第6話 そして少年達に闇は宿る

「よっ」と声を発しながら俺たち一行はバスから降りる。


 美空、元気なのはいいことだがあとは自分の分の代賃を自分で払えるようになったら完璧だ。それに俺が代わりに払うことになったのはこれで4回目だぞ。そろそろ学習しろよな。


 ったくもうココに来るのは8回目だっていうのによ。前回代わりに払った創が珍しくキレたのを忘れたのかよ。俺はあの表情は一生忘れられないと思うぜ。


 俺はため息をつきつつ、バスから降りる。その時、ここのバス停の名前が目に入った。


 SUN town前


 『サンタ』とかいう12月にプレゼントを配りまわりそうなおっさんのような名で呼ばれることがよくある県全体で比較しても大きな部類に入るデパートだ。大人向けの化粧品やパソコンなどの電子機材はもちろん、俺たち子供向けの商品もたくさん置いてある店だ。


 俺たち三人は何か月かに一度、計画を練ってここに来る。もちろん親には黙ってだ。当たり前と言うべきか、俺たちはまだ小学生なので科学が進んで犯罪が減ってはいるものの、やはり街に保護者なしだと危ない。


 特に美空なんか俺と創がいなければ何回死んでいたか分からん。


 「雄二君はやくー」


 「ん、今行く」


 いつの間にか俺と二人に結構な距離が出来ていた。麦わら帽子を被った美空がこちらに手を振っている。隣の創は周りに危険がないか気を使っているのか顔を左右に揺らしていた。


 いつまでも創だけを不安にさせるわけにもいかない。俺は小走りで二人の元へ向かった。


「うぶっ!」


 盛大に段差で転んでしまったが。


×         ×                 ×



「うわぁ、かわいい!」


 美空が兎のキャラクターのぬいぐるみを持ちあげて声を漏らす。確かこれは最近CMでよくみるやつだな。


 CMの中の女の子はこのぬいぐるみを背中に乗せてお母さんごっこをしていたのだがはっきり言って狂気だと思う。これが正しい遊び方なのかは分からないが美空ならやりかねんぞ。


「あれ? ここにタッチするのかな?」


 創が何かを見つけたようでぬいぐるみの腕を触り始めた。間もなくしてぬいぐるみから音声が鳴り始めた。


「うわぁぁん!! ミルクほしいよぉぉ!!」


 !?!?!?


「っ!」

「びっくりしたぁ。まさか急に喋りだすなんて」

「これは予想できなくて当然だぞ。ほれ、あの美空でさえ……美空?」


「か、」


「かわいいぃぃぃぃぃぅうわぁぁぁぁ…………んぐっ!」


 何となく準備していた俺と創が美空を押さえつける。創が同時に美空の腕からぬいぐるみを取って元の棚に戻し、俺は口を押えながら美空のうなじを強めにチョップを喰らわせる。


 十秒もすると落ち着いた美空が右手で口を塞いでる俺の手を叩いて「ギブアップ」の意思表示をする。俺はそれを確認すると小さな声で「もう騒ぐなよ」とささやく。美空は何度も頷いた。


