襲撃

 星明りで仄暗く照らされている森の中の街道で二人の男が5メートルほどの距離を挟んで向かい合っていた。


 一人は膝下丈の黒い革のコートを着た銀髪の男だ。黒い皮の頬当てから覗く黒い瞳からは獰猛な戦いの意思が見て取れた。前が肌蹴られたコートの隙間からは同じ黒い皮の胸当てと足甲、ブーツが覗き、袖の先にも手甲が見えている。そしてその皮鎧の間からは鎖帷子が星明りを浴びて鈍く輝いていた。


 腰のベルトの左側にはちらりと長物の柄頭が見えているが、どうやらそれを手にするつもりはないようだ。既に拳はきつく握り締められている。


 それに向かい合う男は銀色に輝く金属製の胸当てと鋲で補強された皮鎧一式ををその下に着込んでいた。兜は装着しておらず短く刈り込まれた黒髪が感情を表すように逆立っている。その右手には使い込まれ、細かい傷が残っている60センチほどの長さの片手剣が既に握られている。


 無造作にコートの男が一歩踏み出した。それに反応して黒髪の男は右足を前に出し半身の構えを取ると、右手に握った片手剣を腰の高さにゆっくりと持ち上げる。


 一呼吸おいてコートの男が左回りにゆっくりと移動を始めた。黒髪の男はその移動先に体の向きを変えながらゆらゆらと剣先を動かし牽制をする。コートの男が少し距離をつめると黒髪の男はその分距離を離す。そうして暫くの間砂利を踏みしめる音だけが聞こえていたが、黒髪の男が不意に足を止める。


 黒髪の男の左後方2メートルほどの位置には一本の木が生えていた。


 小さく舌打ちをする黒髪の男をよそに、コートの男は移動を止めず左周りに回り込み続ける。そして足を止めたまま体の向きだけを変えるしかない黒髪の男の背後にあった木にその体の半分が隠れ始めた瞬間、恐るべき瞬発力で前方へと飛び込んだ。


 黒髪の男は木の左側からコートの男が飛び込んできたため、右手の片手剣を自由に振るうスペースが失われていた。その為、反射的に伸ばしていた右腕を器用に折りたたむと鋭い刺突を繰り出す。


 その行動はコートの男の想定通りだったのだろう、飛び込んだ勢いはそのままに倒れ込むように上半身を折り曲げ、鋭く右側に踏み込み進路を修正する。


 黒髪の男は刺突が誘われて打たされたと理解をすると大きく舌打ちをして、開いてしまった身体を無理矢理にねじり自分の左側から迫り来るコートの男に向けようとする。


 だが、その僅かな隙をついてコートの男の右足が引き戻しきれなかった片手剣の腹を掬い上げる様に蹴り飛ばした。


 丸太のような脚から繰り出された蹴りの衝撃に耐えることは出来ず、黒髪の男の右手から片手剣が甲高い金属音を立てて遥か後方へと回転しながら吹き飛んでいく。その際に刃先が掠めたのだろう、黒髪の男の頬がざっくりと切り裂かれていた。


 傷口が開き溢れ出した真っ赤な血が頬を流れ始めるよりも早く、片手剣を蹴り飛ばされ大きく体勢を崩した黒髪の男の左わき腹に、コートの男の引き足からそのまま放たれた蹴り上げがめり込んだ。


 胸当てと皮鎧の隙間を縫うようにして刺さっているブーツのつま先は、斜め上に向かい掬い上げられるようにしてねじ込まれ、黒髪の男の身体を地面から数センチほど浮かせる。


 その体が一瞬後に地面に脚をつけたと同時に、声も上げることも出来ずに黒髪の男が苦悶の表情を浮かべながら身体を捻る。それが功を奏したのか、追撃に放たれたコートの男の掌は短い黒髪を数本散らせただけに終わった。


 黒髪の男は短く一度息を吸い僅かに呼吸を整えると、苦悶の表情を浮かべ続けたまま大きく後ろに飛び退り距離を取り、後ろ手に二本のガラス瓶を引き抜くとコルクの栓を抜きその中に入っている液体を零しながらも飲み干す。


 すると、黒髪の男の頬の傷が白い煙を上げながら瞬く間に塞がる。煙が収まったあとに頬に残っているのはまだ塗れたままの血液だけだった。


 荒く息を吐きながら黒髪の男が空になったガラス瓶をコートの男に向かって投げ、腰に下げていたもう一本の片手剣に手を掛ける。だが、そのガラス瓶はいつの間にかコートの男の右手に握られていた肉厚の片刃の曲刀に叩き割られ粉々に砕け散った。


 そして、星明りを浴びて煌くガラス瓶の破片の間を一足の間に潜り抜けたコートの男は、その手に握った曲刀を横一文字に振り切った。

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