第7話 小白
火事で焼けた校舎を建て替えた新校舎の三階に新聞部の部室があった。
小さな部室だが、一応鍵付の資料室がついていた。だがその資料室が開いているところを小白は見たことがない。
小白は友人の白沢蓮に慌てた様子でさっきのことを話していた。
「あのねっ、シロちゃん。だからね?」
「はいはい。先輩と目が合ったんでしょ? まったくあんたは現金だねえ」
蓮は机に置かれたノートパソコンの前で足を広げてパイプ椅子に座っていた。
「慌ててここに来るんだから、キスでもしたのかと思ったよ。なのに目が合ったって、そりゃあ、あんだけ見てれば合うでしょうに」
「キ、キスって・・・・・・」
小白は色白い頬を赤らめる。
蓮は肩をすくめた。
「小白さん。あたしらはもう高校生だよ? キスどころか、その先だってしちゃう年頃なんですぜ。いつまでもそんなんじゃ悪い男に騙されちゃうよ?」
「・・・・・・先輩は悪い人じゃないもん」
顔を赤くしながらむっとする小白に蓮は溜息をついた。同い年とは思えない純情さに肩をすくめてから小白の頭を撫でる。
「はいはい。そうですねえ。雲龍先輩は良い人でしょうよ。顔はいいし、家は由緒正しい神社だし、スポーツもできて勉強もできる。なんでもできる人ですからねえ」
「・・・・・・シロちゃんは先輩が嫌いなの?」
小白は心配そうに見上げた。
「別にぃ。ま、昔から優等生ってあんまり好きじゃないかな。嫌いっていうかどうでもいいよ。あたしみたいな女とは一生縁がない人って感じ。だけど、」蓮は小白の目を見た。「あんたが好きになったんだから、興味はあるかな。嫉妬もあるけど」
蓮はニカッと笑った。
それを見て小白も微笑んだ。
中学からの友人である二人は高校に入っても親友のままだった。
性格や容姿は正反対だが、蓮は小白を妹のように可愛がっている。
好きな人を褒められた小白は可愛らしく微笑んだ。
「シロちゃん・・・・・・。ありがとう」
「どういたしまして。でもさ、大変だよ? あの男ライバルも多いでしょ。天馬詩織なんてべったりじゃん。しかも先輩は詩織って名前呼びだったし」
それを聞いて小白はしゅんと俯いた。閉じた股の上でもじもじと手遊びをしている。
「・・・・・・・・・・・・やっぱり、付き合ってるのかな?」
「さあねえ。昔からの幼馴染みだって言うし、巫女さんと宮司さんでしょ。仕事上の付き合いもあるんじゃない。元は本家と分家らしいしね」
「そ、そうなんだ」
蓮からもたらされた情報に少し希望を見いだす小白。
蓮はにやっと笑った。
「調べたからねえ。これも可愛い可愛い小白ちゃんの為ですよ。なのに小白ったら先輩先輩って。あたしは浮気されて寂しいよぉ」
蓮は小白をぎゅっと抱きしめた。小さな小白は蓮の腕にすっぽりと収まる。
頬と頬をすりすりする蓮に小白は「もう、シロちゃんったら甘えんぼさんなんだから」と恥ずかしがった。
蓮は小白から離れる。
「それはそうと、最近色々と物騒だからねえ。気をつけなよ。小白。あんた、ちっちゃいんだから気ぃ抜いてると攫われちゃうよ?」
「だ、大丈夫だもん」
身長のことを馬鹿にされ、ムキになる小白に蓮は「ははん」と何か分かったように笑う。
「さては今、先輩になら攫われてもいいとか思ったでしょ? 攫われてなにをされる気なのかな~? ほれ、蓮さんに話してみなさい」
小白の脇に手をわしゃわしゃとさせる蓮に小白は「そんなこと思ってないよ~」とくすぐったそうに否定した。
蓮は手を止め、急に真剣そうな顔になった。
「でもほんと気をつけなよ。あんたは守ってくれる人が他より少ないんだから。夜に一人で出歩いたりしちゃだめだからね」
小白には家族がいない。全て三年前の事件で殺されてしまったからだ。
小白が事件の唯一の生き残りだと知っている人は多い。同級生ならみんな知っている事実だ。
