第5話 才能とは努力の量が少なくてすむことである

放課後のパソコン室は殺気立ってた。40個以上あるはずのパソコンは全て起動中だ。普段なら一クラスの人間を全員座らせてもまだあまりあるので、こんなことにはならない。放課後に何度か友人とここで遊んたことはあるが、その時も俺たち以外に一部の生徒会の連中とパソコンを使う課題を終わらせてない少数の生徒しかいなかった。


 不思議な現象ではあるが、基本的には椎名雄二はこういった出来事には遭遇することがない。長年の経験によって培われたトラブルを回避する能力をフル活用しているのだ。体育大会では出来るだけ動かない競技を真っ先に立候補するし、部活だって入ったことはない。雨の日に外に出ようものならデブでどんくさい自分が誰かに迷惑をかけてしまう可能性を考慮してまず部屋から出ない。


 しかしどうしてだ? 紛れもなく俺は今、面倒なことに巻き込まれている。それに


「椎名さん。このやり方を——」

「椎名さん。次はこっちの——」

「椎名さん」

「椎名さん」

「椎名さん」

「わわわ、ちょっと待ってください。じゅ、順番で」


 なんかめっちゃ頼られてる。


「やっぱりすごいよ椎名さん」

「確か椎名さんって昔「天才少年現る」ってニュースに出てなかった?」

「マジで? 作業終わったら調べてみるよ」


 しかもなんか懐かしいセリフがちょくちょく耳に入ってくるし。……はぁ。これくらいなら全部仕事引き受けて一人でやった方が楽かもしれないお。別に嫌われているわけじゃないけど他人と話すのはすごく疲れるし、そもそもいつもネット用語を使いすぎて標準語を使うのにまた集中する必要がある。


 それになんだおこのパソコンは。起動がおっそい上にほとんどのサイトがフィルタリングにかかってしまう。フィルタリング回避する方法は創と一緒に見つけたので知っているが、それをここで使うのはだめだろう。何も知識がないこの人たちに教えてしまったらそれを平然と教師の目の前でもやりだして不味いことになりそうだ。そして最終的に問いただされるのは俺なんだお。


 俺が座っている席は普段授業で先生が座っている席で、全てのパソコンの状況を確認できる機能が備わっている。更に昨日を少し弄って各パソコンにメッセージを伝えることが出来るようにしており、自分の作業をしながらどの人間がどんな作業を得意として、どんな苦手を持っているかを確認している。


 平行思考は得意だ。俺は皆とは違ってパソコンでの作業が身に染みててあまり考えなくても完璧にこなせる。作業している間にいろいろな計画を立てる。時々このパソコンに質問が来るが、その時はパソコンの画面を操って実際にして見せることで感覚で理解してもらっている。文章で返そうとすると気を使ってしまって時間がかかるからだ。


 しかし、さすがそこそこ偏差値の高い高校の生徒会や委員会等の代表の方々だ。基本的に何か教えればすぐに覚えてくれる。とても優秀だ。俺個人の保有する仕事量があとどれくらいなのかはわからないけどタイムリミットを今日の強制下校時刻だとしてもここにいる生徒の保有する仕事量×20までは間に合いそうだ。


 ああ、さっき皆優秀だと言ったが、一人例外がいる。


「あの、すいません。あんまり見られているとや、やりにくいのですが……そうだ。このお金で飲み物を買ってきてください。お願いします……」

「しかし私も作業を」

「そ、そうですよね。作業したいですよね……えっと」


 そんなわくわくした目で俺を見ないでくれお。会長。さっき俺も良く分からないやり方で俺のやった仕事のデータを全て消し飛ばたでしょ。


創に騙されて、半強制的にこんなことをしているわけだけど、まさかわざわざ教室までに来て頼んできた会長が一番の無能だったなんてわかりやしなかった。俺が知っていたのは会長のスリーサイズと住所、成績、あと実績ぐらいだったからね。それと仲間と撮った秘蔵の写真がいくつかある。どれもすごく可愛くて売るのには惜しいくらいだ。


 そして写真のコピーは取らない、情報は確定したモノを一人だけに、複数の人間には同じのを売らないというのがうち《SF商会》の鉄則だ。紹介のボスとして俺は誰よりもそれを重視しなければならない。


 会長に近くにいてもらうと怖いのはただ緊張しているという理由ではない。俺の姿を見て、中途半端にやり方を覚えてもらいたくないし、時々話しかけられると返信の為に頭を一度そっちに専念しないといけないので作業が停滞する。なによりも千里眼があるのかと言いたくなるくらいのわが校でずば抜けた観察眼を持っている会長に俺がSF商会の会長ボスだと感づかれたくない。