「ッ——ぷはぁ! 苦しかったぁ」

「涙目で言っても許さないよ」

「う……ごめんなさい……」


 ふだん優しい創に怒られたことでしゅんとなる美空。だが騙されるな創。すぐに忘れるぞこいつは。


「ほい、これ食っとけ。もう騒ぐなよ」


 そう言って俺は持ってきていた飴を渡す。みるみるうちに美空の表情が明るくなっていく。そして俺の手に乗った飴に手を伸ばした瞬間——―


 ひょいっと手を引いた。やめるんだ創、そんな目で見るんじゃない。


「本当にもう騒がないか?」

「(コクンコクン)」

「もし騒いだらどうするんだ?」

「えと、ごめんなさい」

「馬鹿野郎」


 俺は美空の頭を叩く。


「あいたっ! なんでぇ……?」

「謝らなくてもいいからもうすんなよ」

「今のはどう答えようと無理だった気が……」

「創、先に向こう行っててくれ」


 うまく誘導できなくなる。


「うん。わかったよ」

「あ、私も」

「お前はちょっと待て」

「えぇ……また怒るの?」

「いや、ちょっと違う」


 俺は創が離れるのを確認すると耳打ちで美空に話す。


『明日、何の日だか分かるか?』

『んー? 日曜日?』

『確かに日曜だがそうじゃない。……もういい。正解は創の誕生日だ』

「あ! そういえばそうだよ!」


『し、ず、か、に』

『ごめんごめん…………ごめんって! 飴とらないで!』

『……一応聞いておくけどもう何か用意したか?』

『ううん』


 だろうな


『今日ここに来たのはなこっそり創の誕生日プレゼントを買うためでもあるんだ。だから創が何か欲しそうにしてる物があったら言ってくれ。あんまり高くなかったらそれを買ってあげたい』

『らじゃっ』

『くれぐれも創には気づかれないようにな。サプライズしてあげたい』

『うん。わかった』

『よし、それじゃ行くか』



 そうして、俺と美空は手を組んで創へのサプライズを企画するのであった。


「創くんってどんなのが欲しいのー?」

「この馬鹿ッ!」

「あいたっ!」

「大丈夫…………?」


×         ×                 ×


「準備はおーけーだね!」

「ああ、創には『財布落としたから探してくる』って言っておいた」

「でも創くんだいぶ変に思ってたよ?」

「ああ、だから言い直したんだ。『美空に預けていた財布がなくなったから一緒に探してくる』ってな。創も一緒に探すと言っていたんだが俺のバッグ押し付けて『そのバッグを守っておいてくれ』と言ってきたよ」

「そっか。じゃあ大丈夫だね!」

「ああ。で、創の欲しがってたのは何なんだ?」

「それは——」



×         ×                 ×



「……美空。これはないだろ。やっぱりまだお金はあるし他のにしないか?」

「やー! 創君は絶対にそれを一番欲しがってたもん!」

「にしてもだな……」


 二人でコソコソ話していると急に横から話しかけられる。完全に意識が会話に集中していたのでそれなりにショックを受ける。


「何してんの二人ともさっきから」

「うわっ! な、なんだ創かよ」

「僕で悪かった? それより財布は? 見つかったの?」

「財布? 財布はこの袋のなかにあるy」


 慌てて口に飴玉を投げ込む。その話題はだめだ! 袋の中には創の誕生日プレゼントがあるっ! それだけは見られてはいけない。


「あれ? こんな袋さっきまでもってなかったような」

「あーあれだよ。母さんに食材買ってこいって言われてたんだよ」

「え!? 雄二君お母さんにここに来ること言ったの!?」


 しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 思いっきり地雷踏んじまったよ。俺の馬鹿! 間抜け! 天才少年!


「なーんてのは冗談で」

「ふぅ……だよね。よかった」

「よし、誤解も解けたところでそろそろ帰るか」

「で、結局中身なに?」


 その時、椎名雄二の脳内に電流走る。この時椎名雄二7歳。黄色いカバーをつけたランドセルをしょっている世代である。今、この瞬間、唐突に追い詰められたことによって椎名雄二の天才的頭脳が覚醒する。


「…………だよ」

「え?」

「これはさっきのうさぎのぬいぐるみだ。あんまり美空がうるさいから買ってきた。もちろん、あとでお金はもらうけどな。あんまり揺らしたりしたらいつ音声が鳴るか分からないから触ってほしくなかったんだ」


 幸いにもぬいぐるみの大きさとこの袋の大きさは類似している。プレゼント一つ一つが安いからと言って複数買ってきたのが吉とでたか。


 いけるか…………?


