第8話 社

「また、見てましたね」

 部活中、小白の気配に気付いた天馬詩織は雲龍社の隣で呟いた。 

「うん。まあしょうがないさ。こっちに半分あるんだから。でも詩織が怖い顔するから逃げちゃった」

 社が笑うと詩織は凜々しい表情を崩して不安そうに狼狽え、胸に手を当てた。

「こ、怖かったでしょうか? 私の顔」

「冗談だよ。でも、少し堅いかな。詩織は俺と家に縛られすぎている。今からそんなじゃ、楽しい時間を逃してしまうよ。それにせっかく美人なんだからもっと笑えばいい。そしたらたくさんの男の子が詩織の可愛さに気付くさ」

 社の言葉に詩織は赤面した。

 社はそんな詩織を見て笑う。

 詩織はからかわれたと思いむっとした。

「わ、私は別に」

「さあ、私語は止めよう。ここは神聖な場所だからね」

 社は周りの視線を感じて告げた。

 そう言いながら社は小白が駆けていった方を見つめた。

 社の目を見て、詩織は言い表せない儚さのような、慈しみのようなものを感じた。

 部活終わり、見知らぬ女子生徒に声を掛けられた社は学校近くの公園にあるベンチに腰掛けていた。

 隣にはその女子生徒が、ベンチの近くには詩織が立っている。

「それで、相談って?」

 社は女子生徒に尋ねた。

「すいません、突然。あ、私、阿澄翔子って言います」

 前髪をぱっつんと切ったセミロングの髪、どこか不安げな目で社を上目遣いに見る翔子は無理矢理作ったような笑みを浮かべた。

「雲龍社です。堅苦しい名前だけど気にしないで。それで?」

 優しく微笑む社。

 それを見た翔子は社の整った顔にドキッとした。

 詩織は翔子の軽い態度にむっとして睨む。

 それに気付いた翔子が気を取り直して話し始めた。

「その・・・・・・、最近変なんです。信じてもらえないかもしれないですけど、呪われてるっていうか・・・・・・」

 話を聞きながら社は翔子の手首を見た。

 色取り取りの小さな丸い石がブレスレットになっている。いわゆるパワースートンと呼ばれるものだ。

「・・・・・・具体的には?」

「信じてもらえるんですか?」

 翔子は嬉しそうに顔を明るくした。

「まだ分からない。ただ・・・・・・」

 社は次に翔子の肩の辺りを見た。黒い淀みのようなものが僅かに確認できた。

 自分の肩を見られ、翔子も同じ場所を見るが何も視認できず、首を傾げる。

 社は微笑んで続けた。

「この話は俺の領分かもしれないから、とにかく話してみて」

 社の薄い色の目に見つめられ、翔子はほんのり顔を赤くして話し出した。

「ありがとうございます。えっと、一週間くらい前から身の回りでおかしな事がたくさん起こり始めたんです。なにかと不幸だっていうか。別にそんなに大きなことはないんですけど、靴紐が切れたり、三日連続で欲しかったパンが買えなかったり、いつもは忘れない教科書を忘れたり、何もないところで躓いたり、ちょっとした怪我をしたり・・・・・・。他にも色々あって、でも誰に言ってもそんなの偶然だって。普段ならそう思うんです。でも最近、変な気配を感じるんです。部屋にいても誰かに見られているような、そんな視線を・・・・・・」

「なるほど」

 社は頷いた。

「それは大変だったね。でもどうして俺にこんな話を?」

「先輩のお家が神社だって友達から聞いて、それで、その、お祓いしてもらいたいと思ってるんですけど、どうしたらいいかよく分からないし・・・・・・。お金もあんまりないんで」

 社はうんうんと頷いた。

 笑いかけると、詩織は苦笑していた。

 互いに今日の神社が抱える問題を理解しているからだ。今の神社は人々の生活から随分遠ざかってしまった。人が訪れるのは祭りや大晦日くらいで、普段どういったことをしているか知っている人は少ない。

 当然経営難の神社も多く、このままいけば将来的に今ある半分程が廃神社になると言われている。

「そっか。普通の人はどの神社に何が祀られているか、なんの為にできたかなんてことは知らないからね。古事記や日本書紀を読めと言われても大変だし。俺だって全部は読んでない」

 社は楽しそうに笑った。

 それを見て翔子はほっとする。知らないことを怒られると思っていたが、社はそういうタイプではないらしい。

 だが黙って聞いていた詩織は違った。

「・・・・・・つまり、タダでやれと?」

「えっと、その・・・・・・。お礼はしたいと・・・・・・思ってます」

 翔子は詩織の鋭い視線にたじたじとした。

 慌てる翔子を見て社は何か言いたげに詩織を見上げる。

 詩織は視線の意味を理解し、躊躇いながら気持ちを告げた。

「しかし、仕事なんですよ?」

「だとしても、そういう話になるから人は敬遠するわけだよ。この業界は少し儲かる儲からないで物事を考えすぎだね。だから参拝客も自分の幸福だけを願いにくる。利己主義に陥った者に神仏が手を貸すと? 支離滅裂も良いところだ。現代の人間はあまりにも自分のことしか考えなさすぎる。絵馬を見れば一目瞭然だろう」

 社は翔子の視線に気付いて「おっと」と話を変えた。

「お見苦しいところを見せてしまったね。まあ、我々も色々な問題を抱えてるわけなんだ。うん。神様はお金をくれるわけじゃないからね」

 社が微笑むと翔子は苦笑した。

「話を戻そう。君はここ最近度重なる小さな不幸に悩んでいる。そしてそれを悪霊かなにかのせいだと思い、俺に相談しに来た。そうだね?」

「は、はい」

「ここで問題がある。君はうちの神社にお祓いをしてもらいたいのか、俺個人に祓ってもらいたいのかだ。神社にと言うならいわゆる祈祷料が必要になる。うちは五千円からやってるからそれだけかかるわけだ。でも俺個人になら、何か仕事に相応しい物や事柄が貰えればいい。どっちにしようか?」

 社は優しく問いかけた。

 翔子は一度、詩織の顔を見た後、社に告げた。

「・・・・・・・・・・・・先輩個人に、頼めますか?」

「決まりだ」

 社は立ち上がった。

「じゃあさっそく君の家に行こう」

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