第47話 蒼一

 穂村蒼一は暗く狭い部屋で椅子に座っていた。

 町外れにある白沢蓮の父親が管理するというこの平屋には、ここ数年誰も借り手がいなかった。

 この町にはそんな家やアパートがいくつかあり、蓮は合い鍵を持ち出してはそういったところで泊まったりしている。

 ここは昔、新聞部のメンバーで合宿をした場所に一つだった。

 がらんとした室内。カーテンは全て閉められ、あるのは古い木製の椅子と持ち込んだデスクライトくらいだ。

 ライトで手元を照らしながら、蒼一は本を読んでいた。

 エドガーアランポーの一節を何度も読み返す。

『人間は、してはならないという理由で、してはならないことをする』

 邪鬼と銘打たれたこの短編の一文は、蒼一をひどく惹き付けた。

 自分の中にある葛藤。

 使命と殺人の間に揺れる蒼一が自らを理解する為に、その一文は機能していた。

 自分がおかしいのではない。人はこういう風にできているのだ。

 そう思うと気持ちが楽になった。

 紙一重で切り離した白沢蓮からの連絡で、占い師の瀬在佐和子が一命を取り留めたことを知ると蒼一は動揺した。

 やはり天は自分の行為を許していない。

 不安はあったが、こういう形で分からされると気持ちが沈んだ。

 自ら命を絶つことを何度も考えた。

 だが日が経つにつれ、そんな気分も随分和らいだ。

 己に課した使命が辛うじて蒼一をこの世に繋いでいた。

(僕にはやるべきことがある。ここまでやったんだ。もう止まらない。止まれない)

 蒼一は壁に張ったカレンダーを見た。六月の終わりに丸がつけられている。

「・・・・・・・・・・・・あと一人、血を流す必要がある」

 自らに言い聞かせるように、蒼一は闇へと呟いた。

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