あかり


 最高のシーンを最低に終えて、時間は今に至る。

 景色を見納め幌を閉じるが、冷気の侵入は防ぎきれない。二人はじっと毛布にくるまっている。

 貨車の天井の水ランプは逆さに吊って消灯中だが、まだ内部の網皿では仄かに石が濡れて光っている。それが乾いて完全に消えるまではまだしばらくかかりそうだが、眠気を誘うには充分に暗い。 

「ごめんね……いや、ありがとう、かな」

「何が」メルタが目を上げて聞く。

「ついてきてくれて」

「……うん」彼女の柔らかい声。「気持ちは全然ついていけてないよ」

「身体が勝手に動いちゃうって感覚は、私もわかる」

「……怒らせたいの?」とメルタの目の奥だけが笑っていなかった。

「あっ、いや、ごめん」失言だ! 彼女の想い人の身体を乗っ取った私が言うには不適切すぎた。

『ははははぁ……』

 と明るい女性の笑い声が、二人の動きを止めさせる。

 メルタの膨らんだ左側の髪から、手のひらサイズの精霊の上半身がぴょこんと生えた。

「七夕さん……!」

「起きてたの?」メルタが驚きつつも頭を動かすのは耐えた。やさしい。

『ごめん邪魔しちゃ悪いと思って……けど面白くて……はぁ』

 素で喋ってもほぼメルタの声。七夕あかりはそういう、地声からして声優らしい声優だった。

 しかしその容姿は素朴な女学生といったイメージで、艶やかな黒髪のストレートボブが額縁効果で整った小顔をさらに際立たせ、セーラー服にベージュのセーターという服装と完璧に合っていた。

 十七歳、現役高校三年生。かわいらしさと偏差値と男女人気をすべて備えていそうな佇まい。

 ただ今現在そのサイズは、メルタの肩に立てば彼女と目線が合うほどに小さい。

 力の著しい消費によって縮んだらしい。省エネモードなのか。

--『ごめんね、ちょっと遅かったかな? 声ちゃん』

 七夕あかりがメルタとともに転移で現れ、聖炎を雨と降らせる極大魔法を放ったあの後、

『すごい怪我……大丈夫?』七夕は私を見下ろして言う。『治す時は、っと--グラン・ヒール!』

 今度は町に巨大な光円が広がり、青く優しい明かりに満ちた。

 辺りの人々の心を蝕んでいた恐怖と混乱は、数名の負った傷とともにたちどころに癒えて消滅。

 そして女神は地に降り立った。

「ちょっと、メルタも七夕さんもそんな魔法……」自分の身体の操縦権が戻った私は、二人の元へ駆け寄った。「大丈夫?」

「大丈夫じゃないよ、もう」メルタは私の腕を掴む。「何やってるの……!」

「ごめん」怒気にすくんで思わず謝る。「けどメルタだって……ほら魔力が」

 彼女の胸元から頭部を包んで立ち上っていた白い炎はみるみる静まり、隣に浮かんでいた七夕あかりの姿も急速に縮小されていった。

「あれっ? そんなに?」メルタは、光の弱まった魔法石を見て驚く。

『なんか一気に減った感じ……』七夕がふみゃふみゃと言う。『はぁ……ねむー』

「精霊さん!」メルタが、小さく縮みながら眠気を訴える自分のCVに同じ声で呼び掛けた。

『安心しろ、寝たら治る』とのエミスの言葉を私は二人に伝えた。

『それじゃごめん、二度寝しますぅ』と七夕はふらふら飛んで、メルタの髪の中に入って消えた。

「適正ではない回復魔法をどでかく使ったからだって」と私の伝言。

「私のせいかな」メルタは髪を触りたそうに手をさまよわせている。「私、治癒魔法の才能ないから……」

 彼女が昔から父のために治癒魔法をたゆまず学び、なんとか痛みを緩和する程度の精神的な治癒効果を得られるまでになったという、その努力を私は知っている。

「石と精霊の適正だって」私は安堵の笑みを見せる。「メルタのせいじゃないよ。むしろメルタに心得がなかったら一気に石が終わってたかもしれない」

 七夕あかりは石の魔力と連動した存在なのか? それともメルタの魔力と? そもそも七夕はなぜ、どうやって姿を現わした? ……疑問はひどく渋滞していたが、それはエミスや七夕に後で迫るとして、今は町を救ったメルタに心からの笑顔が戻ることを願う。彼女が笑わないで、今この町で誰が笑えるというんだ。