 天才というものは普通じゃそこでは気づかないだろ、というところから真実を突き止めたりするので1ミリたりとも油断が出来ない。例えば、既に俺が常人の何倍ものスピードで作業をこなしているのをみて、情報統制が徹底され、大人でも難しいような技術を持ち合わせているSF商会と俺を重ね合わせている可能性もある。俺からすれば、「人に頼んどいて何疑ってるんだよ」とは思うが、俺がどう思おうが思うまいが、バレたらおしまいなので関係ない。


 色々と蛇足したが、要するにこの場で会長は邪魔でしかない。疲れた目を癒すのには最適だが、その疲れを生み出しているのも8割方会長なので特に意味がない。


 創だ。そもそもいえば創が悪い。幼馴染を滅茶苦茶自然な感じで騙すとか絶対普通じゃない。それに、この場に創がいたら会長がもう一人増えたところで今よりもずっと早く作業が進むだろう。


 昔の創だったらなぁ、絶対にあんなことしないんだけどさ。やっぱり創アイツは変わってしまった。


 誰が悪いとかは具体的には表せない。「しょうがない」ことのつながりによってアイツは曲がってしまった。元が良い奴だから基本的には大丈夫だし、去年の冬から死ぬ気で自分を変える努力をして今は友達がたくさんいる。前に進んだ。


 そう考えると全てを投げ出して、前に進むことを放棄した俺なんかよりもよっぽど立派なんだお。天才と呼ばれた自分もそれは過去の自分。あ・の・出来事を忘れるためにそんな天才だった自分も捨てた。


 しかし、それは逃げだ。創みたいに前に進んでいるわけではない。ただ目を隠して、耳栓をしているだけ。


 この世界に運命というものが形として存在するのなら俺はこう問いかけるだろう


「なんで美空みそらを殺したのか」と




 結城美空、かつての俺と創の親友。そして、10年前の大地震の日に死んだ唯一の人間。


 どれだけ忘れようとしても忘れることの出来ない記憶。それはクソッたれな天才の物語。






×          ×          ×          



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×          ×          ×          




「おーい! 雄二君こっちにきなよー! すごいよコレ!」


 蝉がそこらの木に張り付いている。パッと見渡すだけでも数十匹はいるぞこれは。


 だがしかし、ここは山の中だしそれも当たり前か。俺は落ちかけていた眼鏡をずり上げると読書に戻る。森の中で読書するなんておかしいとは思うが、俺だって森に来たくて来たわけじゃない。家で本を読んでいると、ア・イ・ツ・ら・が急にやってきて無理やり俺を家から引きずりだしたのだ。


 読書というものは不思議で、読みたくない時はとことん他のことをしたくなるが、実際に読んでいる時には何をほっぽり出してでも続きを読みたくなる。これはいわゆる「本の世界から戻れなくなる」というヤツだろうか。


 本を読んでいて、「早く先を読みたい、でも終わりたくない」と思う人間は多いはずだ。しかし「絵本」ではこの感覚は得られない。俺がこのことに気が付いたのは4歳の頃————


「ぶはっ! な、なんだ!?」


 突如顔面に飛んできた大量の葉付きの枝によって眼鏡が落ちた。読んでいた本のページに付箋を挟んで盛り上がっている木の根に置き、落ちた眼鏡を拾う。


「うっわぁ、眼鏡が汚れてるんだけど。おい、美空。どうしてくれるんだよ」


 美空と呼ばれた少女は悪びれもせず、その場で意味もなく一回転してみせると、溢れんばかりの笑顔を見せて、こちらに歩いてくる。


「だって雄二君せっかく森に来たのに本読んでばっかだしー。それに、その眼鏡本物じゃないでしょ?」

「なっ! 何故それを知っている!」


 雄二は自分の付けている眼鏡が伊達メガネだということがバレて動揺していた。雄二は他人よりもあらゆる意味でレベルが高かった。2歳の頃には計算が出来た。4歳の頃にはプログラミング技術を駆使して簡単なゲームを一つ作り上げることが出来たし、今だって読んでいる本は高校生の読書好きが読書感想文に選びそうな分厚い本である。この本はシリーズ化されており、雄二が読んでいるのはその四作目だ。


