ある狩人の日常

@yoll

狩人

 石造りの窓もない部屋の中、壁際に掛けられたランプの灯かりが木の机の前に立っている一人の裸の男の背中をぼんやりと浮かび上がらせていた。


 揺らめくオレンジ色の光に照らされる浅黒いその背中には無数の打撲や創傷が見えた。刃物で深くえぐられた古い傷、浅く皮膚を切り裂いただけの新しい傷。鋭く尖った物で刺されたような歪んだ大小の円形の傷。それらは何れもくっ付けば良いとでも言うように酷く適当に縫合された痕が見て取れた。そして至る所にどす黒い打撲の痕が浅黒い肌を覆い尽くすように広がっている。


 だが、その目を覆わんばかりの怪我の痕以上に目を引くのがその肉体そのものであった。鋼線を束ねたような引き締まった筋肉がはち切れんばかりに盛り上がり、揺らめくランプの明かりがその体に陰影を作っている。


 男の頭から目をやると、銀色の長い髪の毛は金色のリングを使い肩の辺りでゆったりと束ねられている。少し長さが足りずにリングから外れた銀髪が掛かる首は、肩に向かうほど太くなっている。おおよそ常人の二倍ほどの太さがあるように見て取れた。


 大木から伸びた太い枝の様に筋肉で節くれだった両腕はすらりと長く、その先にある掌は軽く握られていた。指の一本一本は新米剣士が良く使っている片手剣の柄の程の太さがあり、力を込められていないはずだがその厳つい拳はそれだけで酷く破壊力のある鈍器を思い浮かばせる。


 肩から腰に掛けての作りは圧巻で、広背筋の盛り上がり方はどのような物を振り回したとしても一撃必殺の威力を与えることを想像させた。


 両足は正しく大木を思い浮かばせる。膝の辺りで一度大きく括れてはいるがそこから足首に向かってもう一度大きく膨らんでいた。蹴られれば勿論唯では済まされないだろう。


 その他の身体部位も戦うとの目的においてのみ鍛え上げられた、という造形を取っていた。


 その男は、手を開くと机の上に置かれている物に手を伸ばし次々と身に付け始める。


 始めに薄い綿入りの袖つき肌着を上下に素早く身につけ、次に細かい鎖で編まれた腰よりもやや長めの鎖帷子を頭からその身体に通してゆく。そこで一度軽く身体を動かし、鎖帷子の位置を調整する。暫くガチャガチャと金属が擦れる音を立てていたが、調整に満足がいったのだろう。男は再び机の上のものに手を伸ばした。


 何れも同じ黒い皮で作られた頬当て、肩当て、胸甲、ベルト、手甲、足甲、ブーツを素早く身に付ける。かなり硬い作りとなっているのか、身に付けている途中にその形が歪むことは無かった。


 最後に手に取ったものは武器の類だ。腰のベルトの右側には茶色の皮製の鞘に入った短剣を二本、左側には黒色の皮製の鞘に入った50センチほどの肉厚の剣を下げた。


 身に付けた装備は全体でかなりの重量だろうと思われるが、その重さを感じさせない様子で男は静かに振り返る。


 頬当てから覗く顔は以外にも若く見えた。30歳には未だ届かないだろうか。黒曜石の様な深く黒い色の瞳からは強い意志を感じさせる。勿論と言っても良いのだろうか、その顔にも幾つもの傷が刻まれていた。


 男はカチャカチャと鎖帷子が擦れる小さな金属音を立てながら部屋の出口へと向かってゆく。途中、壁に掛けられている黒い革のコートを手に取るとそれに袖を通し、また再び出口へと向かい粗末な木のドアを開けると外へと出て行った。

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