第12話 模試


  タイヤを2つ新しくしたおかげか、自転車はとても走りやすい乗り物になった。力強くこぐと、あっという間にスピードが出て、どこまでも走っていけそうな気がする。遅刻しそうな朝にも心強い。


 吹き抜けていく風は、爽やかというには心持ち冷たくなってきている。木犀の花のにおいが少しだけしている。


 今日は全国統一模試の日なので、カバンの中身はいつもより少なめだ。筆箱と、財布と、チョコレートとのど飴。


 テストの日は、べつに嫌いじゃなかった。

 もちろん問題が分からないことはあるし、全部の問いを埋められないこともあるけれど、例えば、急に所在がなくなってしまう体育の時間——バレーボールや、バスケットボール——や、複雑な理科の実験や、家庭科で何かを作らなければいけない——そして失敗しても、それを必ず食べなければいけない——よりは、ずっといい。


 三年生になってからは、模試が増えた。

 個人的には、プリントを前から順番に配っていく時間が好き。終わってからまた回収するのは少し面倒だけど。


 テストの時間に横たわる教室の静けさ。シャープペンシルのカリカリいう音。いっせいにみんなが何かを書き始めて、自分だけ何も書けないままでいると、書くべき言葉を何ひとつ、持っていないような気がする。


  時間が空いたときは、窓の外を眺めた。暖かそうな、やわらかい日差しが木立のなかに陽だまりをつくっている。



「どうだったー」「ぜんぜんだよー」


 そんな会話が教室のあちこちで交わされる休み時間。持ってきたチョコレートを友達にひとつずつあげて、自分もひとつ、口のなかに入れた。

 あっという間に舌の上で、甘くゆるやかに溶けていく。



*



 全部のテストが終わって、体育館の方へむかう途中、ラシーヌが後ろから追いかけてきた。ラシーヌは、薄い赤色のナイロールの眼鏡をしている。


「お疲れー。どうだった、テストは」


「あんまり」


 どのテストもそうだけど、確信をもって全部答えられたためしがない。予想以上に結果が良いこともあれば、全然できていないこともあった。

 テストは、運試しのようなものだ。たまたま覚えていれば書けるし、忘れていたら何も書かないか、適当に埋めてしまう。空いている箇所が、できるだけなくなるように。


「そうだ、図書館に行くんだった」


 不意にラシーヌは、そう言って足をとめた。


「何か借りるの?」


「ううん、返す方。返却日きのうだったのに忘れてて」



 廊下には、窓の日差しが等間隔に並んでいる。

 私はラシーヌと一緒に、図書館へ行くことにした。

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