第2話 椎名雄二は現代を生きるオタクである
「えー、この問題は」
キーンコーンカーンコーン
「……はぁ。それでは続きはまた明日ね。しっかりと予習をしてくるように。委員長、号令を」
「はい」
キリツ、アリガトウゴザイマシター
シター
「……疲れた」
五時間目の授業というのはやる気がでないものである。それは俺の得意教科である数学の授業であってもだ。
まぁ、数学は点数が取れるだけであって数学の授業が好きなわけではないのだが。
それでも計算した後の疲れが普通よりも出てくると感じる。もしも俺が先生だったら五時間目の後の休み時間は15分にしてくれって言うね。
あれ、でも俺が先生だったらそこまで俺ら生徒側みたいに疲れないんじゃね? そんなことないのか?
あー、考えていると頭痛くなってきた。もうこんなこと考えるのは止めて残り9分程度の休み時間を睡眠に使おう。
俺は筆箱を枕替わりにして眠りにつこうとした。
「なんだなんだ皆疲れてよぉ、宇佐美ねえちんもなんだか元気なかったしよ」
そう言って俺の背中を叩くのはクラスの道化コンビの一人(本人はムードメーカーと言っているが)の巴門ともえかど浜谷はまやだった。
俺の隣の席で成績はあまり良くないが保体がすごくできる。良い奴ではあるのだがしょっちゅう何かやらかしては会議室に連れ込まれている。
既に眠りに入ろうとしていた俺は巴門によって現実に引き戻された。イラっとして奴を睨む。
「……」
「皆もっとシャキッとしろってんだ。な! 創、お前もそう思わないか?」
「……この状況の俺にそう言うのかよ」
「大体お前は授業中に寝てばっかりだから体力使ってないんだよ。こうなっている人間は授業に真面目に取り組んでいる人間だけなんだ」
「お前なぁ、人間は寝ている時にも結構エネルギー使っているってコト知らねえのか? それに机で寝るのって家のベットで寝るのとは訳が違うんだ。体が少し痛くなる」
「なるほど。んじゃこれから俺は寝ることにエネルギーを使うからお前に構う分のエネルギーはないんだ。次の授業古文だし数学よりもっとエネルギー使うだろうしな」
遠回しに向こうに行ってくれと言ってみる。
「悠ゆう! 来いよ!」
「聞けよ。そしてなんで更に人を呼ぶんだ。寝たいって言ってるのに」
遠回しだけど。
巴門に呼ばれた人間は鎌田かまた悠ゆう。このクラスになって最初の席で俺の真後ろの席だった人間で俺が最初に友達になった人間だ。
鎌田は呼ばれるや否や文字の如く跳んでやってきた。
その際に色々な席にぶつかりながら来たので俺のように疲れ切って休んでいる人間がものすごく嫌な顔をした後に今度は俺の方を見てきた。
まるで「やめろ」と言っているのかと思わせる目だった。ごめん、俺が直接悪いことしてるわけじゃないけどほんとごめん。
俺じゃコイツらを止められない。
鎌田に関しては巴門よりも運動神経がよく、帰宅部の癖に陸上部よりも足が速く、水泳部よりも泳ぎが速いとかいう天性の才能がある。
そのオーバースペックの運動神経を使って巴門と一緒にいつも廊下を爆走している。
その理由の4割が悪さをするため、5割が先生から逃亡するため、そして残りの1割は気分である。
気分で廊下を走ってぶつかったりして迷惑をかけた人間に俺が代わりに謝った回数はとうに20を超えていあれ、おかしいなまだ同じクラスになってそこまで時間経ってないはずなのに。
俺が謝りすぎて一部の人間から俺も問題児だと思われているらしい。ちなみにこの情報は巴門の口から聞いた。聞いた時は思わず殴りそうになったね。
昼休みに教室にいたくない理由の一つがコイツらだったりもする。
まぁ、実際に面白いし一緒にいて楽しいから良いんだけど時と場合を考えてほしい。
「なんだなんだ? もしかして創も皆と同じ「エネルギー切れ」って奴か? 体力ねえな」
「痛い痛い! お前ら人を叩きながら喋るんじゃねえ!」
「まったく、同じ三馬鹿の一人として恥ずかしい限りだぜ。なぁ! 浜谷!」
「おい、その三馬鹿の一人に俺を入れるんじゃない」
「ほんとだぜ悠。ほら、元気だせよ創」
「そんなこと言われてもな……疲れってもんはどうしようもないんだよ。まず俺はお前らみたいに体力馬鹿じゃないし」
「いつもアニメばっか見てるからそうなるんだよ」
ぐっ! 痛いところを突かれた。突かれて、疲れた。……だめだ。調子でない。
「浜谷、こうなったら創が元気でるような話をしてやろうぜ」
「悠、もしかしてあの話か?」
「いや、俺のことはいいからとりあえず一人で休ませてくれ」
「言峰会長のバストのサイズが判明した」
「詳しく教えてくれ」
意識するよりも先に視点が一気に変わっていた。横向きだった世界が正常な向きへ戻ったのだ。
「うぉっと、やっぱり食らいついてきたな」
「やっぱりお前も『三馬鹿』ってことだな」
「前置きはいい。さっさと話してくれ」
「お前見た目に反して意外とムッツリだよな……」
何を言うんだ。そんなことあるわけないじゃないか。普通だよ普通。
そう思いながらも俺の意識ははっきりと覚醒しており、特に聴覚はいつもより調子がいいかもしれないと思うほどだ。
どれくらいすごいかって言われたら俺の斜め後ろの女子の風紀委員のため息が鮮明に聴こえたほどである。
