暗黙のルールが強制的に課せられた空間だが俺には関係無い。アナスタシアを怯えさせたコイツだけは許さない。


俺は左腕で抱き締めているアナスタシアを離す。アナスタシアは震えていた。その感覚が腕にしっかりと残っている。



「リンちゃん…?」



そんな不安そうな顔するなよ。俺がお前をちゃんと守ってやるから。絶対に。


俺はアナスタシアの頭に手を乗せる。それから自分なりに優しく微笑んだ。



「待ってて、すぐ終わるから。」



俺の眼差しにアナスタシアは無言で頷く。そのまま俺から距離を取るように離れる。

流石は俺の第二夫人だ。主人の気持ちをしかと理解している。

さて、それじゃこの似非騎士野郎をブチのめすとするか。



「すぐ終わるだと?フッ、その通りだな。貴様は私にやられてすぐに終わる。だが本当の意味での終わりというのはそう簡単に訪れると思うなよ。詰所へ連行した後には徹底的に取り調べてやるからな。私は甘い男でーー」

「ーーねえ。」



クソメガネが饒舌に喋っている所に俺が割り込む。



「ペラペラとよく喋るけど、アンタは口喧嘩しに来たわけ?」



俺の物言いに場が一瞬白ける。クソメガネもポカンとしたように俺を見ているだけだ。

だがその一瞬の間があけると、俺とクソメガネを取り囲むように見ている客たちの中の数名が口を押さえて笑い始める。手で笑い声を殺すようにしているがブフッと言う声が漏れている。それにつられるように所々に笑いが伝染していく。それを見たクソメガネはポカンとした顔を止め、みるみるうちに憤怒の形相へと変貌する。




「このッ…クソ女がッ…大人しくしていればいい気になりやがッて…!!」


「あれ?気取った喋り方はもうやめたの?本性出ちゃってるよ?」



俺が更に煽ると騎士団の連中からも笑い声が漏れる。当然必死に堪えてはいるが漏れてしまっている。

そしてそれがクソメガネの耳に入った事で完全にキレたようだ。俺に対して剣を振り上げて向かって来る。



「最早ッ、優しくしてもらえるなんて思うなよ女ァ!!!」



クソメガネが一瞬で俺の間合いへと侵入し剣を振り下ろす。頭を狙っての手心を加え無い真剣での本気の一撃。もう尋問する事すら頭に無いぐらいキレてやがる。これがコイツの本性か。しょうもない男だな。帝国の間者かもしれないと疑って王国騎士としての任務を全うしようとする所はわかる。だがここで俺を殺したんじゃ元も子もない。これは完全に騎士としても本分を捨てている。騎士にあるまじき行為だ。何より騎士ってのは女子供を守るもんだろ。それをいくら俺の中身が男とはいえ、見た目は可憐な美少女であるこの俺を、よくも殺そうだなんて考えてくれたな。そして何より、アナスタシアに乱暴しようとした事は絶対に許さねぇ。




ガキィーーン






「なっ…!?なんだと…!?」



俺はクソメガネの一撃を難なく神魔の剣で受ける。受けられると思っていなかったのかクソメガネが凄く驚いた顔をしている。


ここまでは特に問題は無い。むしろ予想通りだ。問題なのはここからだ。果たして俺がコイツに勝てるのかどうかって事だ。

俺の個人ランクはダンジョンへ行く前は1だった。だがダンジョンでのミノタウルスやリザードマン、そしてマンティコアという強者との戦いを繰り広げて来た今の俺なら10以上にレベルアップしていてもおかしくはない。肝心なのはパラメーターの増加量だ。俺のパラメーターは全くもってわからないが、魔導剣士とかいうレアジョブによって上昇値に補正がかかっていてもおかしくない。てか補正してくれ。だって美味屋のおっちゃんが口走ったよね?このクソメガネは白騎士って。アナスタシアが言ってた事を俺はちゃんと記憶している。竜神のトコに行く為の許可を得るにはパーティーランク50以上か白騎士以上の奴じゃないとダメだって言った事を。

となればこのクソメガネは相当の強者だ。RPGでの最後の町に相当するであろう未開の東方の地って事は個人ランク60以上の可能性がある。少なく見てもRPGでの中ボス級の強さがあってもおかしくない。それを冒険始めたばっかの俺がマッチアップせねばならんのだ。ちょっとぐらい補正があってもバチは当たらない。


さて、どうするか。魔法は使えないぞ。使ったら美味屋が火事になるのが目に見えている。おっちゃんが膝から崩れ落ちる姿が想像出来るから心が痛むからな。

そうすると剣でクソメガネを制圧するしかない。魔導剣士の利点を活かせないのは痛いがどうしようもない。ごちゃごちゃ言ったってやるしかねえんだ。俺がコイツに勝つ。生まれて初めての意地、通させてもらうぜ。




