第4話 夕焼けに咲く瑠璃色の花
「大丈夫ですか若菜ちゃん。いくら若菜ちゃんといえど相手は鍛えた男子なので少し心配でしたよ」
「確かに私一人では厳しい相手だったな。是非ともこの力を他人のために使ってほしいものだ」
「というとあなた方は若菜ちゃんを助けてくれたということですか?」
「え? 俺は助けたというか逆に助けられたというか。ああ、その点ではこの椎名雄二は大活躍してたぞ」
「囮としてね」
遠い目をしながら雄二は呟く。
「なんだよせっかくどう活躍したか隠すつもりだったのに。黙っていた方が印象良かったと思うぞ」
「いやいや、一ノ瀬ちゃ……一ノ瀬さんは見てたから直ぐにバレるお」
「ばっかお前。そもそも一ノ瀬さんが俺たちを上げようとしてくれているんだからそこは口を瞑った方がいいに決まっているだろ」
あと一ノ瀬ちゃんってなんだよ。アイドルの名前かなんかか?
「あのー、二人とも仲良く会話するのはいいんですけど後にしてもらえますか?」
「「え?」」
言うが早く、柊は俺たちに近づくと片手に持っていたファイルからプリントを二枚取り出すと、俺たちにそれぞれ一枚ずつ渡してくる。その内容を見てみるとどうやら簡易な被害届のような物であった。
「この不良に何をされたか、出来るだけ詳しく書いて下さい。出来れば記憶が新しいうちに書いてもらいたいのですがこれから何か用事あります?」
横目で雄二を見る。雄二は首を横に振ってNOの意思表示をした。昼休みは基本的にいつもゆっくりしたいから予定を入れないようにしているので俺も特にこれと言った用はない。
「大丈夫だ。でもペンがないから一度教室に取りに帰らないといけないな」
「あ、その必要はありませんよ」
柊は制服の内側についているポケットから二つの黒色ボールペンを取り出して俺たちに渡す。見ると売店でも売っている価格がリーズナブルの普通のペンだった。
「お、ありがとう。それじゃ俺たちはそこの俺たちがさっきまで食べてたところで書いてくるよ。さすがに立ったままでは上手く書けないしあそこ以外に平らな場所もないからな。柊はここで待ってるか?」
「いえ、私は先に委員長に報告しなければなりませんので少し離れます。若菜ちゃんにも同じものを書いてもらうので書き終わったら若菜ちゃんにどうぞ」
「その、さっきから『若菜ちゃん』って連呼してるけどそれってその一ノ瀬さんの下の名前でいいんだよな? というか苗字自体さっき初めて知ったもので」
「ええ。むしろここまで言っといて別人のことを指しているわけないでしょう?」
「だよな。悪い。変なこと聞いた。それと一ノ瀬さん、よろしくお願いします」
「紙を回収するだけでそこまで改まられなくてもいいのだが……それと別にさん付けじゃなくていいぞ」
「あ、ごめん。それはなんか調子狂うから今は無理です。雄二が呼び捨てで言うなら俺も呼び捨てにしますけど」
本当の理由はまた別にあるけど
「俺に振らないでほしいお。それと分かってて言ってるよね?」
「……まぁ、無理にとは言わないが」
「まぁまぁ、そういうのはある程度仲良くなってからでいいんじゃないんですか? とりあえずは……
はいっ! 若菜ちゃんにもペンです」
一ノ瀬さんはペンを受け取ると「そうだな」と納得したようでそれ以上何かを言う感じではなくなった。
元からさっぱりとした性格なのだろう。あんまりしつこく何かを言うタイプではなさそうだ。
そんなタイプの人間は自分からしつこく言うことだけじゃなく相手からしつこく言われたりされることも苦手とする人間が多い。それを踏まえた上で一ノ瀬さんと会話をしなければならないな。
「それでは私は行きますね。すぐに何人かの他の風紀委員があの伸びている不良を運びにやってくると思いますが気にしないでください」
それだけ言って柊は去ると思いきや、来た道とは逆の方へ歩き出した。進路方向にいるのは気を失っている不良だ。不良の状態を自分の目で見て確認しようという考えだろうか。
「えい」