「そう……」彼女は一応、という笑みを見せた。

「抱き締めていい?」私は答えを待たずに動いた。

「まっ……え」

 数秒。

 離れて、彼女の両手をとる。叩かれたりしないように。

 町の人々の陽気な拍手と歓声が、二人を淡く包んでいた。

 目の前のメルタの表情は、演じる生業の私にとって永遠の目標のひとつとなった。


『すごいね声ちゃん。メルタと普通にフリートークしててびっくりしたよ。仲良しぃ』

 と七夕がメルタの肩に座って笑うという、なかなか狂った光景。これが両者逆転して、声優が肩に役のキャラのフィギュアを乗せているのなら理解できるが……。

 いや、事態はそんな見た目のレベルで済む話ではない。

「七夕さん、どうしてこの世界に居るのか、わかる? たぶん雷落ちたよね、スタジオに」

『え? ああ、それ。全然わかんない』七夕は簡単に言う。『雷とゆか爆発じゃない? あーでもそっか、天気悪かったしなぁ』

「どうやって出現できたの?」これはメルタにも聞いていたが曖昧だったので七夕にも尋ねる。

『出現はわかんないけど……メルタのね、すごい起きようとする想いの勢いでぼくも一緒に起きたーって感じで、気づいたらこう。それでユウイの所に行くっていうから転移魔法で』

 七夕あかりはプレーンな見た目ながらぼくっ子だ。そういうところが嫌いではない。

「結局、なんだか気合いで精霊を産み出して、それが担当CVになっているって事か……」

『あははぁ、何言ってるの? って感じなね』

「ねぇ、私にもわかるように言ってよ」メルタが私と七夕を交互に見る。「しーぶい?」

『えっ、声ちゃん説明してないの?』七夕が右手をご覧くださいのポーズで驚く。『いちゃこらトークより先にしといてよ!』

「正論腹立つぅ」私は苦笑いしかない。「……今からしますよ」

 荒唐無稽すぎて気が重いが、メルタに私たちの事、置かれた立場を説明する。

 私たちの世界では、この世界は英雄異界大戦という娯楽作品として存在し、そのキャラクターの声をあてるために集まった私たちが、恐らく落雷によってこの世界に転移したこと。

「私とユウイの生きてきた全部、この世がそもそも、舞台のお話みたいなものだった……」

 一通り聞き終えたメルタが、どこも見ていない瞳をしてつぶやいた。

「質問があれば……」と私はおどけて先生ぶる。それは明らかに失敗だろうと知りながらもつい。

『あ、はーい』小さな生徒が挙手。ちょっと救われた。

「どうぞ七夕さん」

『あかりでいいです、もうこんな仲だし』あかりが姿勢を正す。『声ちゃんは、もしかしてアニメと同じ感じでこの世界に来たの? タイミングとか』

「ああ、こっちにも説明要るね……」

 私は町であった経緯を大まかに話した。こうして身体を休めつつじっくり話す時間があること自体、あの初戦の激動を思えばとても幸せなのだと実感する。

 そして話すほどに、自分は相当無茶をやって今辛うじて生きているのだと思い知る。運良く色んな助けを得られた。エミスや精霊たち、ベダン、そして……メルタ。あと一応あかりも。

 本当に、この四方八方からの恩はどう返したらいいものか。こんな短時間で恩の多重債務者だ。

『やっぱ原作無視かぁ……!』あかりは自身を抱くようにして無理に笑う。『起きて何となくそうかもなと思ってたけど……けど本当に全無視して完全ハッピーエンド狙いってちょっと、すごいむちゃ欲張りってゆか……出来ます?』

