第55話 小白

「これ、持っててくれるかな?」

 ベンチから立ち上がり、屋台に遊びに行こうという時、社はそれを小白に渡した。

「・・・・・・えっと。これ・・・・・・ですか?」

 小白は人の形に切り抜いた紙、人形を受け取り、不思議そうに首を傾げる。

 小白の小さな手にすっぽり収まる人形は可愛くさえ思えた。

 渡した社はニコリと笑う。

「うん。俺が作ったお守り。嫌ならいいけど」

「い、いえっ。嫌じゃありません。ありがとうございます。大切にします」

 深々と頭を下げる小白。

 巾着袋に人形を入れようとするが、社に止められる。

「いや、身に付けておいて欲しいんだ。帯にでも挟んでおいて」

「わ、分かりました!」

 小白は言われた通りに帯に挟んだ。

 折れないように丁寧に扱う様を見て、社が微笑む。

「ありがとう。じゃあ、射的でもやろうか。こう見えて結構上手いんだ。小さなぬいぐるみぐらいなら取ってあげられると思うな」

 それを聞いて小白は喜んだ。

 昔持っていたぬいぐるみはあの事件で全て燃えてしまっていたからだ。

 伯父の家に来てからは遠慮して欲しいとは言えなかった。

 小白はウキウキしながら歩き出す社についていく。

 普段より大きく見える社の背中。部活をやっているせいかよく見ると筋肉質だった。

 目線を落とすとそこには小白より大きな、それでいて綺麗な手があった。

 手を伸ばせば届く場所にあるが、まだ小白にその勇気はない。

(先輩から・・・・・・繋いでくれたらなぁ)

 淡い期待を抱く小白だが、残念なことにその気配はない。

 側に居られるだけで幸せだったのに、気付けばもっともっとと求めてしまう。

 距離が近すぎて、自分にその資格があると思ってしまう。

 だけど小白は社を見てふと思ってしまう。

(・・・・・・わたしのこと、見てくれてるのかな?)

 ごくたまに社の瞳は恐ろしいほど冷たく感じられる。

 それこそこの世のものでない景色を見ているかのように。

 かと思えばその奥は炎のように燃えている気もした。

 穏やかな外殻に烈しい核を持つ生き物みたいだ。

 見ていると吸い込まれそうになる灰色の瞳。

 まるで魂まで見透かすような透き通った視線。

 見えざる世界を捉える目は眼前の景色をどう色づけているのだろうか。

 いつの間にか小白はぼーっとしながら社を見つめていた。

 すると視界がモコモコと変わる。

「はい。どうぞ」

 優しく笑う社の手には黒猫のぬいぐるみが持たれていた。

 小白は呆けながらそれを両手で受け取り、そこでようやく我に返った。

 社とぬいぐるみを交互に見る。そして事態を飲み込むと嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめた。

 小白は幸せの絶頂にいた。

 だが、それは悲鳴によって脆くも崩れ去る。

 甲高い女性の悲鳴。太い男性の悲鳴。

 それらがいくつも絡み合い、その危険がただ事ではないと伝えた。

 悲鳴は小白達の前方から聞こえた。人混みで何が起こったのかは見えない。

 しかし何か尋常ではないことが起こったとここにいる誰もが理解した。

 そして誰もが逃走中の連続殺人犯を思い浮かべた。

 誰かが叫んだ。

「あいつ、刃物を持ってるぞ!」

 たったそれだけで辺りにいた人間は毒でも回ったかのように悲鳴を上げて走り出した。

 すぐさま人の濁流が何本もできる。

 あっという間だった。

 小白と社はすぐ側にいたのに、違う濁流に飲み込まれてしまう。

 小さな小白が人波に流されながら、別方向の社へ手を伸ばした。

「先輩っ!」

「待ってて! きっと俺が助けるから!」

 社も手を伸ばすが届かない。

 二人は正反対の方向へと離れていった。

 立ち止まることは許されない。もし倒れれば踏み潰される。

 そこからどれくらいの距離を移動しただろう。

 大きな通りに出ると皆がバラバラの方向へと走り出す。

 携帯で電話したり、安否を確認し合ったりしている。何人かの警官が人波と逆走して行った。

 小白は社を探したが、人混みがひどくて見当たらない。

「先輩っ!? どこですか!? 雲龍先輩!」

 小白が見た限り社は北上する流れに巻き込まれていた。

 対する小白は南下してしまった。

 小白は恐怖を押し殺し、悲鳴が聞こえる方へと歩き出した。

 だが、少し歩くと肩に手を乗せられる。

 社かと思って振り向くと、そこにはいつの日か会った兄の友人が居た。

「社君ならこっちだ」

 穂村蒼一はそう言って小白の腕を掴み、人気のない方へと連れて行く。

 突然のことで小白は気を動転させていた。社に会えると言われ、言われるがままについて行く。

 殺人事件ということもあり、伯父や従姉は小白にニュースを見せようとしなかった。

 そのせいで小白は犯人の名前は知っているが、顔は知らなかった。

 蒼一はどんどん路地へと進んだ。その先には二車線の道路があり、古いワゴンが泊まっているのが見えた。

「あ、あのっ・・・・・・。先輩はどこに――――」

 小白が尋ねた時だった。

 蒼一は立ち止まり、小白の腹を殴った。

 小白は急に酸素を奪われて息ができず、その場にうずくまる。

 次に何か薬品の匂いがする布で口と鼻を覆われた。

(せん……ぱい……………………――)

 二、三度呼吸をすると、小白の意識は闇へと落ちていった・・・・・・。

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