首元に入った良いチョップだった。科学が進んだ今やただのネタと化した「壊れた機械を治すために叩く」ような感じだった。機械だったら行動不能状態が治るのかもしれないが生身の人間にはそんなことがあるわけもなかった。
むしろ数秒痙攣した後、より深く意識が亡くなった気がする。暫く起きないようにする計らいだろうけど……容赦ねぇなおい。風紀委員がそんな息の根を確実に刈るような物騒なことをしていいのかよ。まるでアサシン。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
ちなみに俺は一ノ瀬さんにならやられてもいいなと思ってます。差別? 知るか。
柊は今度こそ満足したように来た道を帰っていった。一方俺たちは内心不良にちょびっとだけ同情をしつつ横を通りすぎた。
× × ×
唐突だが皆は放課後の時間をどのように使っているのだろうか。ここでいう放課後とは学校での終礼がを終えた学生が家に帰るまでの時間のことを指す。部活がない人間もどこかコンビニやらゲーセンやらに寄ればそれは「放課後の時間を消費した」ということになるのだ。
この学校、舞ノ城高校はそこそこ偏差値が高いこともあって割と遠くから通学している生徒も多い。この学校のデータによるとそんな学区外から登校してきている生徒の半分は部活に参加していないようである。
しかし前述の通り、部活が無くても放課後の過ごし方は人それぞれ。ほとんどの生徒が放課後になんらかの楽しみを持っている。つまるところ創作物の世界でよくあるシチュエーションの一つとして
「ねえ今暇?」
「暇だよ」
「あの、もしよかったら○○に来てくれないかな?」
「もちろん。いいよ!」
「やった!」
「ところで僕に何の用があるの?」
「それはね……」
「うん」
「ひ、み、つ♡」
みたいなもの(一部誇張している)はあり得はしないことなのだ。学生にとって放課後とは学校生活の中で最も自由な休み時間である。先生の目を盗んで学友とスマホをするのも良し、部活でいい汗を流すのも良し、コンビニで今月のお小遣いを消費するのも良し。
そしてそんな大事な他人の放課後の時間を奪い取るような行為は極力してはならないし、絶対にされたくないものである————
「そういえば葛木君。放課後、生徒会室に来てくれって会長が言ってましたよ」
「……もう一度言ってくれ。最近耳掃除してないんで良く聞こえなかった」
「? ですから言峰会長がこれから生徒会室に来いって」
「……あー、なるほど。なるほどね。んで、本当は?」
きっとこれはジョーク、笑顔を絶やしてはいけない
「冗談なんかじゃありませんよ。ほら、早く行ってください。あんまり人を待たせるものじゃありませんよ」
「……ち、」
「ち?」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおお!!!」
持っていた鞄をその場に降ろして全力疾走をする。
「えぇ!? 何でそんなに悲しんでるんですか!?」
次期風紀委員長第一候補の
「映画の公開日だったのにぃぃぃぃぃ!!」
創の今日のスケジュールは珍しく詰まっていた。明日が祝日だということで、今日の午後8時に母親と一緒に実家に帰ることになっているのだ。しかし、創は「映画は公開日に、ゲームは発売日に」のタイプの人間だ。本当は7時に家を出るはずだったが、どうしても学校帰りにすぐに見に行きたかったので母親に無理を言って1時間引き延ばしてもらったぐらいである。
計算上、急いで学校から直接映画館に向かえば始まる前に着くことができるハズだった。いつも一緒に帰っている雄二にも「今日は」と断ってある。一緒に見に行くのも考えたが雄二じゃまず公開時刻に間に合わないので却下だ。何度も真っ白なスケジュール帳と睨めっこして、今日の放課後に予定がないことは確認済みだった。当日に誰かに何百分の一の確率で放課後の時間を取られそうになっても断るつもりでいた。
