第10話 社
家から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
小雨が降っていたのだろう。アスファルトの匂いがして、二人は下からほんのりと温められた。
阿澄家の敷地が面する道路には社と詩織、そして小鬼のジキタがいた。
ジキタの短く小さな手には翔子から貰った水晶玉が持たれている。
小鬼はそれを美味しそうにぺろぺろと舐めていた。
「やっぱりこれだ。水晶は水が固まったもんだから、味もいいんだ」
水晶は石英が結晶化したものだが、その事を小鬼に言う者は誰もいなかった。
満足して出て行ってくれるならそれで良いが三人の本音だ。
「あの、今日はありがとうございました」
阿澄翔子が門に立ち、社にぺこりと頭を下げた。
「お礼なんてとんでもない。俺もこれを貰ったわけだし」
社の手にもまた翔子から貰ったシーサーがあった。部屋で見つけて気に入ったものを祓いのお礼として貰ったのだった。
「またなにかあったら声をかけてね。いつでも相談に乗るよ」
「はい。ありがとうございます。じゃあまた学校で」
礼儀正しくお礼を言う翔子に見送られて、社と詩織は小鬼を連れて家路に着いた。
「この鬼、どうしましょうか? このまま放っておいたらまた悪さをしかねません」
それを聞いてジキタは静かに否定した。
「そんなことしねえよ。これも貰ったしな。そもそも道理に合わねえ」
「鬼の言うことなんて信じられない」
冷たい目をする詩織に社は「まあまあ」となだめた。
「そうなったらどうなるかはこいつが一番分かってるはずだ。なあ? 俺と閻魔に目を付けられたら、想像しただけでも怖いだろう?」
小鬼はガタガタと震えながら貰った水晶玉をぎゅっと抱きしめた。
それを見て社は「ほらね」と笑った。
「それにこいつを祓わなかったのは話を聞きたいからだ。言葉を借りればどうも道理に合わないことが多すぎる」
社は小鬼の前で足を止めて屈んだ。
「問答をしよう。俺はお前の名を持ってる。嘘を言ったらどうなるか分かるな?」
「・・・・・・しょうがねえな」
「まず最初に聞こう。お前はどこから来た?」
「どこからって、知るかよ。この町がオイラ達の世界と繋がってたから来てみただけだ。そしたらあの家に招かれたんだ」
社は頷いた。
「そうか。なら次に聞こう。どうして阿澄にお前の姿が見える」
「それも知るか。多分霊感が強いとかだろ。お前が近くにいるしな。けどまあ、この町は普通よりも空気が濃いからな。そのせいかもな」
「あの子は厄抱えだと思うか?」
「お前が一番分かってるだろ? その素質はあるな。美味そうな匂いがしたよ」
ふむと社は顎に手を当てた。そして少し語気を強めて聞いた。
「最後に聞こう。お前は誰に呼ばれたんだ?」
「あいつらだよ。腕に火傷がある奴だ。そいつがこの町とオイラ達の世界を重ねようとしてる。あとは知らない。もういいだろ? 全部話したからな。祓うなよ」
少し間を開けて、社は優しく微笑んだ。
「ありがとう。聞きたいことを聞けたよ。だけどもし次に会った時、悪さしてたら容赦はしないからな」
小鬼の黒い小さな目は社の背後で揺らめく巨大な何かをしっかりと捉えていた。
その存在は小鬼を一瞬で消し去ってしまう程大きなものだった。
小鬼は淡々と答えた。
「分かったよ。あんたも人間なのにそんなもんを抱えて大変だな」
「憐れに思われる筋合いはない。これは俺が望んで抱えたものだ。じゃあな。悪ささえしなければ今度客として家に来たら良い。それ相応のもてなしはしよう」
「お前の神社になんて行ったらオイラの体は消えちまうよ。またな」
そう言うと小鬼は闇に向ってとてとて歩いて行った。そしていつの間にか消えてしまった。
「気をつけろよ。陰陽師」
小鬼の声が闇の中から聞こえた。
社と詩織はしばらく小鬼が消えた闇を見つめていた。
詩織は社の横に静かにやって来て、右手をそっと差し出した。
「もう夕飯の時間です。帰りましょう」
「ああ、そうだな。お腹減ったよ。今日は色々ありすぎた」
社は自然な手つきで詩織の手を握った。
そしてさっきまで自分達がいた阿澄翔子の部屋を一瞥し、家路に着いた。
気をつけろと言う小鬼の言葉が社の耳にいつまでも残っていた。
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