一ノ瀬若菜の「非」日常

@yoyotti

第1話 運命は最初から一本道である

いつの間にか膝が震えていた。そんなはずはないのに血が鼻の中にこびりついたような嫌な感覚が俺を襲う。


 三番目は死んだ。


 しかし目の前の敵は三番目なのだ、少なくともその『力』は


 壁、というのは語弊があるのかもしれない。そもそも壁というのは高さが決まっている。


 上限がある


 この化け物にはそれがまるで見えない。それもそうだ。俺たちの中で誰一人とて前の三番目の全てを知ることはできなかったのだ。


 灼熱の太陽が地面を枯らす。こんなにも暑いのに化け物の吐息は白い。


 やはりあれは三番目だ。しかし俺たちの知っている三番目ではない。


 そして、それは彼もであろう


 刹那——俺と化け物との距離が縮まった


「あとは頼んだぞ――――じ――」





 ×                 ×                ×



 竜見ヶ原市には何があるか、と聞かれた場合多くの学生は「山」と答えるだろう。もしくは自然が豊かだのそんな感じのニュアンスの言葉かもしれない。


 ならば竜見ヶ原には有名な山があるのかと言われてもそうでなないのである。


 唯一有名と言えるのか分からない竜見ヶ原の山と言えば数年前に世界遺産に登録されそうになってなれなかった大木がある山ぐらいだ。


 それなのに多くの学生が山や自然のイメージしか持ってないのは単に他の魅力が無いからである。


 過疎というわけでもないのだが……いや、実際に市長がなぜそれでも人口があまり減らないのか不思議に思っているレベルだ。


 そんな場所にあるこの舞ノ城高校には全校生徒1065もの生徒がいる。しかもそこそこ偏差値が高く、更に制服が良いと評判なので結構人気のある高校だ。


 しかしこれまた人気があるのはその部分だけかよって感じで部活動も剣道部が去年から成績を残していること以外特に突出した点がないのだ。


 簡単に言えば良くも悪くも「普通」なのである。この高校は


「はぁっくしょん! しまったな、マスク持ってくればよかっ、」


「は、は、はぁっくしょん!!」


「ちょ、創はじめ! 左手の隙間から少し漏れてるから! 汚いって!」


 嫌な顔をしながらそう言うのは俺の幼馴染であり、今は落ちぶれてしまった元天才のデブ、椎名しいな雄二ゆうじである。


 俺は胸ポケットから直接鼻の中に噴射するタイプの薬を取り出して両方の穴に一度づつ噴射する。


「最近花粉酷くないか? ついしっかり雄二の弁当にくしゃみを吹っ掛けるところだったぜ」


「そこはうっかりでしょ……」


「なぁ、なんでわざわざ俺たち外に出て食ってるんだ?」


「そりゃ俺が教室で食べるのが気まずいからだお」


「友達作れよ……まぁ、俺も用事とかあるわけじゃないからいいんだけどさ。でも今日みたいにマスク忘れたらやっぱりこの季節は俺にとってはツラい」


「友達いない奴に「友達作れ」って言ったらいけないって学校で習わなかったん?」


「道徳の時間にも習わなかったわ」


 そう言って俺は冷凍ハンバーグを口に入れる。旨い。いや、ほんとに最近の冷凍食品はすごいと思う。

 技術がここ数年で一気に進歩したと感じる。


 おかげもあって今では「レストラン? 冷凍食品の方がよくね?」と言えるほどである。


 俺だけだろうけど。


 でも実際レストランは彼女や友達とかと一緒に行って食べるのならなんというか雰囲気で楽しめるのだろうが、「いや、雰囲気だけだったら映画館とか行けばええやん」と思ってしまう。


