第5話 小白

 昼休み。

 四時間目の授業が終わっても小白はまだ落ち込んでいた。

 窓際にある小白の机に友人の白沢蓮がやって来て近くにあった椅子を拝借する。

 小さな溜息をつく小白を見て、蓮は呆れて笑った。

「なあに? まだ朝のこと気にしてんの?」

「・・・・・・・・・・・・だって」

「好きな人がいるってのは忙しいねえ。あたしなんかもうしばらく恋なんてしてないなあ」

 蓮はそう言いながら小白に微笑みかける。

 面と向って恋と言われ、小白の頬は赤がさした。

 ちらっと横を見ると、窓の外には少しだが弓道場が見える。部活になれば社はあそこで活動するのだ。

 お弁当を取り出し、二人で食べている間も小白はやはり暗かった。

 新聞部に所属している蓮が昨今神楽町で起きる怪事件を色々と話しているが、小白は生返事で自分の作った弁当をちょびちょびとつついているだけだ。

 何度目か分からない溜息を見て、蓮は肩をすくめた。

「あんまり暗いと、先輩に嫌われちゃうよ~」

 小白は顔を上げて何か言いたげな表情をしたが、また俯いた。

「・・・・・・シロちゃんのいじわる」

 唇を尖らせそう言う小白だが、蓮が自分を慰めてくれていることは知っていた。

 蓮はにひひと笑い、鞄から袋に入ったおまんじゅうを二つ取り出した。

「家にあったから勝手に取ってきたんだ。これ食べて元気だしな」

「・・・・・・いいの?」

「いいのいいの。どうせあたしが取ったことなんてあの人達には分かんないよ。自分達に子供がいることさえ忘れてるんじゃない?」

 蓮の家は神楽町では有数の地主だった。

 古くからの土地をたくさん持っていて、そこへマンションを建てたりして不動産業を営んでいる。最近では他にも事業を手広くやっていた。業績はよく、忙しい上に両親とも働いている為、蓮と顔を合わせる機会はめっきり減っている。

 蓮はおまんじゅうを一つ手に取り、小白の口に持っていった。

「はい。あ~ん」

「・・・・・・恥ずかしいよ。まだご飯食べてるし」

「おまんじゅうをおかずにご飯を食べるのが乙女ですよ。ほら、あ~ん」

 強引な蓮に小白は恥ずかしがりながらも、小さな口でちょっぴりおまんじゅうをかじった。

「おいしい?」

 蓮が首を傾げる。

「・・・・・・あんこのとこまで食べれなかった」

 それを聞いて蓮は笑い、小白もようやく微笑んだ。

 小白の笑みを見て蓮は内心で安心し、コンビニで買ったカフェラテをちゅーっと飲む。

 すると一人のクラスメイトが蓮の隣にやって来た。

 その女子生徒は前髪をぱっつんと切ったセミロングの髪に少し子供っぽい目をしていた。

 ポケットからはスマホのストラップだろうか、お守りが覗いている。

 楽しげな二人に阿澄翔子は聞いた。

「ねえ。白沢さんって今朝雲龍先輩と話してたよね。仲良いの?」

「あ、阿澄。別に仲良いわけじゃないよ。仲良くなりたがっている人はいるけどねぇ」

 蓮はにやっと笑い、小白を見た。

 翔子も同様に小白の方を向く。

 好きな人を暴露されたみたいで、小白は再び顔を赤くして俯いた。

 阿澄翔子はふ~んとよく分からないと言った返事をして、また蓮の方を向いた。

「そうなんだ。話してたから知り合いかと思ったわ」

「先輩とはそうでもないけど、その取り巻きとは同じ中学だからね。天馬っていういっつもあの人の近くにいる堅物の女。知らない?」

「ああ、あの人。同級生だったんだ。てっきり先輩かと思ってた」

 翔子がそう思うのも納得できるほど天馬詩織は大人びていた。

 思い出すようなそぶりの翔子を見て、小白は少し不安になっていた。

(・・・・・・先輩になんの用だろう?)

 ちらちらと翔子を見るが、嫌な予感しかしなかった。ただでさえ詩織という強敵がいるのに、これ以上ライバルが増えたら奥手の小白に勝ち目はない。

 小白の内心を悟った様に蓮が翔子に尋ねる。

「それで? 社君になんの用があるの?」

「やしろ? ああ、雲龍先輩のこと? 先輩っていうか、そのお家に相談したいの。神社の息子さんなんでしょ? お祓いしてもらいたくて」

 お祓いと聞いて小白はほっと胸を撫で下ろした。

 それを可愛く思いながら蓮が答える。

「息子さんってのは会ってるけど、たしかあそこに神社は社君が宮司だったはずだよ。お父さんがどっか行っちゃって、息子の社君が切り盛りしてるんだって」

「へえ。詳しいんだね」

 蓮は胸にぽんと手を当てた。

「そりゃあもう。新聞部ですから。うちの家とも全く縁がないわけじゃないしね」

「じゃあ、雲龍先輩に直接相談すればいいんだ。ありがと。放課後行ってみるね」

 翔子は蓮にお礼を言った。

 すると蓮は興味ありげに尋ねた。

「ちなみに、なんの相談するの? 恋愛祈願とか?」

 その言葉に小白が反応し、不安げな顔を上げた。

 だが翔子の表情は甘い事柄とは遠いものだった。

 翔子は首を横に振った。

「ううん。あたし、呪われてるの」

 翔子は至極あっさりとそう言った。

「じゃあね。教えてくれてありがとう」

 翔子はお礼を言うと、教室の外へと出て行った。

 残された小白と蓮は顔を見合わせた。

「……呪われてるって」

「……言ってたねえ」

 小白はきょとんとした顔で目をぱちくりさせた。

 その小白の口に蓮はおまんじゅうをもっていく。

 小白はびっくりしながらも一口食べた。

「・・・・・・おいしい」

「そりゃあよかった」

 少しだが元気になった小白に蓮はにこりと笑った。

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