第49話 蓮

 蒼一が身を隠してから一週間が経った。

 この分では警察は蓮と蒼一の関係には気付いてないようだ。

 もし気付いていたら蓮の父親が管理する物件を集中的に探すだろうが今のところその気配はない。

(・・・・・・あと少し。あと少しで全部終わるんだ・・・・・・)

 学校にいる間もそのことばかり考えてしまう。夜はほとんど眠れないし、食欲も落ち、体重も三キロ減った。元々細かった体が更に細くなる。

 それでも家には帰りたくなかった。帰ってもどうせ一人だからだ。

 こうやって部室に小白といる方が蓮には幸せだった。

「シロちゃん・・・・・・。大丈夫? 肩、痛いの?」

 小白が心配そうに話しかける。

 蓮はなんとか笑顔を作るが、それが逆に痛々しかった。

 自分で刺した肩は確かに痛んだ。だけどその何倍も心が傷ついていた。それでも蓮は一つの思いを支えに何とか立っていた。

(小白は、あたしが守らなきゃ)

 蓮は小白に近づいて、ぎゅっと抱きしめた。

「ありがとね。小白。あたしは大丈夫。こうやってれば痛みなんて吹き飛んじゃうから」

 事実、小白の体温を感じると蓮の心は安らぎを覚えた。

 腕の中で小さな小白が恥ずかしそうにじっとしている。

 ずっとこうしていたい。蓮がそう思った時、入り口のドアが開いた。

「おっと。ノックはしたんだけど・・・・・・。お邪魔だったかな?」

 さすがの社も女の子二人が抱き合っているとは思わず、驚いていた。

 その後ろでは詩織が顔を真っ赤にしている。

「せ、先輩っ!?」

 社を見て小白は恥ずかしそうに声を上げ、蓮から離れた。

 蓮は自分から逃げる小白へ愛おしそうに手を伸ばすが、すぐに引っ込め、社を睨んだ。

「・・・・・・なんの用ですか? お招きした覚えはありませんけど」

「うん。蒼一の件で聞きたいことがあるんだ。たしかここのOBだったはずだから」

「なにも知りません。あたしが入学する前に卒業した人ですから。警察の人も――」

「蒼一は本が好きだった」

 部室に入りながら、蓮の言葉を遮って社は語り出した。

「中でも、ポーがお気に入りだ。俺も薦められて読んだけど、モルグ街の殺人には驚いたね。密室で人が殺される。犯人は誰だ? みんなが推理しながら読むんだ。そして読み進める中で念頭に置かれることがある。犯人は人間だと。人を殺すのはいつも人だ。誰もがそう思う」

「・・・・・・ミステリーが語りたいんだったらミス研に行ったらどうですか? それとも先輩にはオカルト研究会の方がいいですかね?」

 蓮はわざとらしく苦笑した。

 皮肉を言われて社は笑った。そして見つけた会誌を手に取り、ぺらぺらとめくる。

 社はそこである写真を見つけた。蒼一が葵や小白の兄、真一郎と一緒にいる写真だ。

 次に社は小白を見た。優しい眼差しを注いだあと、また蓮を見て、会誌を閉じた。

「取材の準備はいいのかい? 今から話すことは君の独占スクープだ。しかも全部事実ときてる。記者がこれを見逃すのは、目の前に転がる宝石に手を伸ばさないようなものだよ」

「スクープ?」

 蓮の警戒感が増す。

「そう」

 社は頷いた。そしてわざとらしく言った。

「なんと驚くべきことに、今回の事件にはある呪いが関係しているんだ!」

 突然始まった演説に小白と詩織はぽかんとしていたが蓮だけは目を見開いていた。

 社の話は続く。

「俺の友人である蒼一こと穂村蒼一は我が神楽町に九字の護法をかけようとしている。九字を使って悪鬼悪霊を呼び、あることを企んでいるわけだ。それはなにか?」

 社は皆に問いかける。

 だが返答は返ってこない。社は続けた。

「ならそれはあとにしよう。ではなぜこの時期なのか? この町に住んでいる人なら思い当たるイベントがある。それは?」

 社は小白の方を見た。小白は久しぶりに会った社に顔を赤くして答えた。

「四神祭・・・・・・ですか?」

「正解だ」社はニコリと笑った。「そもそも、祭りとはなんの為にするのか? りんご飴を食べる為だけじゃない。祭りとは神を招き、もてなす為にするんだ。祀られた神々にいつも見守ってくれてありがとうとお礼を言うんだよ。その為に踊りを踊ったり、真言を唱えたり、お供えをしたりするんだ。それに乗じて俺達神社はお金を恵んでもらうんだけど」

 社が笑うと、詩織は居心地悪そうに目を背け、小白は複雑そうに笑った。

 ただ蓮だけは冷たい瞳を社に向け続けている。

 社は蓮の視線から目を背けない。

「四神祭で祀られる神は文字通り四神だ。北の玄武、東の青龍、南の朱雀、西の白虎。これらの守護獣にはそれぞれ様々な意味がある。五行で言えば水木火金。この場合、麒麟や黄龍を土に置くんだ。四神を土地の性質に当てはめることもある。丘、川、池、道とね」