事件以来、小白の周りには優しさと言う名の近寄りがたさで溢れていた。誰もが小白を見るとあの事件を思い出してしまう。
誰もが一歩外で小白を見守る。優しく、気遣いながら語りかける。それは残酷な保護だった。
ほとんどの人間が小白と真っ直ぐ向き合ってくれない。
会話をするにも事件の被害者だというフィルター越しだ。
だが蓮は違った。昔のまま小白に接してくれる数少ない一人だった。
「・・・・・・うん。ありがとね。シロちゃん」
小白は無垢な笑みを浮かべ、蓮にお礼を言った。
「そうそう」蓮はニカッと笑った。「初めては先輩にあげないとねえ」
最初小白はぽかんとしていたが、意味が分かると真っ赤になった。
「もうっ! シロちゃんってばっ!」
「あはは! 本当に付き合いたいならそんなことで照れてちゃ駄目だよ。あんな優しそうな顔しても、男なんて狼だよ。食べられちゃうよ~」
ニヤニヤと笑う蓮に小白はぽかぽかと叩いた。
それをあやしながら蓮は思い出す。
「そうだ。もうお祭りに先輩誘ったの?」
もうすぐ神楽町では年に一度の四神祭が行われる。
町の四方にある神社や寺が合同で行うこの祭りは神楽町の一大行事だ。そして四神祭には一つの言い伝えがあった。
その日に男女で縁結びのお守りを買うと、末永く結ばれるというものだ。
「・・・・・・まだ、だけど・・・・・・」
小白は寂しそうに俯いた。
「早くしないと盗られちゃうよ~。それでなくても宮司さんは忙しいのにさ。それにしてもあれだよねえ。お守り買ったら結ばれるって、胡散臭すぎない? お菓子業界のバレンタインとか、宝石組合の誕生石とかに似てるよね」
呆れ笑う蓮に小白はぎこちなく首を動かす。それから指をもじもじとした。
「そ、そうかなぁ。素敵だと思うけど・・・・・・。それに先輩が祈祷してくれたお守りだったら、本当に効果があると思うし・・・・・・」
「はいはい。ごめんってば。ロマンがなくてすいませんね。記者ってのは目に見える真実を追うのが仕事だからさ。見えないものは信じられないんだ。見えるなら信じるけどさ。小白は神様とか悪霊とか信じてるの?」
「わ、分かんない・・・・・・。けどいたらいいなとは思うかな。悪霊とかは怖いけど」
「ふぅ~ん。あたしは信じてない。でも、もしいるならやっつけてやりたいね。神様がいても世界はちっともよくならないし、誰も救われてないわけでしょ?」
小白は黙った。蓮の言うことはよく分かる。
蓮は小白の身の回りに起きた出来事を怒ってくれている。もし神がいるなら、何も悪い事をしていない小白の家族は守られたはずだ。
(・・・・・・・・・・・・でも、今私が生きているのも・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
ふと、あの日のことを思い出した。不鮮明な映像に、鮮明な温もりが蘇る。
まるでこの世のことではなかったように感じられた。
黙り込む小白を見て、蓮は表情を緩めて小白の頭を撫でる。
「小白は優しいねえ。大丈夫。あんたの気持ちをちゃんと伝えたら、先輩だってきっと受け入れてくれるよ。だからもうちょっと勇気を持ちな。小白はこんなに可愛いんだから」
励ましてくれた蓮に、小白はいつもより強い目で頷いた。
「う、うん。私、頑張る!」
「そうそう。その意気ですよ」
蓮は面白そうに笑った。
「そこでお姉さんからアドバイスをしてあげよう。これをすればどんな男でもイチコロって技を伝授してあげちゃう」
蓮は小白に耳打ちした。するとどんどん小白は赤くなっていき、最後にはのぼせてしまった。
それを見た蓮の楽しそうな笑い声だけが新聞部の部室に響いた。
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