回収依頼5

 アイビスは既に第五層を駆け抜けていた。その際何組かの冒険者パーティとすれ違うことがあったが、その全てのパーティは単身ソロで迷宮に挑んでいるアイビスを見てその目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。


 冒険者組合が提唱する最少人数での探索パーティは剣士二名、斥侯一名、薬師一名の四名となっている。ただこれは十分な経験と実力を持っていることが前提条件であり、本来は前衛職である剣士の数を増やしたり傭兵ギルドから荷物持ちや地図屋の派遣を受けるなどをして六~八人程のパーティを組むことが多い。


 だが、冒険者ギルドが真に提唱しているのは、初心者ニュービー二流マイナーと言った駆け出しのパーティは相互に協力する二パーティ以上での探索だった。


 初探索の冒険者の死亡率は二割強だとも言われている。複数パーティーでの探索であれば実力や運が足りずにメンバーが欠けてしまった場合、他のパーティが欠員を補うような形をとることで上層部まで脱出する可能性を上げることが出来る。また、下層と呼ばれている階層にまで探索に向かう場合には自然お互いのパーティーを補うような形で複数パーティーによる探索が行われることが多い。その即席パーティー集団はアライアンスと呼ばれ、更に幸運にも永きに渡りアライアンスを組み続けたパーティ集団はクランと呼ばれる派閥を形成することがある。


 どちらにしても単身で迷宮探索に向かうことは稀だ。戦闘や探索の他にも水や食料の運搬、売却素材となる魔物の死体の搬送等など全てにおいて非効率なためだ。勿論、何かの際に助けは望めないため死亡率は非常に高くなる。メリットはほぼ無いに等しい。


 だがアイビスは単身迷宮を駆け抜けていた。途中何度か魔物が行く手を遮ることもあったが足を止めて対峙をすることもなく、通り過ぎ様にその命をたやすく刈り取る。そして何事もなかったかのように第六層に到達をすると周囲を軽く見回したあと近くの玄室に足を踏み入れた。


 玄室には棺が一つ置かれている。その奥には先に続くだろう通路の出口がぽつんと小さく見えた。奥側に細長い長方形型の室内には他の冒険者の姿は無いが魔物の群れが静かにアイビスの方を向いていた。


 その身体は赤錆のような色をしている。左右に二本ずつ計四本の太く長い腕と二本の脚。引き締まった筋肉質な腰から胸部の上には額から斜め前に突き出す二本の角を持つ山羊のような頭が鎮座していた。


 下等悪魔レッサーデーモンと呼ばれる第六層の強敵だった。魔物たる所以である魔法を使用する。好んで使用する大人の背の丈ほどもある炎の嵐を起こす魔法は金属製の防具では防ぐことが出来ず、何とか炎の嵐を掻い潜り近接戦闘に持ち込めた場合でも、見た目から想像通りの強打をその四本の腕から繰り出し、運よくこの第六層まで辿り着いた実力を伴わない冒険者の自信と命を粉々に粉砕する。何より脅威なのがその群れを組む習性である。

 

 今までの魔物たちとは違い、仲間が斃されると後衛にいる下等悪魔レッサーデーモンが幽世の扉を開き、新たな同胞を召喚するのだ。現在冒険者ギルドに報告されている情報ではその回数は無限ではなく一体に付き三回が限度だということだが、最悪の場合は視認できている下等悪魔レッサーデーモンの三倍の数を相手にしなければならないということだった。


 その危険性の分、持ち帰られるその死体の素材価値は今までの上層の魔物のどれよりも高い。更に下層まで歩を進める冒険者が宵越しの身銭を稼ぐために、玄室で下等悪魔レッサーデーモンをギリギリまで召喚させることもあるほどだ。蛇足だが、この行為のことをを養殖と呼ぶ。


 アイビスはふと、下等悪魔レッサーデーモンから目を離しフードの男から手渡された羊皮紙を懐から取り出した。そこには敵戦力が使用する通路が事細やかに記されており、予定では間もなくこの玄室を目標が通過をすることになっている。


 本来は生命線ともいえるこの迷宮内での移動経路や、そのパーティーの武装は金を払って手に入れられるものではない。恐らくは、今回の様な時のことを想定し予め別の斥候達が事前に長い時間をかけて独力で手に入れたものだろう。その手間を考えると今回の依頼主はそれなり以上の力を持った勢力と考えられる。


 だが、そんなことには寸毫ほどの興味もなさげに、アイビスは羊皮紙を懐に戻すとその代わりに取り出した親指の先ほどのガラス瓶を取り出す。コルクで栓をされた少し濁った色のガラス瓶には、その中にサラサラとした茶色の液体が詰まっていた。


 それをアイビスは徐々に近づきつつあった下等悪魔レッサーデーモンの方へと山なりに、緩やかに投げつけた。

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