どのくらい待っただろうか。時間にして10数秒だろう。「いや、案外短いなおい」というツッコミは置いといて巴門がようやく例の話をし始める。
「これはSF商会からの情報なんだがな。なんと言峰ことみね会長のサイズは――」
わぁお
それを聞いた時ふと、小さい頃おじいちゃんと一緒に食べた夕張メロンが頭に浮かびました、まる
× × ×
舞ノ城高校の近くには坂が多い。よって多くの生徒は登下校の際にいくつかの坂を上ったり下ったりしなければいけない。
その中でも坂を上るだけだったり、逆に下るだけだったりする人間はまだ楽な方だ。それ以外の大多数の人間は「せっかく坂を上ったのに今度は下らないといけない」というなんとも面倒くさいことになっている。
坂道に疲れてバテている女の子に声を掛けたり新品のタオル貸して数日後に綺麗に洗われたそのタオルをお礼と共に返してもらってそこから始まるラブストーリーなんか妄想していた時期も俺にはあったのだが、そんな妄想は外見からオタク臭が溢れ出ている雄二コイツといっしょに登下校してる時点で叶うわけないとすぐに気付いた。
思えば俺は恋というものをしたことが一度もない。毎日を適当に過ごしていたらいつの間にかこうなってしまった。
一度「あれ? この子もしかして俺のこと好きなんじゃね?」と思ったことはあったがそう思った途端に
なんだか怖くなってその子と距離を置いてしまった。
ちなみにそう思った次の日にその子は違う男の子と付き合っていたので焦って前述のことを本人に言わなくて、もしくは告白しなくて本当に正解だった。
もしそんなこと言ってしまってたら次の日から周りに対する俺の評価がどうなってたかわかりやしない。
ただでさえ去年まで自分で言うのもなんだが暗い性格だったのに雄二レベルまでになるところだった。
「そんな顔して俺のことをみるな! だお」
汗で制服が若干透けた雄二がそう言う。おっと、顔に出てたか。って、俺どんな顔してたんだ?
ただ今俺たちは下校中であり、二度目の上り坂の途中である。一度目の上り坂で元から雀の涙ほどの体力を使い切った雄二に合わせて自転車を降りて押しながら上っている。
押しているのに若干息切れしているのはどうにかならないのかと思うが、前に雄二のバッグを持った時に一体何が中に入っているんだと思うほどに重かったのでしょうがない部分もあるのだろう。
ちなみにその時に中身を見ようとした時にすごい剣幕で止められたのですごく気になっている。
……よし。そんな隣で疲れている幼馴染を巴門理論で元気づけようじゃないか。
「なぁ、雄二聞いたか? 例の噂」
「例の噂? 何の?」
「生徒会長の胸囲バストが判明したってやつよ」
「……何それ! 初耳だお!」
やはり相当疲れているのか少し間があった。しかしいいぞ食いついた。しかしこのまま言うのもなんだな。
ここではしゃいで最後の上り坂の前で休憩を挟まなくてはいけないことになっては少し面倒だ。
次のゲリライベントが始まる前に帰りたいからな。……よし、興味だけ引かせて中身を言うのは次の下り坂の途中でいいか。
「次の下り坂で教えてやるよ」
「……うん」
元気ないな
× × ×
やっと第二の上り坂を上り終え、間髪入れずに二番目にして最後の下り坂の前まで来た。俺も雄二も自転車にまたがり準備は万端だ。
信号が青になった瞬間に俺たちは下り坂へ進んだ。瞬く間にスピードが上がっていく。
トップスピードで会話するのは危険なのでブレーキを掛けながら話すことにした。
「よし、んじゃ話すぞ。驚いてスリップするなよ? 俺も巻き込まれるだろうからな」
「大丈夫だお」
「まぁ、俺も今日聞いた話なんだけどな。SF商会からの情報らしいから信用できると思うぞ。とは言っても俺が直接SF商会から情報を買ったわけじゃないんだが」
「でも間違った情報を拡散する人も少ないと思うお。ただでさえ噂を大きくしないようにして会長本人に見つからないようにしてるからね」
「確かに本人に変な噂を流していることがバレたらキツいな……」
「『美人が怒ると怖い』を現実で再現してる人だからね……会長は」
「だからお前も他人に話すときは気をつけろよ……ってお前は他に言う人がいなかったな。スマン」
「言わなくてもいいことを言わないでほしいお!」
「悪かった。……さて、前置きはいいとしてさっさと話すか」
「ほんとに余計な前置きだったお」
「会長のバストサイズは――ぇ――ぅd――」
俺の宣言を待ってたかのようにドクターヘリが近くの割と大型の病院の屋上で起動した。その騒音にかき消されて俺の声が上手く雄二に届かなかった。
「えー? なんだって?」
今度は前から吹き込んでくる空気を大きく吸って腹に力を込めて言った。
「エ・フ・カ・ッ・プだぁぁぁ!」
「まじかー。あの人着やせするタイプだったンゴねぇ……」
雄二の声は普通に俺に聞こえるのだが何で俺はここまでしなきゃいけないのだろう。雄二の透き通った声というのは時に理不尽だ。
俗に言うイケボに分類されるであろう。彼が昔のままの体系で眼鏡を外したらただのハイスペックイケメンであっただろうに。
いや、それじゃ俺が相対的に不細工に見えるからやめてほしいな。え? 元から不細工だって? ……泣くよ?