「それじゃ次はこっちから行かせてもらうよ。」




俺は受けた剣を流すように鋭くクソメガネの胴へと滑らす。



「ぐッ…!?」



クソメガネは胴へと迫る俺の神魔の剣を足首を返すだけで躱す。流石は白騎士ってとこか。だが俺の手は止まらない。避けられた剣をその場でピタリと止めて、そこからすぐさま追撃の剣を繰り出す。



「きッ、貴様ッ…!?」



必死で捌きながら逃げるクソメガネを追尾するように連続剣で店の壁へと追い詰める。今の所はコイツに脅威を感じない。俺が思った以上にクソメガネの頭は冷静さを欠いているのか?マンティコアよりは強いってのはわかるが、クソメガネがとても個人ランク60以上もありそうには思えない。

しかし油断は禁物だ。コイツがまだ真の力を隠している事は十二分に考えられる。さっさと制圧してしまうのが得策だが、どんな隠し球があったとしても余裕を持って対処出来るようにしよう。



そして、俺はクソメガネを壁に追い詰める。クソメガネは俺をまるで化け物でも見るかのような目つきで見ている。




「そんなバカな…!?私は貴様の個人ランクをギルドで確認してからここに来ている…!!貴様の個人ランクは1だ!!魔水晶を欺く事は出来ない!!仮にエアストダンジョンで個人ランクを上げたとしてもせいぜい5ぐらいが良いところだ!!私の個人ランクは60だぞ!?その私をまるで子供のように扱うなど…!!不可能だッ!!!」



やっぱりコイツの個人ランクは60なのか。てかコイツって俺の個人ランク確認してるくせにこんな大勢引き連れて来たわけ?クソじゃん。マジモンのクソじゃん。こんな奴が騎士なの?この国本当に腐りきってんじゃないの。やっぱりこの国は信用ならねえな。どのみち俺はお尋ね者になったみたいだからこの国から出て行かないといけない。他の国も見て見た方がいいかもな。帝国ってのだって実は悪じゃないかもしれない。他国を悪く言うのなんて当たり前の話だもんな。てかアナスタシアは俺について来てくれるだろうか。嫌だって言われたらどうしよう。それにジュノーはどうする?拉致する?逆に返り討ちに合うかもしれないよな。困った。どうするかな。うーん、よし。ジュノーはリスク高いからとりあえずアナスタシアだけ拉致しよう。ヘタレな俺にはそれしかない。痛いのは嫌だからな。うん。



「不可能って。アンタの状況わかってるのかな。命を取ろうと思えばいつだって取れるんだけど?」



俺はクソメガネの剣を弾き落とし、神魔の剣の切っ先をクソメガネの喉元に突きつける。勝負あったな。俺ってクソ強いじゃん。これなら未クリアダンジョンに今すぐ行っても余裕じゃん。明日には竜神に会えんじゃね?



「ぐうッッ…!?」



俺に刃を突きつけられている事でクソメガネは身動きが取れない。それを見て店内に歓声が湧き起こる。それと同時に騎士団員たちからは悲痛とも失望ともとれる声が漏れる。当然だ。女が騎士を、特殊な称号であるだろう白騎士を圧倒したのだ。



「スゲエ…!!スゲエぞ姉ちゃん!!!」


「あの白騎士マティスを子供扱いだぜ!?」


「フッ、やるな。俺はあの女をここで最初に見た時からやるヤツだと思っていた。」


「そ、そんな…マティス副隊長が…」


「あんな少女に手も足も出ないなんて…」



なんか随分と騒ぎになって来たな。増援が来たりしたら面倒だぞ。アナスタシアを連れてとっととズラかった方がいいな。安眠屋に行って荷物回収したらヴィルトシュヴァイン王国から出よう。折を見てジュノーは攫いに来れば良い。


そう思い俺はアナスタシアの方をチラりと見る。アナスタシアは嬉しそうな顔をして手を叩いている。可愛い。いや、そうじゃないから。撤収の合図だよ。わかってくれ。



「……貴様は確かに強い。私の技量を遥かに上回っている。」



ブツブツと喋り出したので俺はアナスタシアからクソメガネに視線を戻す。



「……だが、勝敗は別だ。」




その時だった。クソメガネの体から白い蒸気みたいなモノが噴き出す。俺は咄嗟に剣先を外し、クソメガネから距離を取った。同時に騎士団員たちが騒ぎ始める。




「ふッ、副隊長ォッ!?おやめ下さい!?」


「こんな所で『白煙』を使ってしまったらタダじゃ済みませんよッ!?」




なんだなんだ?恐ろしい剣幕で騎士たちが騒いでるぞ。この白い蒸気ってヤバいのか?毒か?念の為吸わないようにしてるけど状態異常無効持ちの俺には多分効かないぞ?アナスタシアはヤバいから即連れて逃げるけど。



