回収依頼7

 迷宮第六層を三名のパーティが出口に向かいゆっくりとした足取りで進んでいた。


 先頭を歩くのは灰色の全身皮鎧に身を包み短槍を持つ男剣士。その後ろには革製のリュックを背負い、腰回りには幾つものポシェットを括り付けたローブ姿の薬師と思われる男、そして最後尾には右手には片手斧、左手には金属で縁取られた円形の木製の盾を握り、鋼鉄製と思われる胸当てを身に着けた女剣士。背中には焦げた跡が見える皮のリュックを背負っていた。いずれも疲労の色が濃く、表情は暗く、辺りをひどく警戒している。


 三人は長めの通路を進んでいたが、一つの玄室の前に差し掛かると先頭の男は立ち止まり左手を上げる。すると後列二人もそれに倣い足を止めた。


「そろそろ小休憩を挟もう。だが周囲を警戒してくれ。逃がしてしまったやつから情報が洩れているのは確実だろうからな」


 溜息を吐きながら短槍の男がそう言うと、後ろの二人は小さく頷き玄室の周囲の状態を確認し始める。とは言っても第五層への入り口に比較的近く、見晴らしの良い玄室のためさほど時間を使わず簡単な物で済ますことになった様だ。幸い玄室には魔物の姿は見えず、他の冒険者の姿もなかった。


「ネルは一度手持ちの薬などを整理してくれ。アニーは装備の点検と携帯食の準備を。俺は辺りをもう一度確認してくる」

「わかった。気を付けてくれ」


 薬師の男、ネルはそう答えると埃の少なそうな床の上にリュックを下し中に入っている薬瓶や巻物スクロールを取り出すと腰回りのポシェットにセットし始める。片手斧の女剣士、アニーは大きく溜息を吐くと棺の上に腰を下ろし、焦げたリュックから幾つかの保存食と金属製の器と水筒を取り出すと手早く食事の準備を始めた。


「まいったね。まさか転移の巻物スクロール持ちとは」


 深く溜息を吐きながらぼやくネルにアニーは器に入った生温いスープと干し肉を手渡した。


「早めに食べときな。シグが戻ってきたら食事交代だ」

「わかってる」

「私は盾の紐を巻き直さなきゃならないし、それが終わったら軽く斧の油をふき取るから」

「了解」


 アニーは淡々とそう告げると棺の上に戻り、言葉通りに盾の持ち手の麻紐を巻き直している。その口には干し肉が咥えられていた。


「炎の遺失物アーティファクトか……。一応使用できるようにしておかないとな」


 ネルはそう言うとリュックの中から短い杖を取り出した。長さは30センチほどで子供でも持てるほどの太さのものだ。持ち手は滑らないように金属板でグリップで覆われているがその内側は何らかの木が使われている。先端には長さ3センチほどの青い石が嵌め込まれていた。


 ネルはポシェットからガラス瓶を取り出すと、その中に入っていたやや不透明な赤い液体をその青い石の上に垂らしてゆく。


 すると青い石は仄かに同じ色の光を放ち始める。魔力が充填された証だった。


「起動句は『火』と『起動』か。確かに便利だけどウィルの代わりになんてなる訳ないよな……」


 ネルは左手にその杖を握り締めると第十層での出来事を思い出す。


 飼い主からの依頼は予め指定された場所に赴き、斥侯スカウトギルド所属の順列20位キュオー率いるパーティーが襲撃を受けた場合、その襲撃相手を殲滅するというものだった。襲撃がなかった場合でも報酬が支払われるという条件だったが、出来ることであれば襲撃抑止のためにアライアンスを組み周囲で警護を行いたい、とリーダーのシグが提案を行ったがあっさりと断られている。


 色々と納得のいかない仕事ではあったが、報酬の良さと最近懇意にしている商会からの依頼であったため仕方なしに受けたのが間違いだった。


 果たして襲撃者はやってきた。手練れの剣士が四名と薬師が一名、斥候が一名の六人パーティーだ。魔物との戦闘後、そのわずかな隙をついて玄室に雪崩れ込むように突撃をしてきたが、キュオー率いるパーティーも手練れぞろいだった。剣士が三名、斥候が一名、薬師が二名の同じく六人パーティーは不意を突かれたものの、素晴らしい反応で体勢を立て直した。