自虐はそこまでとして、会長はそんなグラマラスな体系なのにも関らず50m走のタイムが7.5秒らしいからな。下手したら男子より速いし、陸上部の女子もあの人より速いひとはいないんじゃないか? うやったらあんな錘抱えなが らそんなに速く走れるのかねえ……。
雄二は確か前9.1秒って言ってた気がする。
つい、「もうちょっと頑張りなさいよ男子ー」と裏声で言いたくなる。この場合は男子というか雄二なんだけど。
「ん? あれは……?」
遠くに見覚えのある女の人の影が見えた。えっと、確かあれって――
「あの女の人って――!」
「あの女の人が――?」
よしよし、ちゃんと聞こえているな。それに俺は続けて言う。
「言峰先輩じゃない――?」
「な――んて――言った――?」
あれ? さっきと変わらないくらい大きな声で言ったと思うんだが……まぁいいか。
「だーかーらー、実はFカップだった言峰先輩じゃない――!!?」
今度はもっと大声で言ってやった。流石に聞こえたよな?
「聞ーこーえーなーいー」
は?
「もっとおーきな声でおねがいー」
なんで俺はお前の言っていることが全部聞き取れてるのに俺の言葉は聞こえないんだよ。
そんなに俺の声が小さいのか? 段々イラついてきた俺は大きく息を吸って腹から叫んだ。
「だーかーらー!!!!」
通行人の何人かがこちらを振り向いてきた。よし、これなら伝わるはずだ。
「実は着やせしていただけでFカップの隠れ巨乳だった俺らのハイスペック美人生徒会長ッッ!!!!」
例の女の人が振り返る。心なしか顔が少し赤くなっている。
だが、それに構わず俺は言葉を続ける。
「言峰来良先輩じゃないかって聞いてるんだよッ!!!!」
「あー、確かにそうだね……」
おお! 伝わった! やっぱり聞こえんじゃねえか。でもなんでそんなに歯切れが悪いんだ?
まぁ、どうでもいいか。なんかスッキリしたな――。
「止まりなさい」
なんか聞こえる。
なんだろうこの威圧感。誰に向けて言ってるんだろうか。これだけの威圧感をもって言葉を発せるのは言峰先輩くらいだ。やっぱあの女の人は言峰先輩だったのか――、って。
遠くにいた女の人との距離は詰まっており、俺の15mほど先に言峰先輩が通せんぼをするように立っていた。
ということは先ほどの「止まりなさい」は俺か雄二へ向けて放った言葉だということだ。あれ?
でも今回は雄二は何かやらかしたわけでもないし、俺も何かやったわけでは――。
「あ」
やっちまった――。俺は今この人にさっき俺が言った言葉を聞かれたんだ。
まぁ、こんな道端で巨乳やら本名を言われたら誰でも怒るわな。
俺はブレーキを強く握り、止まる。すると俺のところにゆっくりと言峰先輩が歩いてくるのが見える。
その際に言峰先輩が放ってたオーラは今まで見てきた中で最大のものであり、顔が整っているのもあって、耐えよう難い恐怖感があった。
集会や校内イベントで会長が喋る時に話の内容よりも容姿に注目してたのでその変化が良く分かった。
硬直してる俺の横を雄二がすーっと通り抜ける。
その際に「グッドラック」と言ってきた。そう言われてもなぁ……。
ふと思った。
てか、あいつが何度も聞き返さなければ、こんなことになってなくね?
「あ、逃げた」
「ちょっと来い。なに、今は暴力は振るわないつもりだから安心しろ」
「……はい」
目立った外傷は残さないという意味かな?
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