「黙れ。貴様らも王国騎士ならば覚悟を決めろ。コイツは恐らく間者などという類のものでは無い。かの有名な帝国三将軍の一人、常勝将軍ルナ・チックウィードだ。」


「ま、まさか…!?」


「帝国の将軍が王国内に堂々と侵入をしているなんて…!?」



いや、違うから。誰だよそれ。でもなんか常勝将軍とか響きがいいね。常勝将軍とやらを倒して屈服させるのとかそそるよね。その常勝将軍とやらの顔が可愛かったら俺の第三夫人にしてやってもいいかな。でもなぁ、女将軍ってんならきっとゴリラだよなぁ。それはムリだなぁ。うん、ゴリラだったらパスで。




「リンちゃんっ!!!」



俺がそんなエロい事を考えていると後ろからアナスタシアが大声で叫んでいる。えっ、ごめんなさい。でもハーレム拡張するっていう野望は捨てられないんです。どんなにハーレム拡張してもアナスタシアと毎日やるから!!俺絶倫だから!!



「リンちゃんっ!!!逃げて下さいっ!!!」



俺がモタついているとアナスタシアの方から俺の元に来て手を引いている。その焦りぶりから俺のハーレム計画について怒っているのでは無いと悟った。



「どうしたのアナスタシア?」


「逃げましょう!!いくらリンちゃんでも白騎士マティスの『白煙』を喰らったらタダじゃ済みません!!」


「さっきからそこの騎士たちも言ってるその『ハクエン』?ってのは何なの?」


「白騎士マティスのシークレットスキルです。普通はシークレットスキルの事は一般的には知られていませんが、白騎士マティスは”異教徒殲滅作戦”における”ミュスティカ教会攻防戦”での『白煙』による戦功が知れ渡っているんです。ミュスティカ教会は昔、王国の中央にありましたが『白煙』による消滅によって異教徒もろともこの世界から消えました。」



なんじゃそりゃあ。そのシークレットスキルってのやばくね?『白煙』ってのがどういう仕組みのスキルかわからんけどアナスタシアの言った通り消滅する系ならマジでヤバいぞ。個人スキルやら加護なんか何の意味も持たなくなる。




「うわわっ…!?や、やべぇぞ!?」


「に、逃げろッ…!!!死んじまう…!!!」



店内にいる客たちが一斉に出入り口へと群がる。だが騎士たちは誰一人として逃げない。それどころか俺とアナスタシアを包囲するように取り囲む。逃さないつもりか。命を懸けて俺を葬りさろうってか。



「良くやった。それでこそ王国騎士だ。発動まであと少しだ。それまで奴らを抑えろ。」


「はっ!!!」



士気は高いな。クソメガネに関しては本当に心底クソだと思うが騎士団の連中は見事だと思うぜ。女二人を囲んでるトコはどうかと思うがお前らだけは認めてやるよ。



「リ、リンちゃんっ…!!どうしよう…!!」


「アナスタシア、落ち着いて。大丈夫だから。」


「リンちゃん……?」




効果範囲がどこまでかわからない以上は逃げる訳にはいかねぇ。『白煙』ってのが俺に効かなかったとしてもアナスタシアに効く可能性は極大だ。だったら俺に出来るのはここでクソメガネを仕留めるしかない。



「私がアイツを倒す。ううん、始末する。無差別に殺人を犯すような奴は騎士としてどころか人として腐っている。そんな奴を野放しになんか出来ない。」


「クク、言うじゃないかルナ・チックウィードよ!!貴様に正義があるとでも思っているのか?王国の為に命を捧げる事は王国の騎士として民として当然の事!!!我らは何も間違ってなどいない!!!」


「それはアンタの私情だ。アンタに正義は無い。時間が惜しい、決めさせてもらうよ。」




俺は神魔の剣を両手で握り上段に構える。一撃でクソメガネの頭をカチ割って終わりにさせてもらう。それでアナスタシアを連れて一目散にエスケープさせてもらうぜ。あばよクソメガネ。


俺は地面を蹴り一気に間合いを詰める。クソメガネも何かを放とうとするような動きを示す。どちらが早いかはわからない。だが俺は負けない。負けられない。俺はもう二度と負ける訳にはいかねえんだ。






















「やめなさい!!!」























私は気圧された。その力のこもった言葉に気圧された。足は止まり振り上げた剣も下ろしている。そしてそれはクソメガネも同じだ。体から出ていた白い蒸気は消え去り、手足を震わせながら俺の背後を見ている。

俺はクソメガネの視線につられて背後を向く。そこにいたのは凛とした顔で俺たちを見ているジュノーがいた。


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