第58話 社
切り裂き魔騒ぎがあった屋台一帯は閑散としていた。
一人戻った社は地面を濡らした血を探した。それはすぐに見つかった。
だが量があまりにも少ない。人を死に至らすには程遠い量だ。
社は無言のまま辺りを探した。
そして、射的屋の台にギロッと睨んだ。
するとぬいぐるみがびくっと動く。
それはよく見るとぬいぐるみでなく、前足が鎌になった白いイタチだった。
無言で見つめる社にイタチは震え出し、遂には飛び出し、頭をぺこぺこと下げ出した。
「すまんっち。すまんっち。わざとじゃないっち」
「かまいたちか。なにがわざとじゃないんだ?」
社は冷たい目を向ける。
「ひいっ!」
かまいたちは涙を浮かべて恐怖した。
「祭りがあるって知っておらぁ山から下りてきたんだっち。そんでこの辺りがあんまり居心地いいんで出店を見て回ってたんだっち。そしたら、誰かがおらの尻尾を踏んだんだっち! おらはびっくりして・・・・・・。それで・・・・・・」
「そして誰かが叫んだと」
「わざとじゃないっち。こんな大事になるなんて・・・・・・。おめえさん陰陽師け? そんなら許してけろ。祓わんでけろ」
かまいたちは何度も額を地面に押しつけた。
経緯を知ると、社の興味はかまいたちから離れ、視線を移動させる。
するともぬけの殻になった屋台で誰かがたこ焼きを食べていた。
「ぬらりひょん。なにをしてる?」
「おや、お坊ちゃん。こりゃあ奇遇で」
ぬらりひょんは禿げた頭をぺしっと叩いた。
「怖え顔だ。まるで祓ってやろうって顔だよそれは。たこ焼き一個。大目に見てもらいたいねえ」
ぬらりひょんはたこ焼きをひょいと食べた。
その間も社は静かな目で彼らを見ていた。
たまに眼球が素早く動くので、烈しく思考しているのが彼らには分かった。
「問題は」社は呟いた。「誰が責任を取るかだ」
社は瞼の上から右目をゆっくりと触る。
「俺しかいないじゃないか・・・・・・」
天を見上げる社。そこには暗闇が広がっていた。
社の後ろからいくつか足音が聞こえた。警察官のものだ。
「そこの君! なにをしているっ!?」
警官は社に尋ねた。
だが社は無視して前を向いた。
「ぬらりひょん。貸しを返せ。でなきゃこの場で祓う」
「おいっ!? 誰と話してるっ!?」
警官の目には社以外は誰も見えない。
社は命じ、ぬらりひょんは答えた。
「・・・・・・お坊ちゃんの頼みならしょうがない。ちょいと待ちな」
ぬらりひょんは着物から四角い板を取り出し、得意げに笑った。
「へへ。孫に買って貰ったんだ。怪異フォン。使ってみると中々便利なもんだ」
そう言ってぬらりひょんは誰かに電話した。
「うん。俺だ。今空いてる奴いるか? うん? みんな百鬼夜行に出た? あほんだら! そんなことしたら喰われちまうぞ。ああそうだ。若い衆にはきつく言っとけ。そうか。おう。ワニザメが。分かった。そいつらをお坊ちゃんのとこによこせ。馬鹿! 俺が祓われてもいいのかっ!? いいから早くするんだ!」
一通り怒鳴ると通話を切り、社に向き直した。
「そういうこった。会社の若い衆には行かないよう言っといたよ。お望みのもんはすぐに来る。お坊ちゃんは目立つからなあ。どこに居たって嗅ぎ付けるよ」
「助かるよ」
社は抑揚なく答えた。
「なあに。お互い様よ。どうやらのっぴきならねえ事情と見た」
ぬらりひょんは怪異フォンをしまい、キセルを取り出し、吹かし始めた。
「こっちからもお願いしたい。俺も見てたがそいつは悪くねえ」
ぬらりひょんはかまいたちを指差す。
「後生だ。助けてやってくれ」
社はかまいたちを見た。
するとかまいたちはびくっと震え、両手の鎌をガチガチ鳴らした。
社は冷たく言った。
「去れ」
それを聞くとかまいたちは顔を明るくさせ、「ありがとうっち」とお辞儀してどこかへぴゅっと走っていった。
そうこうしている内に警官が集まって来る。
一人でぶつぶつと喋る社に警官は警戒していた。
そして彼らの一人が職務質問をかけようと動いた時、後方で何かが強く光った。
「なんだ?」
警官が振り向くと、星読高校の辺りが燃えたように明るかった。
「・・・・・・一体、なにが起きてる?」
「おい! さっきの男、どこ行った?」
別の警官が叫んだ。
「え?」
警官がびっくりして振り向くとそこには誰もいなく、人の形をした紙が置いてあるだけだった。
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