第11話 事件

 深夜。

 うるさいほどの沈黙の中、彼は血の付いたナイフを持って静かに立っていた。

 目の前ではさっきまで生きていた少女が冷たく横たわっている。

 人を殺して彼は自らを理解した。

 罪悪感はある。

 しかしそれがあまりにも薄すぎたのだ。

(そうか・・・・・・。もうとっくに壊れてしまっていたんだな・・・・・・)

 長い月日は彼の心を溶かしていた。

 割れた窓から月明かりが差し込み、彼を照らした。

(こんなはずじゃなかった。だけど、ほっとしている。まだちゃんとお前への気持ちが魂に残っていたんだから。あとはただ、お前の仇を取れたらなんでもいい)

「きっとお前は怒るだろう」

 彼は呟いた。

「馬鹿げたことをしていると」

(それでもこれしか考えられなかったんだ。ああ、やっぱり、壊れてしまっている)

 嘆きながらも彼自身、信じられない程動揺していなかった。

 ここ数年の苦悩を考えれば殺人など造作もなかった。むしろ清々しくすらある。

 この選択は明らかに間違っていた。

 だが、彼は自分でもそれを止められなかった。

 彼は壁の方へ歩き、持っていたナイフで縦に一本線を刻んだ。

「あと少しだ・・・・・・。アオイ・・・・・・・・・・・・」

 彼は呟き、胸に手を当て、そして願った。

(頼むから、やりきらせてくれ)

 彼は月が照らす空に淡い祈りを捧げた。

 祈りながらも彼は密かに歓喜する気持ちが、その火種が、心の端に生まれたことを感じていた。

 この日から運命の歯車は一気に加速を始めることとなる。

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