「あの」

 蓮がうるさそうに遮った。

「その話と今回の事件にどんな関係があるんですか?」

「大ありだよ。蒼一が住職をやっていた剛炎寺は神仏習合の寺だ。この町で南に位置する剛炎寺は朱雀を祀っていた。朱雀は五行で火にあたり、土地の性質では池を持つ」

「池? 池なんてあの辺りにはありませんよ」

「それが、あったんだ」

 社は声のトーンを落とした。

「俺達が生まれる前、蒼一達が生まれる一年前まではね」

「・・・・・・え?」

 蓮は言葉を失った。

「農業用水で使われていた溜め池だった。だけど町の開発が進み、農地がなくなると必要性もなくなり埋め立てられる。この町は元々四神の考えに基づいて造られていた。北にうちの神社が立つ小高い丘があり、東の山からの川が流れ、南に溜め池が、西からは県道が延びている。だけど、その一つを無知な大人達は金の為に取り除いたんだ。そして、悲劇は起こった」

 社は窓の外を見た。

 そこには校舎の壁に炎が伝った跡が残っていた。

「蒼一が生まれた年、町を大火事が襲った。多くの家が燃え、人が死んだ。まだ幼かった蒼一も右手に火傷を負った。その当時はそんな子供が珍しくなかったんだよ。出火元は今でも分かってない。気付いた時には火は燃え広がり、町を包んだ。当時風が強かったことも災いしたらしい。溜め池を埋めて一年後に大火事だ。当然宮司や住職は危惧したわけさ。人が信じる心をなくしている。いや、もはや何も信じられなくなっている。そんな時代になってしまったと。その年から地主や地元企業からの献金もあって四神祭は大々的に行われることになった。痛みを知らないと人は学ばないんだね。歴史はそんな教訓を与えてくれるんだ」

「だからそれがどうしたって言うんですかっ!?」

 蓮は苛立って叫んだ。

 小白が驚いて蓮を見上げる。

 小白の顔を見て蓮はハッとして顔を伏せた。

「さっき言っただろう?」

 社は静かに言った。

「蒼一は悪鬼悪霊を集めようとしている。そして四神は守護霊獣だ。町に悪い気が集まれば、彼らが動き出すのは必然の理さ。例えば鬼門のことを艮という。そして虎は聖獣だ。ではなぜ鬼門が艮と言うのか? それは虎が悪鬼を食べてくれると言われているからだ。危ない場所にはそれを払う為の守護霊獣を待たせておけば安心できるというわけさ。そしてそれが今、この町で四神によって行われようとしている。もし鬼が群れを成してやって来る百鬼夜行ともなれば、聖獣と悪鬼の大戦が始まるだろう。そこで悪鬼が勝てば町は滅びる。今度は大火事じゃ済まないだろう。大地震か、北の玄空山が噴火するかもしれないね」

「・・・・・・そんな、ノストラダムスの大予言みたいなことを信じろって言うんですか?」

「いや。信じなくていいよ。こんなことは起きないし、俺が起こさせないから」

 社は平然と言い切った。

「そう思ってるのは蒼一も一緒だ。その為の九字だよ。結界を張って悪鬼悪霊を自由に動かせなくするつもりだ。このことから分かることがある。蒼一の狙いは二つに一つだ」

 社は蓮を見て言った。

「鬼か」

 次に小白を見る。

「神だ」

 小白は不思議そうに「神?」と首を傾げる。

 そんな中、蓮は一人驚愕していた。

(この人、全部分かって言ってる。つまり、これは警告だ)

「その通り」

 社が頷いたので蓮は慌てて顔を上げる。

 その目が社としっかり合った。

 社はニコリと笑い、蓮は心底恐れた。

「俺の予想が合っているなら、蒼一は二度動く。一度目は九字を完成させる為。そして二度目は百鬼と四神を祭りで集め、目的を果たす為。俺はどちらもさせる気はない。蒼一は完璧主義者だ。それは占い師の瀬在をわざわざ殺しにきたことからも明らかだ。九字を完成させなければ、その先に進める性格じゃない。だから――」

「それは・・・・・・無理でしょうね・・・・・・」

 社の話を遮って、蓮は悲しげに告げた。

「あたしが調べた犯人は計画的で思慮深い人です・・・・・・。誰かが、自分の計画に気付くことも考えているでしょう」

「シロちゃん・・・・・・?」

 蓮の言葉に小白は不安そうに見上げた。

 だが社は違う。微笑は崩れ、目を見開く。瞬く間にその決意は焦燥に変わった。

 社を見て詩織も事態に気付く。

 社は口に手を当て、目を忙しく動かした。それが思考の速さを物語る。

 そして社はがくりと肩を落として天井を見上げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか。・・・・・・・・・・・・遅かったか」

 後悔が混じった声が部屋の床にぽとりと落とされた。


 この翌日、町の南、県道沿いの雑木林から捨てられたトランクが見つかった。

 その中には行方不明になっていた女子校生、前田花乃が九つに切られたバラバラ死体が発見された。

 警察が調べたところ、前田は瀬在佐和子が蒼一に襲われた日に殺害されたことが分かった。

 トランクからは穂村蒼一の指紋が見つかり、この事件は連続殺人の一つと警察は判断した。

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