 …………


「マジ?」

「おおそうさ、マジも大マジよ」

「……うん。それじゃ信じるよ!」


「「眩しっ」」


 時折、笑顔は人を殺すための武器になると学んだ。


「そ、それじゃ帰ろうか」

「うん。ほら美空ちゃんも」

「ん……」


 うまく騙すことができたのか、それとも気づいた創の優しさによる知らんぷりなのか。それを判断するにはまだ情報が足りない。少なすぎる。どちらにせよ、明日実際に渡すまでその真相は分からないだろう。

 でも、創なら、気づいていたとしても笑って『ありがとう』と言ってくれるだろう。例えこの中身がどんなものであろうと。俺は他人の何倍も色々出来るが結局は頼ってしまう。


 今日だって美空をセーブしてくれた。くっだらないプライドが許さないだけで本当は感謝しているのだ。


 そうだ。この気持ちを明日伝えよう。ああ、考えるだけで胸が高鳴る。恥ずかしいと思う気持ち以上にやっと理由が出来たことに対する嬉しさがある。


 そうだ、家に帰ったら日記をつけ始めよう。今日は特別な日だ。成長した俺が読んだら馬鹿にするような内容でも別にいい。今はこの気持ちを記しておきたい。



 帰宅への一歩を踏み出す——―



 ————2042年7月31日 

 俺はこの日の事を絶対に忘れることはないだろう。




 地面が揺れた。



 縦、横、そしてまた縦……揺れの強さは数秒で頂点に達した。


 震度6弱までならなんら変わらずに行動できるほどの耐震性を持ったこのデパートでさえ、外に童話に出てくるような巨人がいて、小さな人間の子供が他人のコーラを振るという悪戯のようなものでもしているかと錯覚するほど、強く揺れた。


 ぱりん、と何かの割れる音。

 そして恐怖して叫ぶ女声。


 鳴り響く警報。とてもうるさい。


 危ないのは知っている。


 十秒経過。まだ収まらない。思考が同じ場所をひたすらに回り続ける。それでも出てくるのは

「この揺れは異常」という結論だけ。


 俺はこの固定された思考のレールを壊して、この状況(異常)の中でどうやって生き延びるのかを模索しようとする。


 揺れる地面に精一杯の力を振り絞って頭をぶつけてみた。すでに体制は崩れているので距離は近く、簡単だった。


 クラクラと眩暈がする。今、俺の頭の上にはアンドロメダ流星群でも降り注いでいるのかもしれない。


 強引な方法だが、周りの状況を正確に確認できるぐらいにはなった。そうして、俺は


 強い


 人間こども


 見た



 その人間こどもはこの揺れの中で立っていた。何かを特別にしていたわけではない。はたから見ればただの脆い棒きれだ。


 でもソイツは「そんなことは分かっている」と「それでも守りたいモノがある」と全身で表現していた。



「あ……れ……?」


 頬を伝う涙。訳が分からない。涙を舐めてみる。


 ああ、これは


 悲しい味だ。




 結局、揺れが収まるまで俺は何もすることはなかった。声を発することも忘れてしまっていた。


 揺れが収まり、落ち着いたところで俺はガクガクの脚に喝を入れて、立ち上がる。揺れの間に大きく出来た創達ふたりの距離をクシャクシャの顔で詰めていった。


 隣に立った。けれどそこには大きな溝がある。大きな大きな心の溝。


 クシャっと袋がこすれる音が聞こえる。創の誕生日プレゼントが入った袋だ。


 はっとした。そうだ。明日は創の誕生日だ。プレゼントを買ってしまったからには渡さないといけない。


 そのためには生きのびないといけない。


 最適な行動をして、最高の結果を得る。取り敢えずのノルマはこの袋に入った物が解ける前に安全な場所に移動して、冷やすことだ。


 目を上げると二人はこっちを見ていた。何か酷い物でも見ているような目だ。これはいけない。ここから先は俺についてきてもらわないといけないんだ。変にストレスでも与えてしまったら確率が下がる。


 深呼吸すると色んなモノがこみあげてきそうになったから顔を思いっきり殴った。うん。やっぱりこれが一番いい。


 俺はいつぶりかもわからない、もしかしたら人生最高の笑顔を作った。


「にげよう!」


 妙に自分が子供っぽいと感じた。年齢相応、しかし俺のそんな子供っぽい言い方が一番しっくりきたらしい。


「「うん!」」


 あぁ、やっぱり俺たちって最高だ。


 二人の手をとって走り出す。ここからは便利なナビに徹しよう。お前らが主人公だ。


 

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