第306話 暴れさせていい奴じゃない

 転がっている神官は体からさっきの謎の光を飛ばし俺にぶつけてくる。意識を失っているように見えたし、防御で囲ったうえ縄でも縛ったのにまじかよと思う間もなく俺の意識は沈みかける。


 軽く意識が混濁し始めるがこれくらいなら全然問題ない。……本当に? 何か、忘れていないだろうか? 俺は、いったい。何をしようとしていたんだったか。


「うわああああああなんてことを!! あなたたちも抑えるの手伝って!」


 シオリは青ざめ叫び俺に向かって突撃し、そのまま俺を連れて外へ飛び出す。クロエとめぐにも助けを要請し俺を押さえつけようとしているが一体なぜなのか。俺は確かに今不安定な感じがするが無理やり抑えるほどだろうか?


 俺は今までにないほど冷静だ。


「キミヒト、しっかりしなさい。ほら、不屈をしっかり発動して」


「お兄ちゃん、目が死んだ魚みたいになってますよ。いつもと言えばいつもですが」


 クロエとめぐが俺に優しく諭すように不屈の発動を促す……二人が言うなら間違いないな。不屈を全力で発動すると頭にかかっていた靄が消え去りすっきりしてきた。意識の混濁が晴れ忘れていた欲求を少しずつ取り戻していく。


 女神様への感謝の気持ち……。この気持ちがかなり薄れていたような気がする……まさかあの光で俺の感情をかき消したとでもいうのか? 俺から、女神様の存在を……?


 待て、待て落ち着け。思い出したならそれでいい。落ち着いて深呼吸しよう。今ここに俺を心配してくれているめぐとクロエがいる。その事実をしっかり認識しろ。おかしな攻撃を食らって冷静さを欠いちゃいけない。新たに殺意も湧き上がるが今は落ち着け。


 俺の様子が落ち着いたのを悟ったのか、シオリも俺から恐る恐る手を放す。


「あぁ……二人ともありがとう。シオリ、説明してくれ」


「えぇ……それでどうにかなっちゃうんだ……? 私の苦労は一体……」


「ば、ばかな……」


 神官は驚愕といった顔でこちらを見ていたが完全に無視。


 シオリが言うにはあれは正気を失う光、正確にはこの街に充満している感情を高ぶらせる魔法の超強力版といったものらしかった。そしてその内容は神官がある程度方向性を持たせることが可能だったらしい。この街がおかしいのに特に規制入らないのはその力を街全体に使っているかららしい。ほかに使い方あるやろ。


 今までは俺に当てた場合、外へ向かい結界を破壊し、そのせいで外側の連中が内側になだれ込んでくるという流れらしかった。戦争起きたの俺のせいじゃなくね? 変な性癖で固定してるほうが悪くね? この街一旦リセットしたほうがいいよって冷静になっても思うが? っていうか結界守るのが神官の仕事じゃないの?


 っていうかなんで俺は結界を壊したんだ? 


「煽るんだよ。君は。性癖を歪められたことが許せないとか叫んでたのが怖すぎて覚えてる。この神官は君がそういう行動に出るとは思わなかったんだろうね」


「あー。でも今回は女神様への感謝の気持ちがなくなってた気がする」


「たぶんだけど今の光は大切なものを忘れさせるとか、別方向に興味が向くとかそんな力なんだと思う。信者にさせるのも、信者をなくすのも自由自在っていうこと。なんで内側と外側で統一してないのかは知らないし知りたくもないけど」


 つまりシオリの見た世界では俺がロリへの興味をなくしたが、不屈の発動でそれを無効化。神官への怒りからここで大暴れすると。


 うん、それならわかる。俺がロリを好きという気持ちが奪われたと知ったら発狂するだろう。完全に奪うならそんな状態にはならないだろうが、俺には不屈がある。中途半端に意識がある状態で自分の好きが無くなったことがわかったら……。まわりなんてどうでもよくなりそうだ。推しを寝取られる気持ちに近いかもしれない。


 だから結界の破壊をしたと。この神官が一番嫌がりそうなこと、憂さ晴らしという点でもあっている。たぶん見境なく暴れてたんだろうな。それこそ歯止めの利かない狂信者よろしく自爆特攻張りに。


 でも今回はそうならなかった。


「平和的に解決できて良かったです……」


「キミヒトならやりかねないわね」


 この二人がいたからだろう。この二人がいなかったら俺を止められるものはたぶんいなかった。女神様への感謝の気持ちを消されたのが分かった今、二人がいなかったらもう暴れ切ってる自信がある。暴れたい気持ちもあるけど、めぐを見て女神様への感謝の気持ちを再確認出来たことで満たされている。


 めぐもそんなことは望んでいない。結界はもともと壊そうとしてるけどそれはそれ、これはこれ。理由が違う。


 俺の不屈は今回めぐの恩恵で女神の加護も同時発動する。そんじょそこらのデバフなんて無視できる。無視できるが食らっていないわけじゃないからデバフは発症してしまう。


 女神の加護で結構なものをはじけるとはいえ、今回神官が使ったのは神気由来のものっぽかった。


 不屈の悪い所だよな。一回食らわないとちゃんと発動出来ないっていうのはこういう時に非常に不便だ。状態異常を我慢出来るのは無効化じゃないってほんとどうにかならんものか。


 いや、そもそも普通は解除できないものを結果的に無視できるって考えたらそれはそれで強いけど、考えても仕方がない。クロエとめぐに被害が及ばなかったことを今は喜んでおこう。


 ……でももし俺じゃなくて二人に光をあてられたとしても看病と不屈発動して治すから、その場合でもなんとかなるといえば何とかなりそうな気もする。


 デバフに強すぎるなうちのパーティ。


「おいよくもやってくれたな。こいつが暴れるとどれだけ被害が出ると思ってるんだ。まじで頭おかしいやつなんだよこいつは。お前の一時の感情で暴れさせていい奴じゃないんだよ聞いてんのか?」


 シオリは神官の胸倉をつかんで揺さぶったり頬を叩いたりしている。動けない相手に向かって暴力をふるう様は完全にヤンキーだし、俺に向かっての暴言もひどい。並行世界での俺はシオリに何をしでかしたのか。


「私は神託によってその男たちをどうにかしろと言われたのだ! 殺さないまでも捕まえておけと! お前はなぜ邪魔をする!」


 ……あれ、大女神様が言ってたやってしまったって言ってたの、もしかしてこの人のことだろうか?


 

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