「やるよ」私は微笑む。「心強い味方も増えたし」

『うわぁぁ!』あかりが二の腕を激しくさする。『これからぼく、どうなっちゃうのーー!?』

「今ので第一話は終わりだね」

『やぁ、ぼくシメじゃおかしいでしょ。てかまだ一話?』

「何話でオールアップできるかなぁ」

『やめてよぉああああ!』あかりは毛布を掴んで顔を埋めた。危険を察知したダチョウの真似か。

「ちょっと、精霊さんをいじめないで」メルタが睨んできた。

『メルたん……』あかりが口元を両手で覆う。

「大丈夫? 全部は飲み込まなくてもいいよ」私は言う。「滅茶苦茶だもん」

「いいよ、決めた」メルタは柔らかい笑みで、濡れて輝く瞳を揺らす。「私も仲間に入れて」

 私はあかりと目配せして頷き合い、心ひとつに同じセリフ、同じ返答を--

「もちろん」『よろしく!』

 重ねられなかったが、幸いリテイクする時間はあった。いや、それより有意義な話をすべきだ。

「原作について、私が知ってる範囲を教えておくね」

『えっ、やだネタバレ』

 あかりを無視して話し始めるが、どうも口の回りが緩く、二人もあまり集中していない。

「ごめん、やっぱ眠いから明日にしよう」と私。見ればランプもすっかり消えている。「寒いなぁ」

「もっと毛布持ってくれば良かった……」メルタも眠そうな声だ。

『あ、いい方法があるよ』あかりが私を手招きする。『ちょっと耳貸して』

 良い予感はしないが、毛布にくるまったままそちらへ行く。

『もっと寄って、ぼく小さいんだから』

 言われるままメルタの左肩に顔を寄せる。

『今だっ』あかりは私の毛布を引っ張り、メルタと一緒に被せると胸を張った。『これならメルタは二倍あったか!』

「え……」困惑したメルタの声。

「ねぇ私は」

『もっとくっつけばいいよ』

「なるほど……」

 暗くてメルタの表情は読めない。怖い。

 しかしユウイとして、ここは勢い、聞くしかない。「寄っていい……?」

『聞いたらいっちゃえ!』あかりが私の襟を引っ張りメルタにくっつけた。こいつ!?

「ちょっと……!」メルタが息をのむ。その気配が近い。

「ごめん……戻ろうか?」私は極力優しい声を出す。

聞いた後の間が重い。

「……いいよ。風邪引くよりは」

 奇跡の交渉成功だ。しかし今や走行中の小さな振動さえ、メルタとの接触面に緊張を伴う。

「ありがとう……。おい、あかり」私は低く言う。

『わぁ、早速名前呼び』

「ありがとう」

 ぽん、とあかりは無言で私の肩を叩いた。

 それを私は横目で睨む。「お前ずっと起きてたろ。町で拍手された時」

『えっ! ……やぁ、まさかぁー』

「精霊さん……?」

 二人の視線に挟まれ、宙でもじもじするあかり。全くできていない口笛を吹く。腹立つ。

「かわいい……」メルタはちょろかった。

「そんな眠気に強いなら、私たち寝てる間、見張り任せたよ」

『えっ、やぁいいけどですけど、メルタん寝ちゃったらぼくも同時に寝ちゃうシステムじゃあ?』

「それは検証した方がいいね」私はメルタに言う。「先に眠って」

「え……そう言われたって」メルタの微振動している声と吐息。「もう眠気ないよ……」

「え、今まで眠そうだったけど」私はわかっていて言う。

 私だって眠気などすっかり醒めてしまっている。しかしユウイとしてそれは隠さねばならない。

あかりが何故か祈るようなポーズで目をキラキラさせている。

「もう……先に寝ててよ」メルタは顔の下半分を毛布に埋めて黙った。

「そう? じゃ……おやすみ」私も毛布を引き上げて眠ろうとする。何か危機を察知したら精霊が起こしてくれるそうなので安心だが、どう起こされるのかという不安はある。

 ともあれ眠れる時に眠っておかなくては。

「あかりもおやすみ……」

『おやすみです。ぼくら初お泊まりだね、声ちゃん』

「日本でしたかった。あとユウイって呼んで一応」

『えー?』あかりが全身ごと小首をかしげる。『だって顔、声ちゃんになってるし……』

間。

「ふぇ?」私は頭を跳ね上がる。

『えっ、なんでびっくり』

「え! えっねぇ何私?!」手を顔にやる。触る。「何言ってんの!?」

『ちょっと、え、慌てるのおかしくない?』

「顔……! これっ、私なの!?」

『うん、声ちゃんの顔』あかりは頷いた。

「嘘! 髪、茶色じゃん!」

『やぁ髪はユウイなんだけど、顔はユウイじゃなくて』

「じゃなくて……」

『声ちゃん』

 息を吸って、吐く。そう自身に命じて、一回、二回。

『大丈夫です、ノーメイクでも全然お美しいですよ。むしろかっこいいです!』

「違う、違うって」私は顔のパーツをひとつずつ確かめる。触り慣れた配置、形だ。違和感がない。なさすぎて今まで気にしなかったのか--戦闘のあと洗顔した、その時もそうか、

