第46話 社

 あれから二日が経った。

 蓮の証言や蒼一の犯行から、社の容疑は弱まっていたが、それでもまだ確たる証拠がないので外には出られないでいる。まだ共犯者の線が残っていたからだ。

 そのことに社は文句の一つも言わず、何かを待つように静かに過ごしていた。

そして今、ようやく面会を許された社が部屋を移動する。

 真ん中に小さな穴がいくつか開いたアクリル板で区切られた面会室。

 その向こうには母の清子と詩織が座って待っていた。

 心配そうな二人に社はいつも通り笑いかけた。

「手錠をされなくてよかった。二人には見せたくなかったから。琴音は元気?」

「・・・・・・はい。・・・・・・いえ」

 清子は歯切れ悪く答えた。

 「心配してるわ。社さんが捕まったって聞いて泣いてました。体調はどう? 寒くない?」

「うん。割と快適だよ。部屋にトイレがあるのを除けばね。知ってる? 中で食べ物を買えたりするんだ。財布は忘れたけど、お守りに五千円札を入れといてよかったよ」

 社は呑気に答えるが、清子と詩織は暗い顔のままだ。

 清子は嘆いた。

「こんな時、司さんがいてくれれば・・・・・・。ああ……、どうしてこんなことになってしまったんでしょう」

「因果だよ。世界は繋がっているんだ。横にも、縦にも。会ったこともない他人でさえ、そしてその人との過去でさえそうだ。気付かないだけでしっかりと繋がっているんだよ。そういった見えない数式の上でこういった答えが出ただけさ。だから正しくもあるんだと思う」

「・・・・・・そうなのかしら。お母さん、あまりよく分からないわ。だって、社さんが悪いことをするわけないじゃない。ねえ? そうでしょう?」

 自分を信じてくれる清子を見て、社は少し寂しげに微笑む。

「・・・・・・何が良いか。何が悪いか。それは俺にも分からないよ。・・・・・・ただ、俺は俺が正しいと信じたことしかやりません。だから世の中としては間違っているのかもしれない。それでも、まだ俺を信じてくれますか?」

「ええ」

 清子は即答した。

「信じるわ。自分の子が信じられない親がいるもんですか」

 それを聞いて社は嬉しそうにした。

「よかった。それを聞いて少し救われました」

 次に社はずっと俯いたままの詩織を見た。

「詩織。心配かけたね。ちゃんと学校には行ってる?」

「・・・・・・はい。隼人君がうるさいので」

 詩織は珍しく不満そうだった。

「犯人は別にいたんでしょう? どうしてまだ出られないんですか?」

「さあ」

 社は肩をすくめる。

「色々事情があるんだろう。政治とか縄張りとか。そんなことより、俺が言ったことをしてくれたか?」

「はい。弁天岳の清水で言われた物を清めて貰っています。司さんの名前を出したら快諾してもらえました」

「たまにはあいつも役に立つな」

 社は笑った。

「必要になるかは分からないけど、用心に越したことはない。あとは、覚悟の問題だ」

 社の言葉に詩織はまた俯いた。

 清子は話が分からず不思議そうにしていたが、無理に聞き出すことはしなかった。

 清子は遠慮しながら告げる。

「一応、司さんに電話をかけてみたんだけど、社さんなら大丈夫だろうって」

「いいよ。あいつになにかして貰うつもりはない。手出しされるだけ邪魔だ」

 社は呆れ切って司の話題に顔を背ける。

 清子は寂しそうに「ごめんなさい」と謝った。

 その後、差し出しや学校の話をいくつかして面会の時間は終わった。

「じゃあね。また明日来ます。琴音も連れて来るわ」

 清子は名残惜しそうに出口へ向った。

「うん。ありがとう」

 社は礼を言うが詩織は立ったまま動かなかった。

 それを見て何かを察した清子は先に退室する。

 社は黙って詩織を見ていた。

 詩織は何も言わず下を向く。

 すると社は手を伸ばして、アクリル板に手の平を付ける。

 それを見て詩織は顔を上げた。

 泣きそうな顔で社に近づき、板を挟んで手を合わせた。

「俺は大丈夫だよ。だからそんな顔しないでくれ」

「どうして、あなたばかりが苦しまないといけないんですか・・・・・・・・・・・・」

「それが俺の役割なんだろう。俺にしかできないんだ。嘆くより誇った方が良い。俺を憐れんでくれるなら、最後まで力になってくれると嬉しいよ」

 強く、そして優しく社は言った。

 詩織は泣きそうになりながらも、なんとか涙を我慢し、頷いた。

 胸が張り裂けそうになりながらも笑顔を見せる。

「・・・・・・はい。例え行き先が闇でも、私はあなたについていきます」

 詩織の覚悟に社は痛烈な責任感に襲われた。

 一瞬、息ができなくなる。だがそれを押し込め、いつも通り微笑を浮かべた。

「ありがとう。詩織がいればそこが例え闇の中でも心強いよ」

 そのあと、警官に促されて社は部屋から出て行った。

 詩織は見えなくなった社の背中をじっと見つめていた。

 通路で担当の婦警が社に言う。

「良い子ね。大事にしないとだめよ」

「・・・・・・はい。でも俺といたら不幸になる。だから今回で最後です」

 社の暗い表情に事態の深さを見た婦警が「どういうこと?」と尋ねた時だ。

 後ろから隼人が慌てた様子で走って来た。

「それちょっと待って。おい! 社! 約束だぞ。ちゃんと話せよ」

 隼人の態度に全てを悟った社は小さく笑った。

「そうか。ようやく起きたか」

 そして憐憫な瞳を窓の外に広がる青空に向けた。

「憐れだな。蒼一」

 その後、意識を取り戻した瀬在佐和子の証言により、その日のうちに社は釈放された。

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