第57話 隼人

 隼人は道路に駐めた車の中で煙草を吹かしながら、祭りの警備など意味がないと考えていた。

(社曰く祭りの日に動くらしいが、わざわざ雲隠れした奴がこんな大勢がいる場所に来るわけがない。ここは警備が強すぎる。弱まってるところはどこだ?)

 無線を聞きながらスマホのマップをいじる。

 しかし神楽町のどこで事件が起こってもすぐに警察が駆けつけられる体制は整っていた。

 隼人は嘆息し、スマホをしまう。だがすぐに何かを思い出してまた取り出した。

(そう言えば二件目の事件。OLの佐藤が殺されたあの現場で鑑識は言ってたな。何かを拭った跡があるって。結局あれってなんだったんだ? 報告受けてないぞ)

 隼人は鑑識課に電話をかけた。

 するとすぐに担当の鑑識官が出て、隼人の質問に驚いていた。

「あれ? ちゃんと報告書は上げたよ。まったく、共有しておいてもらわないと。県警が出しゃばったのかな? ああそう。血を拭いた跡ね。あそこから出たのは容疑者の血液だったよ」

「容疑者って穂村蒼一の?」

「うん。家宅捜索で見つかった髪の毛とDNAが一致したから間違いない。血と一緒に唾液も検出された。つまり口内を切ったか、あと考えられるのは喀血だね」

「喀血・・・・・・? それって血を吐いたってことですか? ・・・・・・・・・・・・まさか」

 隼人は携帯を切り、すぐに蒼一の事件前後の行動を追っていた後輩に電話を掛ける。

 後輩は蒼一が事件前に数週間滞在した島根の出雲にいた。

 何か見つかったかと聞くと、後輩は答えた。

「ああ、はい。僕もさっき知って本部に連絡したんですよ。容疑者はなぜかこっちの病院で診察を受けてます。保険証を使ってないので確認が遅れました」

「それで、内容は?」

 隼人は息を吞んだ。

「えっと・・・・・・。医者が言うには、穂村蒼一は末期の肺ガンだそうです」

 それを聞いて隼人はハッとした。

「そうか。助かった」と礼を言い、通話を切る。

(やっと蒼一がこんなことをした理由が分かった。あいつには・・・・・・時間がないんだ)

 次の瞬間、隼人は異変に気付き顔を上げた。

 さっきまで人通りの少なかった道路に人が溢れていたのだ。

 みんな同じ方向から走ってくる。

 その尋常でない様子を見て、隼人は全てを悟った。

 同時に無線が屋台に切り裂き魔が現われたことを知らせた。

(蒼一だ――――)

 隼人は車から降り、人が来る方向に向おうとした。

 だが視界の隅で何かが動くのが見え、足を止めた。

 古い白のカローラワゴンが隼人の後ろから南に向けて走って行った。

 窓の中が見えたわけじゃない。しかし隼人の勘は強く告げた。

「・・・・・・・・・・・・あっちか!」

 そう呟いた隼人はすぐに車に戻る。

 そこへ浴衣姿の若い女が慌てて走って来た。

「すいません。星読高校まで乗せて下さい!」

「・・・・・・白沢・・・・・・蓮」

 蓮を見て隼人は驚いたが、その抜き差しならない様子に頷いた。

「・・・・・・分かった。そこが蒼一の目的地なんだな。乗れ」

 直接話したことはなかったが、隼人にとって蓮は最早知らない人間ではなかった。

 蓮は「ありがとうございます」と礼を言い、助手席のドアを開けた。

 隼人は運転席から手を伸ばし、置いていたゴミを乱暴に後部座席へ放り捨てる。

 ドアが閉まるのを確認すると、シートベルトも付けずにアクセルを踏んだ。

「あとで全部話してもらうからな!」

 隼人はそう言うが、蓮は無言のままだった。

 蒼一が乗っていたと思われる車は既に見えなくなっていたが、隼人は自分の勘と蓮を信じて高校へと車を走らせた。

 いつもならすぐに着く距離だが、今日は歩行者が多く、おまけに彼らは混乱し、車道にまで出てくるせいで時間を取られた。

 それでもなんとか徒歩より早く星読高校の焦げた校舎が見えてきた。

 駐車場に駐める前、信号で捕まった車に見切りを付け、蓮はドアを開けて飛び出した。

「ありがとうございました」

「おい! ちょっと待て!」

 隼人は呼び止めるが、蓮は校舎へと走って行く。

 赤信号の間、隼人はイライラしながらハンドルを叩いた。

 青になるとすぐに駐車場へと向う。そこには先程のカローラがあった。傷には見覚えがある。

 間違いなく穂村家の車だ。

 どこかに隠しておいたのだろう。こちらは警察の監視車両に入っていない。

 隼人は校舎へと走った。

 久しぶりでいまいち勝手が分からないが、校舎へと入る蓮の背中がちらりと見え、それを追いかける。

 土足のまま階段を登り、屋上へ辿り着く。

 そこで隼人が見たは蒼一に刺された蓮とピクリとも動かず横たわる小白だった。

「蒼一っ! てめえっ!」

 隼人は叫び、本能的に銃を撃つ。

 弾丸は蒼一の左耳に穴を開けた。だが蒼一は動じない。

 蒼一の目を見て隼人は恐怖した。およそ生きた人間のものではなかった。

 生きながらに死んだ、亡者の瞳だった。

 蒼一は隼人を一瞥すると、ベンチの上で眠る小白の方へと向いた。

 隼人は銃を構えるが、冷静になった頭は撃つことを躊躇わせる。

 射線上に小白がいる。外せば終わりだ。

 蒼一は何かを呟き、そしてナイフを持った手を振り下ろした。

 明確な殺意を確認し、隼人はナイフを突き立てられるとほとんど同時に二発撃った。

 その弾丸の行方に隼人は呆然とした。

 小白の下から闇が生まれ、そこから這い出た淀みが蛆虫に変わり、銃弾を飲み込んだのだ。

 弾は何にも当たらず消滅した。

 隼人は背筋を振るわせた。

 背後に感じた気配に振り返ると空から何かの大軍が襲来したのだ。

 そこには信じられない光景が広がっていた。

 鬼、骸骨、怨霊・・・・・・。

 無数の妖怪、悪鬼悪霊、魑魅魍魎、異類異形の民がなだれ込むように小白へと向っていく。

 厄に飢えたこの世ならざる者達の姿を隼人はしっかりと捉えていた。

「おいおい、ふざけんなよっ! 全部本当だって言うのかよっ!?」

 隼人は慌てて蓮に駆け寄り、血にまみれながら抱きかかえ、屋上の出口へと走った。

 身を低くして、なんとか鬼達を躱し、出口に飛び込んだ。

 すると揺れで蓮が目を覚ました。

 小白の状況を知った蓮は暴れ出した。

「はなして・・・・・・ください。小白・・・・・・。小白・・・・・・!」

「馬鹿野郎! お前の手当が先だ! 動くな! 死ぬぞ!」

「死んでもいい・・・・・・。だって小白は・・・・・・、小白だけはあたしのことをシロちゃんって呼んでくれるんです。小白が死んだらあたしは一人になる・・・・・・! そんなのもういやだ!」

 蓮は泣きながら小白に手を伸ばした。

 だが隼人がドアを閉めると無情にも視界が塞がる。

 絶望の表情を浮かべ、蓮は叫んだ。

「小白っ! 小白っ! はなして!」

 暴れる蓮を必死に抱きしめ、隼人は階段を降りる。

 闇から逃げるように、現実への逃避を謀った。

 だが逃げるべき闇が突如として光った。

 温かな光がドアに取り付けられた窓から隼人達を照らす。

 隼人は足を止め、振り返った。

 そして蓮と共に唖然とした。

 光が、咆哮していた。

 なにか、とてつもなく大きなものが光の中から生まれようとしている。

 その光の出所はちょうど小白の居た場所に思えた。

「今度はなんだ・・・・・・?」

 隼人は茫然として尋ねる。

 それに満身創痍の蓮が答えた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小白だ」

「は? 緋神小白? あの子がなんだって言うんだよ?」

 気を動転させる隼人。

 すると窓が割れ、光が炎となって階段にまで入って来た。

 ここに居ては危ないと隼人がまた走り出す。

 だが、彼の目は確かに見ていた。

 神々しい光の中から何かが生まれた。

 それは高い声で鳴き、炎を纏い、生み出す。

 隼人はそれを知っていた。

 蒼一の家で見た掛け軸に描かれていたものとそっくりだったからだ。

「朱雀・・・・・・」

 隼人はその名を呟き、応えるように炎帝は啼いた。

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