第9話 堤防
堤防は、夕方に通るとさみしくなる。
夕日を受けてまたたく、川の水面の光のせいかもしれない。なぜか分からないけれど、ひとりきりだ、ということを強く感じてしまうのだ。そのさみしさは、ある種の心細さに似ている。寄る辺を失って、帰る居場所のない小さな子供が抱くような気持ち。
自転車がないから歩いて帰る——ないと言っても修理に出していないだけなのだけど——という私に、「じゃあ、後ろに乗っていけばいいよ」と、言ってくれたのはカステルだった。二人乗りは禁止されているけれど、バレないように気をつければ問題ない。少しだけ丈の短いスカートや、隠し持っているお菓子と同じように。
「途中まで同じ方向だし」
「本当にいいの?」
質問したのは、緊張したからだ。
緊張して、嬉しくて、いつのまにか息をとめていた。駐輪場で、カステルは自転車に鍵を差し込んでから、サドルの上にまたがった。
「いいよ。乗って」
そう言われて、後ろに乗った。
校舎を出るとすぐ、ゆるやかな坂があって、それを過ぎれば堤防につく。春になると満開になる桜の木が、細い道の両脇に植わっている。
カステルの背中ごしに、眼下の川を眺めた。日がだいぶ短くなって、東の方は夜の気配が徐々に色濃くなっている。
目を閉じる。
この、あてどころのない気持ちも、いつか終わってしまうのだ。でも今は、もうどちらでもよかった。こういう一瞬一瞬が、ひとつずつ積みあげられていく。それだけで、望むことなんて何もない気がした。たとえ、いつかこのすべてを忘れてしまう日がやってくるのだとしても。
「大学に行ったら」
東の空には星が小さく光っていた。
温かなカステルの肩を握ったまま、私は言った。
「もう会えなくなるのかな」
その声は、自分の声なのにどこか遠く聞こえた。現実離れしていることのように。カステルは、少しだけ笑みを含んだ声で、
「会えるよ。全員そろうのは難しいかもしれないけど」
なんでもないことのように答える。
でも本当にさみしいのは、「会えなくなること」それ自体ではなかった。あの場所を、私が失ってしまうこと。そしてその瞬間から、私はまた違う私に変わっていってしまうこと。
「ポルト」と「カステル」でいることの特別さに、ずっと身を浸していたいと思うかたわら、この不可解な気持ちに閉じ込められてしまうのを恐れている。
行きどまりだ。
もう、——どこへも行けない。
「カステル」
永遠に、少年のような少女たちではいられないのだ。「うん」と、カステルは相槌を打つ。
「ありがとね」
私は言った。
見えない空の底の方では、もう夜が始まっている。
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