おもひでのコロッケ
パート先のスーパーからの帰り道、節子は商店街の中に昔からある精肉店の前で足を止めた。普段は別の道で通勤しているのだが、今日はこちらに足が向いてしまった。
その精肉店の揚げ物コーナーには〝特売セール コロッケ5個入398円〟の貼り紙がぶら下がっている。毎月1日はこの精肉店のコロッケ特売日だ。1週間前にふらっと家に戻ってきた息子慎太郎のために手料理を振舞ってやろうと意気込んでいるが、彼は手料理よりもここのコロッケのほうが好きだということを節子はちゃんと知っていた。
「おー、久しぶり!元気だったかい。」と1年前と変わらず威勢の良い店主が迎えてくれた。
「昨日慎太郎が来て買ってったよ。相変わらずぼーっとしてるね。」とすでに息子がコロッケを買っていたことに驚いたが、同時に事故で亡くなった娘の園子を思い出し目に涙が溢れた。
ちょうど1年前の今日もしとしとと降る雨の中、ここのコロッケを5個買って家に帰った。いつもは高校生の娘が晩御飯を作って元気な声で迎えてくれるのだが、その日家の中はやけに静かだった。靴があるので2階にいるであろう息子に
「ただいまー。慎太郎,園子は?」と声をかけても何も答えない。仕方なく愛猫のシロミと待つことにしたのだが、娘が車に轢かれて亡くなったという知らせを受けたのはそのすぐあとだった。朝、登校するときに玄関で「今日コロッケ買ってきてね。行ってきまーす。」と言って出て行く姿を見送ったのが最期になった。
この時のことを思い出して涙ぐんでしまったのだが、店主もあえてこのことには触れずにコロッケ5個を黙って渡してくれた。
「また来てくれよ。」という声が節子の両肩を震わせた。
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