 一方同い年の子供は何をしているかと言うと、外に出て虫取りをしたり、たった数ページしかなく、なおかつそのページのほとんどが絵で埋め尽くされている本を読んだり。パソコンに触るとなればそれはゲームをするときだけ、インターネットどころか設定画面すら開けない。


 いつしか雄二は自分が他人と比べて何倍も知的だと信じるようになった。実際その通りなのだが、いくら大人びているとはいえまだ小学一年生、精神年齢はまだまだ未熟。雄二はその知的さを眼鏡をかけることで主張しようとしたのだ。


 このことをもう一人の友人の葛木創に話したら「変だよ」の一言で返されてからは意地になって眼鏡をつけるようにしている。やはりまだまだ子供である。


 「ったく、お前は少しはゆっくりできんのか」


 眼鏡を拾い、汚れを落とそうとポケットに入れていたメガネケースの中から眼鏡拭きを取り出そうとするも、中身は空であった。


 くそっまたうっかりして忘れてきてしまったっ!!


 雄二はメガネケースに汚れた眼鏡を収納すると再びポケットに戻した。出来るだけ自然な流れでやったつもりだった。自分が眼鏡拭きを忘れてきたことを知られたら馬鹿にされる。こいつらは俺が基本完璧なせいで、逆に何かミスをしたりするとそれを必要に馬関してくる風がある。それは嫌だ。


 そんなことを考えていると、上の方から創が虫取りかごを首に提げながら降りてきた。創はよほど動き回ったようで額に汗がびっしょりついているのが見える。


「あ、雄二君がようやく本を読み終わった」

「読み終わったわけじゃねーよ。んでも、また読み始めたい気分でもなくなった」

「ほんと!? それじゃ一緒に蝉取ろうよ! アブラゼミがたくさんいる場所見つけたんだ!」

「え”っ!? どこどこ? 行きたい!」


 美空さん。女の子が出したらいけない声してますよ。


「アブラゼミってそんなにレアなのか? ネットで見た限りそんなんじゃなかったけど」

「うん。他の蝉に比べたら少ないと思うよ」

「ね! アブラゼミはレアだもんね!」

「へぇ。アブラゼミ以外にどんな蝉がこの森にはいるんだ?」

「えっと。全部同じ色だからわかんないかも……」

「全部ミンミンゼミだと思うよ! だって鳴き声が『ミーンミーン』なんだもん!」

「確かに……んじゃ、アブラゼミはどんな鳴き声なんだ? 美空」

「え? 『ミーンミーン』かなぁ?」

「全部一緒じゃねえか」


 創の提げている虫かごに入っている蝉の鳴き声を聞いてみる。……『ミーンミーン』としか聞こえん。これは聞き分けるには何かコツがあるんだろうな。聞き分けれなかった葵が変なわけじゃないのか。


「あ、創君汗すっごくかいてるよ! はい、ハンカチ」

「ん、ありがとう。……あれ? これどこかで」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇっ!」


 全速力で葵が創に渡した物を奪い去る。や、やっぱり! こ、これは


「これ俺の眼鏡拭きじゃねぇか! いつの間に取ったんだよ!」

「んー? ここに来るときにぱっと眼鏡の箱を取って……痛い痛い! ごめんなさい! もうしないから頬っぺたつねらないで!」

「ま、まぁまぁ雄二君。まだ使ったわけじゃないし……ね?」

「ふん! 命拾いしたな葵! 今度こんなことしたら今度はデコピンするぞ」

「嫌~! 雄二君のデコピン痛いんだもん!」

「嫌も何もお前がするのが……おい、創。お前まだコレで汗拭いてないよな」


 眼鏡拭きを受け取って気づく。その違和感。


「うん。どうしたの?」

「既に濡れてるんだよ。何故かな」

「あ、アハハ。私先に帰っておくね。お母さんの手伝いしなきゃ」

「逃がすか!」


 俺は逃げ出す葵を全力で追いかける。この森は三人でよく来ているから、お互いに地形をよく理解している。こうなった場合、機転をいくらでも効かせられる逃げる側の葵が有利だ。毎日動き回っている葵と毎日部屋で出来る遊びをしている俺とでは、いくら男女の力量差があるといっても追いつける自身がない。かくなる上は。


「創! お前も葵を捕まえるのを手伝え! あとでうちのアイスやるから!」

「なんていうか雄二君って大人っぽいけどそうでもないよね……」

「早く!」

「わ、わかった!」


 この後、全身に汚れをまとって帰ってきた俺たちは仲良く怒られました。

 クソっ! 俺は悪くないのに!

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