「ユウイ、大丈夫……?」メルタがこちらを見ている。

 私は咄嗟にその視線を手で遮る。「待って違う、大丈夫で、す」一回区切る、呼吸。

「今慌てたのは、私はさっき話した通り元の世界で生きてて、顔があったんですけど」

『そりゃそうでしょ』

「その顔が、おかしなことに今もそうだっていう、そう! メルタさんから見て、この顔ってどうですか?」

「えっ……」メルタは困ったように息を詰めた。

「顔変わりました? 今日」

『そんな事ないと思うよ』

「あぁ、そういう……」メルタが息をつく。諸々汲み取ってくれたらしい。「顔はずっと変わってないよ。成長以外では。えっと、ユウイとコエさんが、すごく顔が似てたってことなの?」

『いや、そっか……どうなの?』

「聞きたいの私なの」静かに怒声を飛ばす。「見た感じどう? 完全に私? 似てるだけ?」

『やぁまあ、たぶん完全寄り』あかりは目の前で腕を組む。『ユウイのキャラデとは全っ然違う』

 長く長くため息。

 最悪だ……なぜ!? なぜ顔だけ?! 酷すぎる……酷すぎる! 

 だって髪も、その……身体も、違うじゃんか! ユウイになってると思うよ! こんなの!

「ひどい罠だ……」

 私はユウイに、このキャラに思い入れがある。何をどう考え、どう振る舞い、どう話すのかをずっとずっと想像して私の中に染み込ませてきた。その試行錯誤が平常となった。

 ここまで悩むことができる役は、今までなかった。

 身体に残ったユウイの記憶が蘇っては主人公の意識に波紋を起こし、混じりあっていく、そんな特殊な成長過程をどう表現するか。

 この繊細な難問に、私は心躍らせながら全力でぶつかっていた。

 いま難問の難易度が狂って振り切れた。カオス振り子の爆発のように……そう、これはもうカオス。だめだこれは。

 なんで私は自分の顔ぶら下げてヒロインといちゃいちゃしちゃってんだって!

 それだけじゃない、最初からここまでずっと、全部……私の顔で?

 なにそれ。なにしてんの。

 私は! ユウイとメルタが再会して幸せになって! そこに世界ハッピーエンドを副賞として贈りたかっただけなのに!

「あああああああああああぁあぁぁぁぁぁぁあああぅぅぅぅううっ!」

 毛布に顔を突っ込み叫ぶ。これはダチョウの真似以下の現実逃避に他ならない。

「ちょっとユウイ……」

『なんで今まで気づかない……?』あかりが背中を撫でてくる。『そういうとこ好きだけど』

 叫びを聞いて何事かと、御者が積み荷越しに声をかけてきて、メルタが対応してくれた。私はもうぴくりとも動かない。動けない。

「さっきやったヤツ噛め。落ち着くぞ」と御者が優しく言うのが沁みる。

 噛みはしなかったが、こっそり毛布越しに匂いを嗅いだ。今後一生、この匂いがトリガーになって思い出しては恥ずかしくなってしまう、そんな呪わしい予感がした。


 ……小石を踏んだか、揺れで目が醒める。

 思考の一切を閉じ、精霊たちからの情報収集も全て中断して顔を伏せていたら、さすがに眠りに落ちることができた。体感覚からして、数時間は眠っていただろうか。一縷の望みを込めて顔を触るが、悪夢は醒めないらしい。

 車内の暗さは変わらない--極夜はまだ三ヶ月ほど続くので当然だ。

 この星の地軸はほぼ横倒しに近いため、北半球中緯度帯のこの地方では冬の四ヶ月間は一度も陽が昇らない。冬の始めと終わり頃、真昼に南の低い空がほのかに明るくなるだけ。あとはずっと夜の闇に閉ざされる。

 そんな条件では相当荒れるであろう季節風や気温は、精霊がなんとか緩和してくれているらしい。そこはファンタジーだ。

(どれくらい経った……?)

