第45話 社

 留置所の夜は気味の悪い程の静寂が支配していた。

 他人の寝息や遠くで車が走る音は聞こえるが、それもすぐ沈黙に掻き消される。

 社は敷かれた布団に入らず、壁に背を持たれて何かを待っていた。

 隠し持っていた腕時計を取り出し、時間を知る。

 留置所には時計がない。それはつまり時間がないのと同義だった。

 この空間にいると人はどうしても自らの過去を思い出す。

 そしてそれが決して動かないことを再確認するのだ。

(あの時も・・・・・・、今回も・・・・・・、もっと良い方法があったんだろう)

 社が占い師の瀬在と偶然出会った時、彼女は狙われるかもしれないと感じた。

 社には瀬在の手に、あの時阿澄に見た黒い淀みが見えたのだ。

 他人の厄を自らのものにしてしまう厄抱え。瀬在はそれだった。

 彼女の名前も気になっていた。

 もし犯人が厄抱えを狙っているとしたら、殺すなら瀬在だ。

 瀬在を守る為、社は共に帰る選択をした。だが強引すぎたのか途中で逃げられてしまう。

 離れた時にこの距離なら大丈夫だろうと社は思った。

 それが間違いだった。

(きっとあいつは闇の中で俺達を狙っていたんだ。それが見えてさえいればな・・・・・・)

 名前を呼ばれたと思い社が駆けつけてみると、瀬在は血を流し、倒れていた。

 それを見て社は思った。ある意味自分が殺したんだと。

「・・・・・・二度目はないぞ」

 社は呟き、腕時計をポケットにしまった。

 すると外が少し騒がしくなった。

 留置所の担当者が誰かと話していた。それは会話というより、忠告に近かった。

「もう、どうなっても知りませんよ?」

 担当者が呆れて誰かを中に入れた。

「助かるよ。もうすぐナースと合コンあるんだ。お前も呼んでやるよ」

「まじですか? なら黙っといてあげます」

 若い担当者は嬉しそうに隼人を中に入れた。

 留置室まで来た隼人が何か言う前に社は告げた。

「病院だ」

 社は手元を見たまま言った。

「え? 病院?」

 隼人は先手を取られて驚く。

「静かにしろよ。皆さん寝てるんだ。カツ丼も結局自腹だったし」

「・・・・・・お前、やっぱり知ってたんだな」

「まあな。阿澄の部屋にいた鬼はジキタだった。あれは僧侶が施しを偽った時になる鬼だ。きっと蒼一が置かせた何かに惹かれて阿澄の部屋へ行ったんだろう。それこそ招かれてな。そいつが火傷のある奴がなにかをやっていると言えば、自然と蒼一が思いつく」

「ならそう言えば――」

「一体誰が信じるんだ? 鬼の意味を言っても。その言葉を伝えても。お前達は信じないだろう」

 社の説明を聞いて、隼人は悔しそうに俯いた。

「・・・・・・だから、若い男を調べろって言ったのか」

「俺としても確信があったわけじゃないからな。むしろ、そうあってほしくなかった。あいつは俺と同じ世界を共有し得る数少ない一人だから」

 社が寂しげに嘆息すると隼人は言葉に詰まった。

 それを見て社は肩をすくめる。

「後悔は終わってからで良い。あいつは自分の呪いに取り憑かれてる。例え意味がなくても瀬在を殺すだろう。いや、傍から見れば意味がなくても、本人からすればあるんだろうな」

「なんで瀬在は狙われるんだ?」

 隼人は意味が分からないと尋ねる。

「理由は二つある。性質と名前だ」

 社は淡々と答えた。

「名前? じゃあ瀬在佐和子って名前のせいで彼女は襲われたのか?」

「説明はあとでするよ。今は時間がない。これを持って病院に行ってくれ」

 社は人形を取り出し、差し出した。

 隼人は人形を受け取り、怪しげに見つめる。

「・・・・・・これがなにか役立つのか?」

「祭りの時には名簿に記入して貰うんだ。それを切り取って作った人形だ。本人が直筆で本名を書いてる。俺がその気になれば人を殺せるよ」

「殺す? この紙で?」

「それほど名とは重要なんだ。それこそ人間の生き方を決めてしまうほどな。蒼一の程の人間を呪い殺すことは無理だが、頭に血が上っていれば騙すことくらいはできるだろう。瀬在を移して元居たベッドにでも忍ばせておいてくれ」

 社の指示を聞き、隼人は仕方なく人形をポケットに入れた。

「・・・・・・まあ一応もらっとくよ。病院だな? 行ってくるからあとでちゃんと喋れよ」

 隼人はまだ納得してない様子だが、社を信じて走り出した。

 すると社が言った。

「隼人」

 隼人は足を止め、社の方を向いた。

 その時、社もようやく隼人の方を見た。

「・・・・・・ありがとう」

 不意打ちで礼を言われ、隼人は困惑していた。居心地が悪そうに表情を変える。

「・・・・・・謝るのはあとだ」

 隼人はそう言って留置所から出て行った。

 また留置所に沈黙が訪れる。

「謝るなんてとんでもない」

 社は静かに呟いた。

「ここは俺がいるべき場所なんだ」

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