第6話 小白
放課後。
不安が晴れきらない小白は弓道場を囲む柵に身を隠すようにして立っていた。
阿澄翔子の話し方や表情からは社への恋愛感情は見られなかったが、それでも悪い想像が次々と浮んできて居ても立ってもいられない。
あるいは阿澄が社と話してみて好きになることもあるかもしれない。
そんな心配を言い訳にして、小白は社の姿を見に来ていた。
小白の視線は雲龍社へと一心に注がれている。
優しげでいて色素の薄い瞳に血行のよい肌。髪の色も目と同様に少し薄かった。
白い上衣に紺色の袴を履いた社が嫌みに感じない微笑を浮かべると、整った顔が更に魅力的に映る。
社が足を開き、手元を見た。それだけで小白の胸がどくんと大きく鼓動する。
一人だけ別の世界にいるかのように、社の周りの空気は澄んでいた。
それはあまりにも清く、小白はかえって心配になるほどだ。
的を見て、腕を上にあげる。左手を前に押すようにすると弓と弦が丸まり、次に右手で後ろへと引く。矢が頬に当たりそうな位置で止まり、そのまま狙いをつける為、ピタリと静止した。
小白は息ができなかった。
張り詰めた空気。
だけど嫌な感じはしない。
緊張感もない。あるのは穏やかさだけだった。
見ていると少しでも社に近づきたいと思い、柵から身を乗り出してしまう。
気がつくと矢は射られ、弓が外側にくるりと半回転している。
矢は的の中心に当たっていた。しかし社は顔色一つ変えず、残心を取る。
そこでようやく小白は息を吐いた。胸がどきどきと高鳴り、体が熱くなる。
胸の奥から高揚感が湧き上がってくる。
一言で言えば、幸せだった。
社を見ていると緊張するが、ほっともする。
この相反する二つの感情が同居するのは小白にはとても不思議なことだった。なによりそれが心地よかった。
その平穏もすぐに阿澄のことが気になって打ち消された。
小白は辺りを見回してみる。
しかし阿澄の姿はどこにも見当たらない。
(部活が終わるまで待つつもりかな・・・・・・。どうしよう・・・・・・・・・・・・)
このままあと二時間以上、ここにいていいのかと小白は考えた。
それだけの時間、社を見続けられたらどんなに幸せだろう。
でもそんなことをすればまた気味悪がられてしまうとも恐れた。
悩む小白。すると気配に気付いた社が顔を向け、僅かに微笑んだ。
まるで悪い事をしているのが見つかったように小白は恥ずかしがり、その場から駆けていった。
(どうしよう。目、合っちゃった・・・・・・)
小白の胸の中で幸せが膨らんでいく。
それが苦しいほど嬉しくて、小白は走って逃げた。
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