第8話 モスグリーン
オリオン座が頭上でまたたくのを眺めながら歩いていると、道路のかたわらに、一台の車が停まった。
モスグリーンの軽。やよいちゃんだ。
「自転車はどうしたの?」
窓を開けて、やよいちゃんは言った。片手でハンドルを軽く握ったまま。
「今日帰ろうと思ったらパンクしてて、時間ないから歩いて塾に行ったの。今はその帰り」
「お疲れさま。隣に乗ったら?」
私はありがたく、助手席に乗りこんだ。
やよいちゃんの車は久しぶりだ。
「塾なんて行くんだね」
私のカバン——色んなノートやテキストが入っている——を横目に、やよいちゃんは感心するように言う。
「受験生だから。いちおう」
家では気が散ってしまって集中できないけれど、塾に行けば勉強するしかない。宿題をそこで済ませることもあった。
「それ、新作?」
やよいちゃんの耳元で揺れるピアスを見て聞いた。
華奢な金色のくさり。
「そう。今日できたばかり」
やよいちゃんの作るアクセサリーは、なんとなく、やよいちゃんに似ていると思う。ダッシュボードの上に、ハードカバーの本が置いてあった。青色と、薄い赤と白色でできた縞模様の表紙。
「それ、今読んでるの」
私が手に取ったのを見て、やよいちゃんは言った。
赤信号。ゆっくり停まる軽。
「冷たい水の中の小さな太陽」
私はタイトルを口にする。隣で、やよいちゃんのほほ笑む気配がした。
「ときどき、そんなふうになれたらいいと思うの」
「そんなふうに?」
「冷たい水の中の小さな太陽みたいに」
切り変わる青色の信号に従って、やよいちゃんはゆるやかにアクセルを踏む。窓の外で流れていく沈んだ街並みと、等間隔の電灯。
「どちらかというと」
私は外を眺めながら言った。本をそっと、元の場所に戻す。
「やよいちゃんは、小さな花みたいだと思う。荒野にひっそりと、ひとりで咲いている花」
劇中で流れる「戦場のメリークリスマス」の旋律が、胸の奥で立ちのぼる。いつも思い浮かべてしまう風景。やよいちゃんは、「荒野に咲く花かー」と面白そうに言ってから、
「比喩がきれいすぎるね」
と、笑った。
耳元のくさりが揺れて、星みたいにきらめいた。
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