 こんなにおいしい冷凍食品でも俺が弁当に多用しないのはすぐ使い切りたくないという理由の他に単純に料理が好きだというものがある。


「実は創に見てもらいたいモノがあるんだけど」


「ん? なんだ? 新しい冷凍食品か?」


「冷凍食品? 何でだお」


「あ、いやなんでもない」


 つい言葉に出てしまった。


「あ、うん。実は……」


 そう言って雄二はスマホを取り出して何やら操作をする。その操作が終わると俺に画面を見せてきた。


 メールの画面だ。


「なんだ雄二。もしかしてお前連絡先交換した人がいるのか? そりゃおめでとう」


「あんまり言いたくないんだけどそうじゃないお。この一番上のを開いてみてほしいお」


「どれどれ……?」


 一番新しいメールであろうものをタップする。


「動画か? これ」


 そのメールには本文やタイトル、更には送り主さえも分からないようになっていた。その代わりに動画が貼り付けてあった。


「見たのか? お前は」


「一応見たんだけどさ、なんか真っ黒でよくわからなかったんだよね」


「それどう見てもイタズラメールとかだろ。なんで俺が見なくちゃいけないんだよ」


「童顔おっとり系新人教師」


 ポチ、という擬音が聞こえてきたと錯覚する。要するに俺は反射的にその動画を開いてしまった。


 雄二も卑怯だ。俺の好きなワードを並べやがって。


 そんなことを考えていると先ほどの雄二の言葉に反し、割とすぐに動画が再生された。


 何となく他人には見られてはいけないような気がして周りに少し目を配る。しかし、ここは外でありわざわざ人があまりこないところを食べる場所として選出しているのであって誰も居ないのは当然のことであった。


 こんな場所に昼休みという学生の一日の中でもかなり重視される時間に立ち寄る人間は不良かそれらが悪さしてないか見回る風紀委員もしくは教師くらいだろう。


 それを確認し終えた俺は再び意識を動画へ向ける。


 まず最初に流れてきたのは砂嵐だった。今テレビでアナログの画面に切り替えると出てくるあの白黒の砂嵐である。


 家でやろうと思えばいつでもスイッチ一つで映し出すことが出来るのだがそんなことをしようと思うこともなく、実際に砂嵐をホラー映画や番組の演出以外で見たのは初めてである。


 だがその砂嵐も時間が経つにつれだんだんと少なくなっていき、映っているものが見えるようになってきた。


 それは人であった。顔や服装はよくわからないが確かに大人であった。ついでに言うと雰囲気が男性っぽい。


「…せい………か………おれは…」


 その男性が喋っているのか途切れ途切れの音声が聞こえてくる。もしかしたら違う人が喋っているのかもしれない。口の動きすらまともに見えないので判断のしようがない。


「ひっどいノイズだお」


「ああ」


「でも……おかしいな。俺の時はまず砂嵐すらも見えなかったお。それに音声だって……」


「静かに。何かまた聞こえる」


「あ、うん。ごめん」


「…いな……ぅじ…………おまえ…ガ…ガ…ガ……」


「ガガガガガガggggAAAAEEEEEE――――g」


 プツン


「あれ、動画終わった?」


 スマホの画面をタップすると、どうやら動画の尺はまだあるようだがシークバーを後の場所へ動かしても画面に変化が何ら起こらなかったので恐らくこれで終わりなのだろう。


「……どうやらイタズラメールみたいだな。そうじゃなかったらっていうロマンはあるが……」


「うん……でも俺が昨日見たときは何も映らなかったんだけどなぁ」


「寝ぼけてたんじゃないのか?」


「そうかもしれないけど……うーん。でもそんな露骨なメールなら直ぐ消すと思うんだけどなぁ」


「確かにな。でも何でお前はその「何も映らない動画」を俺に見せようとしたんだ?」


「え? 何となくだけど」


「なんだよ。そこに大事な情報があると思っていたんだけどな」


 その時、手に持った雄二のスマホの上画面に「ゲリライベント開催!」と書かれた通知が届いた。


 これは俺もやっているゲームの通知である。2年前にサービスが開始されて今や大人気ソシャゲとなっており、その初期勢でそこそこ課金しているちょいガチ勢の俺たちにとってはこういったゲリライベントの周回は欠かせない。


 そんなこんなで俺たちはさっきまでの不思議なメールの事はすっかり忘れてひたすらに周回に励むのであった。


「あ、パーティ選択間違えた。ってここ先制攻撃があるのn――――」



 二人しかいないこの場所で他にそういった悲痛な叫びを聞いたものはいない。


「ん? 悲鳴……?」


 そんなことはなかった。

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