第44話 事件

 蒼一は病院近くの路地に車を止めると、夜間診療用の入り口から病院の中へと入って行く。

 阿澄の携帯を取り出し、先程蓮が送ってきた情報を確認した。

 それによると、瀬在佐和子は救命救急センターに運ばれ、そのあと集中医療室に移されたそうだ。

 受付で年配の女が蒼一に尋ねた。

「どうしました?」 

「妹がここに運ばれたって言われたんです」

 言いながら蒼一は病院の案内板を見ていた。

 そこで集中医療室の場所を確認する。

「お名前は?」

「白沢です」

 女は調べて告げた。

「形成外科ですね。そこを曲がってまっすぐ行って下さい」

「分かりました。ありがとうございます」

 蒼一は言われた通りに通路を曲がり、しばらくまっすぐ歩いた。

 しかし形成外科の看板が見えても通り過ぎる。

 蒼一はもう蓮に会う気がなかった。

 別の棟に移り、消毒液の香りがする集中医療室を見つけると蒼一は辺りを見渡した。

 薄暗い通路には人影がない。それを確認すると蒼一は部屋に入った。

 ベッドがいくつかあったが、一つを除いて全て空だった。

 そしてその一つには瀬在佐和子が眠っている。

 人工呼吸器が付けられ、腕からは点滴が伸びていた。

 瀬在の無防備な姿を見て尚、蒼一の考えは変わらなかった。

 人工呼吸器を外せば瀬在は死ぬだろう。しかし、それではだめなのだ。

(血が必要なんだ・・・・・・。百鬼夜行を呼ぶ血が)

 取り憑かれたような目で蒼一はポケットからナイフを取り出した。

 目の前に自分を殺す刃物があっても、瀬在は眠り続けた。

 彼女は生と死の淵を彷徨っていたのだ。

 そこへ無慈悲にナイフが突きつけられる。瀬在の心臓は凶刃に貫かれた。

 蒼一は笑った。

 いつの日からか人を殺すことが楽しくなっていた。

 歪んだ笑顔を浮かべ、声を出さずに歓喜する。

 だがその笑顔も背後の人影に気付くと消えた。

「蒼一・・・・・・。お前・・・・・・、なにやってんだよ!?」

 背後には銃を構えた隼人が立っていた。

 仕切りのカーテン。その後ろに隠れていたようだ。

「隼人君・・・・・・。いたんだ」

 蒼一は振り向き、納得した。

「そうか。社君か」

「んなこたぁどうでもいいんだよ! お前が阿澄翔子や佐藤友恵を殺したのか?」

 隼人の問いを蒼一は無視して、ナイフを見つめた。

 そこには血が付いていなかった。

 蒼一はハッとして瀬在のベッドを見る。だが誰もいない。

 ただ穴の開いた人形があるだけだ。

 蒼一は店を仰いで苦笑した。

「・・・・・・はは。反則だよ。社君。そうか。君の力は僕を騙せる程強まっていたんだね」

 返答がなく苛立った隼人が叫ぶ。

「蒼一!」

 蒼一は笑い、また隼人の方を向いた。

「欲をかきすぎて、計画が歪んじゃった。隼人君を殺さないといけない。できるかな」

 蒼一は隼人に冷笑を向けた。

 確かな殺意に隼人は銃を握る手に力を入れた。

 警察学校での訓練を思い出す。最悪ここで殺してもいいとさえ思った。

 その矢先、蒼一が言った。

「いいの? 銃。隣の部屋にも患者さんはいるよ」

 それを聞いて一瞬、隼人の脳裏に銃弾が壁を貫くビジョンが見えた。

 心理状態に反応して僅かだが銃口が下がる。

 その隙を蒼一は見逃さなかった。

 手を狙い、ナイフを突き刺す。

 隼人は反射的に手を引くが、対応が後手に回った。

 隼人は慌てて視線を蒼一に戻す。すると蒼一は振りかぶっているのが見えた。

 ナイフが投げられるの同時に、隼人は横に跳んだ。

 ナイフは空を切り、壁に突き刺さる。

 隼人は再び蒼一の方を向くが、先程いた場所には誰もいなかった。

 その時既に、蒼一は部屋の外へと出ていた。

「待て!」

 体勢を崩した隼人がなんとか立て直し、出口へと向う。

 しかし廊下に出た隼人は蒼一の姿を見失ってた。

 どこかの部屋に入ったのか。それとも階段から降りてるのか。

 足音が聞こえないのでその判断がつかない。隼人は舌打ちをして、無線を取り出した。

「こちら綾辻! 捜索中の連続殺人犯を発見した。場所は神楽総合病院。至急応援頼みます。犯人は穂村蒼一。年齢は二十代前半。背は高めで細身。服装は黒の長袖に茶色のズボン。刃物を持ってます。できるだけ人集めて下さい」

『了解しました。すぐ応援を向わせます』

 それを聞いた隼人は蒼一を追うの諦め、別室に移しておいた瀬在の元へと走った。

 何度か振り返ったが、蒼一があとを付けている気配はない。

 おそらく逃げたのだと隼人は判断した。

 集中医療室から部屋三つ分離れた病室に瀬在はいた。

 自分が命を狙われたとは露とも知らず、静かに眠っている。

 隼人は瀬在の寝顔を見て、彼女を守れたことにほっとした。

「・・・・・・・・・・・・よかった。もし守れなかったら社に合わす顔がねえ」

 安堵の息を吐いたあと、隼人はばつが悪そうに笑った。

 そして、友人だと思っていた蒼一の殺意に満ちた顔を思い出して嘆いた。

「……………………なんでなんだよ。蒼一………………」

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