しかし、今回の相手は言峰会長である。弱みを握られた今、俺の時間を奪う唯一の可能性の保持者だ。昨日今日で、まだ短時間しか会話はしてないけどあれは約束を破ったら絶対に不味い人間の類、いやそういうタイプの筆頭と言っていいだろう。今ここで会長の元へ行かなければ明日から俺のあだ名が今朝見せた少し大人な内容の雑誌のタイトルである「束縛! 狐耳の監禁娘!」の文字を取って葛木エロ助になってしまうかもしれない。いや、それ一文字もあってないけど。
だからこそ創が「映画を公開日に見に行く」という拘りを捨てるのは早かった。昨日のように長々と説教をされるわけでないのなら1ミリほど、会長の話を聞いて→映画に間に合う。という最高のムーブが出来る可能性があるからだ。
漫画の知識だが、目的に必死になった動物は本来出せないはずの元々持ち合わせている力の3割を超えた力を発揮することができるという。
俺は廊下を田舎のトラクターのようにゆっくりと歩いている生徒たちの間を光の如きスピードで駆け抜け、階段を4段跳びで上って行った。
気が付いたらもう生徒会室はすぐそばだ。生徒会室の数メートル前でブレーキをかけて落ちていく加速度の中、中でされるであろう質問の回答を模索していく。しかし、僅かな時間の中、得られた回答は一つ。今の自分には糖分がたりない。ので、即座に摂取が必要だ。
しかし不運なことに毎日持ってきているパインアメは今手元にはない。あるのはバッグの中だ。クソッ! これまでか————
いや、一つだけ方法がある! 俺は制服に無理やり詰め込んでいたスポーツ用ゼリーを取り出した。昼休みに「お礼に」と一ノ瀬さんに貰ったものだ。あの時は一度は断ったのだが雄二が迷いなく渡してきた二つの内の一つを受けとったのと一ノ瀬さんのような性格の人に何度も言わせるのも駄目だと感じた、という二つの理由があって俺はこのゼリーを受け取った。基本的にはタダでもらえるのは怖い物ばっかだから普通だったら貰わないんだけどな。
ともあれ、これゼリーがあればいける。一瞬で飲み干さんとするほどの勢いで中身を吸い出す。ベコベコとパックが潰れる音がした。その音が聞こえる度に俺の頭はスッキリしていくのが分かった。
具体的には寝起きにミント味の飴を食べた時と同じくらい。分かりにくいな。やっぱり頭回ってないわ。
まぁいいや。
ノックは三回、トイレは二回。よし。
コンコンコン
「ん……葛木か。入れ」
当然のように自分の名前が呼ばれる。もしもこれで俺じゃなくて先生とかだったらどうするつもりだったんだろう。というか終礼後に全力ダッシュで来た俺よりも早く生徒会室にいるってなんなんだ。言峰会長コモドドラゴン説を推したいね。
コモドドラゴンってそんなに足速くねぇじゃん。だめじゃんその説。
そんなことはどうでもいいとして、「失礼します」と言って中に入る。生徒会室に今いるのは会長だけのようだ。それに雰囲気も朝と何も変わっていない。変わっているとしたら会長の位置か。朝は会長席に座っていたがさっきまで何か探していたのか本棚と向かい合うようにして立っている。
背伸びをして会長席に乗っている物を見る。……お、本が一冊。えっと本の名前は
『初心者のためのパソコン入門編2055』
「ああ、そこに座って少し待っていてくれ」
「はぁ」
言われた通り恐らく客人用のソファーに腰掛ける。ソファーの前にある机にはクッキーや湯気の量的に
淹れたばっかりの紅茶が入ったTカップがある。俺に淹れてくれたのだろうか。だとしたらそれは「私と交渉しませんか」という意思表示ともとれる。先にOKの返事だけしといて帰ろうか。
「それで今日はどんな用で呼び出したんですか? 朝の件でしたらまた明日——は祝日だから明後日にでも反省文でもなんでも持ってきますんで今日のところは帰っていいですか? 急ぎの用事があるんです」
「それは出来ない。これは私としても急ぎの用事なんだ。本当だったら泣く泣く諦めていたところだが君の噂を耳にしてね、お願いすることにしたんだ」
会長はそう言いながら探していた本を引き抜くとそれを持って会長席へ向かった。そして会長席から新たに一冊の本を取って俺の元に向かってくる。思わず身構える。会長はそんな俺の前に二冊の本を並べて置くと、俺の向かい側のもう一つのソファーに座った。……これは前置きだけでも長くなりそうな予感だ。それに俺の噂ってなんだよ。どうせ三馬鹿関連なんだろうけどさ。ひとまず現在時刻を確認する。