 一日中泰然と巡る星空では、ひとつの小さな月が日数の経過を示す唯一の光だ。

 月の高さを調べたかったが、幌に腕を伸ばすとその手前のメルタを起こす恐れがあった。

「おはよう……」メルタの横目が突き刺さる。

「ひっ!」私は朝一番の横隔膜の運動を--デイリーミッションのひとつを意図せずクリアした。「……おはようございます」

 目線を落とすと、私も毛布が二重になっていた。メルタを包んでいた毛布を広げてこちらまで掛けてくれたのだろう。そんなことをされればいつもの私だったら確実に起きるはずだが、疲労が勝ったらしい。おかげで大変な目覚めになってしまった。昨日の木の下で目覚めるシーンより衝撃的かもしれない。

彼女に触れている肩を見られない。

 毛布に顔を埋めて、ため息。

「大丈夫?」メルタのはっきりした声。だいぶに先に起きていたのか。「なんで昨日から敬語なの」

「大丈夫になるから、ちょと待って」私は自分をコントロールする。「心配と毛布、ありがとう」

「え……うん」

 そのメルタの声から、毛布があかりの仕業ではないと推測。暖かさがさらに増す。

 はやく他の話題に移ろう。色んな汗をかいてしまう。「あかりは?」

『寝てまーす』メルタの髪の中から返事があった。舐めるな。

「出てきてよ。そこにいたら殴れない」

『こわ……暴力声優』あかりがメルタの頬に顔を出す。ヘッドセットのマイクみたいだ。

「メルタを後ろ楯にしない」私は説明や質問することと共有すべき情報を頭に展開しながら言う。精霊化した声優仲間と戯れている時間はない。「そう、今って何時?」

「一回小さな駅に停まった時は八ギム一八ギットくらいで、そこから一ギム近く走ったかな」

 とメルタが淀みなく答えてくれた。

 思ったより時間が経っている。おまけに一回途中停車したとは……トイレ休憩か。

「じゃあ日付をまたいだくらいだね」と私は確認する。「出発から五時間くらいか……」

『は?』あかりが私とメルタを交互に見る。『あの、ぼく異世界の会話を聞いたんですか?』

「時間の授業しようか。一ギットで教える」私は話す。「この星は、一年の長さは地球とほぼ同じ。ただ一年の日数と一日の長さが少し違う。一年は三四八日と約五パーセント短くて、逆に一日の長さは五パーセント長くて二五時間一二分。たぶんだけどね」

『待って何それ、公式情報?』

「一日の長さは原作には書いてない」私は首を振る。「けど原作者が配信中に言ってたの。『一日は二五時間一二分』だって。それを真実だと仮定して話してる」

『え、何の配信? だって放送前の番組とかは、まだでしょ?』

「いや、ゲーム実況してて……聞いた」

『はぁ!? なにそれなんなの? なんのゲーム?』とあかりは、そこで片手を広げた。『やぁ、もうなんでもいいよ……』

 早くも頭を抱え始めた生徒に向けて、授業を再開する。「単位の説明。一ギムは二時間四八分で、九ギムで一日。時計で見ると内側にある小さい針で示してて、数字見たかもしれないけど九が真下にきてて、上下逆だから気を付けて。外側のギットの数字は普通に真上スタートね」

『時計のことは、時計がある時に教えて……』あかりはノックアウト寸前だった。

「ごもっとも」私は頷く。「次に一ギット。これが八一で一ギム相当。八一は九進法で三桁になる数字で、お金も九進法だから慣れて。で一ギット、この長さはだいたい一二四・四四四四秒だね」

『細かいぃ!』あかりが悲鳴を上げる。『いい加減にしてくれる? やめてよ四四四四とか。だいたいって言ったあとに並べていい小数点以下じゃないでしょ。世の中ね、頭の悪い子だっているんですよ! バカを知れ!』

「ごめん。でも頑張って、大事なことだから」私は優しく諭す。「約二分四秒ね、これが一ギット。八一ギットで一ギム。長い針で一周ね」

『時計の話をするなっ! いまここには時計はないでしょ! あるの? ないでしょ!』

「ごめんなさい。で、一ギットをさらに八一分割したのが」

『まだあるのか! いい加減にしろ!』

「クレーマーになるの楽しくなってるでしょ。最後だから聞いて」私は少し睨む。

『ごめんなさい』

「一ギットを八一分割すると、一コント。約一・五三六秒」

『小数点以下よ……』あかりは泣きそうに言う。『この世の小数点以下は、ぜんぶ“およそ”!』

「およそ一・五秒ね。以上。……一ギット過ぎちゃったな」

「キューシンホーってなに?」メルタが首を傾げている。

『うわ、それ聞くか……』

「あかりわかるの?」

 あかりは胸を張る。『一切わからないし、聞いたら死にそうだから触れませんでした!』

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