 だが、魔物との戦闘後ということもあってか薬師の手持ちのポーションや巻物スクロールの準備が足らず、前衛の剣士一人が斃されると状況は悪化し始めた。


 徐々に前衛は押し込まれ、傷付き、すり潰されるようにしてゆっくりと命を奪われてゆく。焦りや気負いも見られず、明らかに手慣れ、その統率の取れた行動は今回の襲撃が初めてでは無いことを雄弁に語っていた。恐らくはあれが最近噂になり始めた連合ユニオンの手勢なのだろうか。そう、ネルは考えざるを得なかった。


 終わってしまえば、襲撃者側の人的被害は剣士一名が切り殺されただけであった。勿論それ以外の被害はあっただろうが、生きてさえいれば深層の魔物から作られるポーションを使用すれば人体の欠損すら回復することが出来るのだ。大勝利と言っても良い。


 それでも、第十層の魔物との戦闘後、休息を取らずにそのまま連戦となりながらも剣士一人を道連れにしたことは流石だと言わざるを得なかった。ましてや、今度は自分たちが襲撃を掛ける立場になるのならば。その消耗に付け込まない手は無かった。


 立場を入れ替え、シグのパーティーは襲撃者に襲い掛かった。


 キュオーが持つ炎の遺失物アーティファクトを探している不意を突いて、ネルは取っておきの巻物スクロールを使用した。大枚を叩き、ギルドから買ったものである。


 薬師ギルドに所属していなければ購入することが出来ない、下級吸血鬼レッサーヴァンパイアの素材から作られる高価な硬直の巻物スクロールはその名前の通り、対象の体の動きを一時的に拘束する。効果時間はそれほど長くはないが、動けない相手の命を刈り取るには十分すぎるほどだ。


 襲撃者パーティーの剣士二人と斥候がその効果に体の自由を奪われた。シグの短槍に喉を突かれた動けない剣士は致命傷を負い、アニーの手斧が前衛を失った薬師の脇腹を引き裂く。この世にはもういないウィルは長剣で残った剣士と戦っている。同じくもうこの世にはいない斥候ギルドから派遣されたガーラは短弓を使い素早く相手の斥候の足と腕に矢を突き立てていた。


 戦況は非常に有利だった。初動で前衛と薬師を戦闘不能に出来たのが大きかっただろう。この後は先ほどの戦闘と同じように焦らずに相手を殺しきれればいいはずだった。


 だが、突然ウィルの大きな悲鳴が玄室内に響き渡った。とっさに視線を向けると上半身が火に包まれていた。慌ててネルが腰のポシェットからポーションを取り出したが、どう、ウィルは音を立てて倒れこんでしまった。その後わずかな時間だけ喉の辺りを掻きむしっていたが直ぐにその動きも止めてしまった。恐らくは火を思いきり吸い込んでしまい、内臓から焼けてしまったのだろう。


 再度慌てて視線を戻すとウィルと戦っていた剣士が、短い杖の様なものをガーラに向けて何事かを呟いた。聞き取れた言葉は『火』と『起動』を意味する起動句だった。


 同じ光景がネルの隣で再現された。人の頭ほどの火の玉がガーラの胸のあたりに炸裂すると一瞬で上半身を紅蓮の炎が包み込む。短い悲鳴を上げてガーラは床に倒れこみ、直ぐに動かなくなった。


「この野郎!」


 アニーの声が響くと同時に短い杖を持った腕が宙に舞った。手斧で剣士の腕を切り落とし、間髪入れずに反対の手に握っている盾で顔に殴りつけようとしたが一瞬早く後ろに避けたようだ。


「覚悟しな!」


 再びアニーが声を上げもう一度踏み込もうとしたが、襲撃者の剣士は大きく後方に飛び退ると懐から巻物スクロールを取り出しその効果を直ぐに開放した。


「何を……!!」


 シグがアニーを横から押し倒すと同時に、襲撃者の剣士の姿は一瞬点滅するように発光するとその場から消えた。


「……転移の巻物スクロール


 ネルは呆然としたまま、そう呟くことしか出来なかった。

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