4時50分か。映画が始まるのは5時30分だ。今ならまだ間に合う。
「すみません。本当に急いでるんで用件を先に言ってもらえます?」
「ふむ。その態度からして口先だけの言葉じゃないみたいだな。わかった。先に用件を伝えるとするよ」
「お願いします」
何を言い出すのか待っていると会長は俺が予想もしなかった行為に出た。むしろそれは俺が今この状況でどうしようもなかった時に使おうと思っていた必殺技である。
生徒会長、
正直物凄く驚いている。昨日までは雲の上の存在だった人間。それが少しの会話とトラブルを通して彼女は確かに「すごい人間ではあるが確かに只の人間」であるという認識に変わった。さっきなんか近づいてくるだけで身構えてしまった、そんなすごい人間が俺に頭を下げている。それが俺には
たまらなく不快だった。
「顔を上げてください会長。僕は急いでいるんです。そんな姿見ても驚くだけで心が揺れたりしない」
「……すまない。今すぐ説明するから——」
「いえ、もう大体わかりましたから良いです。この二つの本『初心者のためのパソコン入門編2035』と『パソコントラブル解決法』を見るにパソコン関係のトラブルが起こった、もしくはパソコンに詳しい知識が必要な仕事が入ってきた、みたいなものでしょう? 俺は一年生の頃に作ったプレゼンで表彰されてる。それを知って俺に目を付けたんでしょう? 違いますか?」
「!! いや、違わない。全くもってその通りだ。葛木、君にも用事があるのかもしれない。しかしこの仕事は今日、今からやらないといけないんだ。生徒会のメンバーや各委員長も全員学校に残ってやる作業なんだ。そんな大人数でも終わらないのが昼に分かった。無理を承知で頼む。それと私は決して朝のことを引き出して君を脅迫のような形で頼もうとは思っていない。それでもどうか頼みたいんだ」
4時52分、そろそろ自転車に乗らないと危うい。俺はいつの間にかもう一度頭を下げていた会長に気づく。俺はLINEを開いていじった後に立ち上がった。それに気づいた会長は必死に俺を止めようとする。
「ま、待ってくれ!」
「……パソコンに詳しい人材が一人必用なんですね。それもとびきり詳しいのが。それなら問題ありません」
「どういうことだ?」
「冗談じゃなく俺よりも出来る奴がいるんですよ。コミニュケーションにやや問題ありといった感じですがそこは妥協してください。というかアイツだったら全部の仕事一人でやってのけるかもしれませんよ」
「聞いたことがないなそんな人物……一体誰なんだ?」
「椎名雄二、元天才の現デブのオタクですよ。俺のクラスへ行ってください。きっとまだいますから」
「では、失礼しました」
俺は会長に一礼して生徒会室を後にする。一瞬だけスマホを取り出して時刻を確認する。
4時54分、まだ間に合う。
俺はここ《生徒会室》に来た時と逆再生するようにして学校を出た。
× × ×
× × ×
× × ×
「雄二今どこにいる?」
「……なんだ創か。一ノ瀬氏かと思って期待したのに」
「トイレだお」
「悪かったな。それとスマンが俺の机にある数学の問題集取ってきてくれないか?」
「課題あるのに持って帰ってなかったんだよ」
「別にいいお」
「頼む」
× × ×
× × ×
× × ×
「頑張れよ雄二」
こんな最低なことをしてひどい気分なのも映画を見ればスッキリするのだろうか。いや、きっとなってはいけないのだろう。
夕暮れ前の空は若干赤みを帯びていて、その色と対照的にコンクリートの割れ目に咲いていた瑠璃色の花が印象的だった。
そうだ。これをトリガーにして思い出すようにしよう。ここは毎日通る道だ。
信号が青になるまでの間、俺はただずっと、瑠璃色の花を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます