第56話 蒼一

 蒼一は隠していたカローラを星読高校の駐車場に駐めた。

 地域との親和の為、四神祭の日は部活等の活動全般が休みだ。

 校内は抜け殻のように誰もいない。蒼一が通っていた高校は時間が止まったようにそのままの姿を留めていた。

 眠らせた小白をお姫様抱っこし、慣れた足取りで校内に入る。

 階段を一段上がるたびに昔を思い出した。

 学生だった頃三人で登った階段だ。

 伊月葵。緋神真一郎。そして穂村蒼一。

 高校からの関係だったが、仲は良かった。互いに互いを一生の友人だと思っていた。

 だが、葵は屋上から飛び降り自殺し、真一郎は何者かに殺された。

 蒼一は自らの思考に自ら答えながら階段を登って行く。

(友人は死んだ。友と呼べる者は)

「もはやない」

 両親は病気になり、気付けば息を引き取った。

(家族は死んだ。肉親と呼べる者は)

「もはやない」

(今ならなぜ葵が死を選んだのかよく分かる。他人といることで孤独が強調されるんだ。孤独は無味無臭、死ぬ直前まで気付かない猛毒だ。僕はそれに気付いてやれなかった。幼くして両親をなくした人間を理解してやれなかったんだ。もっと葵に寄り添ってあげられていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。だけど、後悔はない。帰る場所は)

「もはやないんだ」

 高校時代に盗んでおいた鍵を使い、屋上に出ると、蒼一は小白をベンチに寝かした。

 するとどこからか鴉が飛んできてフェンスの上にずらりと並んだ。

 鴉たちは一つの鳴き声も上げず、黙って蒼一を見下ろす。

 ここ数日眠れていない蒼一は疲れた顔で鴉達を睨んだ。

 だがすぐに視線を眠る小白に移した。

 小白は視える者が視ても何も感じないように思える。

 だがそれが偽装だと蒼一は知っていた。

 ポケットからナイフを取り出す。すると一羽の大鴉が老人の声で低く言った。

『もはやない』

 同時に階段を駆け上がってくる足音が聞こえ、蒼一は振り向いた。

 開きっぱなしになっていたドアから白沢蓮が息を荒げて現われた。

 蓮は蒼一の持つナイフを見て、顔を強張らせる。

「・・・・・・小白になにする気ですか? 穂村先輩・・・・・・」

「この子は厄抱えなんだ。それもとびきりの厄を抱えている。誰かの手によって封がされているけどね。だから剥がして引きずりだす。厄を。いや、神を。そして・・・・・・」

「小白には、なにもしないって言ったじゃないですかっ!?」

 蓮は蒼一に近づいていく。

 蒼一は無気力な瞳で答えた。

「そう言わないと、僕はお前まで殺さなければいけなくなる」

 蒼一は小白に向き直し、ナイフを向けた。

「それは、やっぱり悲しいんだよ」

「小白から離れろっ!」

 蓮は巾着から隠し持っていたスタンガンを取り出し、スイッチを入れて蒼一に襲いかかった。

「だけど今の僕には」

 蒼一は振り返り、すっと一歩前に出た。突き出された蓮の手首を掴む。

「その気持ちさえも」

『もはやない』

 大鴉がまた低く言う。

 同時に蒼一は蓮の横っ腹にナイフを刺した。

「こ……はく………………」

 力を失った蓮は最後まで小白を見つめ、涙を流してゆっくりとその場に倒れる。

 血を流す蓮を見ても蒼一には何の感情も湧かない。

 蒼一は空虚な瞳でナイフについた血を払い、傷つく蓮を見下ろしていた。

(急所は外したけど、このままならどうせ出血死する。なら、殺してあげるのも情か)

 そう思い、蒼一が倒れた蓮に手を伸ばした。

 その時再びドアから人影が現われた。

 状況を見て、隼人は銃を構えて叫んだ。

「蒼一っ! てめえっ!」

 隼人はほとんど本能的に引き金を引いた。

 弾丸はまっすぐ進み、蒼一の左耳を撃ち抜いた。

 蒼一の耳から血が流れる。鼓膜が破れ、音が片方消えた。

 それでも、蒼一はなにごともないように静かに立っていた。

 隼人を気にせず、小白の方へ向き直す。

 こんなことがあっても小白は起きなかった。

 薬で寝ているのではなく、痛みで気絶していたからだ。

 蒼一は血を流しながら静かに告げた。

「逢魔が時は過ぎた。今、悪鬼の列は振り返り、魑魅魍魎はその厄を喰らわんとす」

 蒼一がナイフを振り上げるのを見て、隼人は再び銃を向けた。

「やめろっ!」

「妙・法・蓮・華・経・呪・詛・毒・薬」

 蒼一は胸の前で九字を切り、そして小白のナイフを突きつける。

「僕は待った。残された時間は」

『もはやない』

 大鴉が低く言う。

 それと同時に、蒼一は小白に突きつけたナイフを胸から腹の方へ勢いよく引いた。

 緩められた帯は下にずれ、浴衣から覗く肌が増える。

 そして、そこには一本の赤い線が描かれた。

 その瞬間、辺りに闇が生まれ、それは広がり、深くなり、全てを包み込んだ。

「わが魂は床に延びる鴉の陰に落ちたまま、引き上げられることは――もはやない!」

 気付くと鴉は消えてなくなり、代わりに小白から吹き出す厄を求めて百鬼が屋上へと押し寄せた。

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