第303話 石を詰めた雪玉

 俺が声を出そうとした瞬間、俺の横を何かが高速で通過していった。それは明らかにクロエの掌から射出されたもので、魔法のような何かだった。なんだろう、こう、真空波みたいな感じで通り過ぎたから頬が切れてるんですが。


 なんかみんなの火力を見てると常に全力で防御発動しておいたほうが良いんじゃなかろうかって気がしてきた。なんでみんな俺の不屈とか防御とか軽々突破してくんの? めぐの加護あるから前の世界と同じ火力じゃびくともしなくなったんだよ?


 そして俺のちょっと後ろからガツンと何かが弾けた音がした。


「見えてるから姿を出してどうぞ。それとも別の方法がいいかしら?」


「……すごいね、完全に消えてるつもりだったんだけど」


 何もない所から人が姿を現す。そこにいたのはシオリだった。そういえばこっちの街に向かってるとか報告があったけど、何故この地下に? そして何故姿を消して俺の背後に近寄っていたのか。


 クロエが攻撃したことにより敵意に近い、もしくは不意打ちで何かをしようとしていたという事もわかる。もし殺す気だったならクロエは容赦しなかっただろうから完全に敵とも言いづらい。


「出来ればアオノ君とは戦いたくなかったから早めに来たけど……どうやら遅かったみたい。ねぇ、今から戻ってって言ったら聞いてくれる?」


 距離を取ったシオリはそう尋ねてくるがどういう意味だろうか。戦いたくなかったならそれこそ今から説得を試みればいい。それすらもしないという事は何か事情があるのだろうか。


 それに遅かったと言っている。もしこの街に初めて来たのならそんなことは言わないだろう。さらに俺がヒビキから連絡を受け取ったのはここに来てからだ。俺達よりも後に向かってきてこのタイミングで着くのは早すぎる。


 ここは魔物が出なくても一応はダンジョンの形を保っている。迷路のようになっているためシオリのスキルでは簡単にたどり着くことは出来ないはずだ。つまりこいつは……。


「シオリ、記憶が戻ってるのか?」


「うん。時限式だったのかな、おじいちゃんに会ってないけど思い出したよ。だからここに来たってわけ」


 やはりか。記憶が戻った事自体は喜ばしい事だし、俺の状況を分かっているから敵対する理由がますますないが……。シオリからはここは引かないという強い意思、というかやり遂げる覚悟を感じる。


 前の世界で出会った時のような自分自身を強く信じている使命感……何を言っても説得が出来なさそうな雰囲気がある。クロエとイリスを拉致ったりしたし自分の目的のためには手段を選ばないやつだからな。


「キミヒトの知り合いでもなんでも、私とイリスにしたことを覚えているのかしら?」


 俺がどうしようか迷っているとクロエはシオリにもう一度手を向ける。掌には魔力が集まり今にも攻撃魔法を発動しようとしているのがわかる。先ほどの真空波みたいなものはシオリのスキルに弾かれていた。


 シオリのスキルは平行の他に魔法服。クロエとイリスを捕まえるには必須と言っていい魔法無効化のガチのチート能力。そのため前の世界ではクロエとイリスはなすすべもなく捕まっていた。


「もちろん覚えてるよ。私が勝ったこともそっちの攻撃が効かないことも」


「……前回の私がどうだったかは知らないけど今の私は誰にも負けないわよ」


 そして俺が何か言う前にクロエは魔力の塊を撃った。っていうかどうだったか知らないって負けた事なかったことにしようとしてないかクロエ。覚えてるから今攻撃してるんだろうに。


「ただの魔力の塊なんて私には効かな……ボゥェ!」


 そしてシオリの口からやたら汚い擬音が飛び出した。完全に油断していたのか体をくの字に折り曲げ膝をつく。魔力の塊は真っすぐ飛んだかと思ったけどシオリのみぞおちあたりで上に向かって跳ねたな。的確に人体の急所に思いっきり打ち込んでらっしゃる。


「効いてないみたいだからもっと撃ってみるわね」


「ちょ、まってまってまってまって!!」


 明らかにダメージが入っていてうずくまるシオリに容赦なく魔力の塊をクロエは打ち続ける。なんとか転がって避けているように見えるが、たぶんクロエはわざと逃げられるように加減して撃っている。


 その証拠にすごいにやにやしてる。魔族の血が入っているのも納得の表情。優越感に浸っているロリってなんでこんな可愛いんだろうな。ものによってはここから逆転されることもあるだろうけど、どっちかというとシオリが先に雑魚ムーブしたから問題ない。


「なんで魔法が私に効くの!?」


 逃げながらシオリは質問を投げかける。少しの隙が出てまた魔力の塊が当たり必死に逃げることに集中し始める。そんなに広くない通路だからどう頑張ってもこの弾幕を全てかわす事は不可能。直撃していないのはクロエの技量も合わさってのことだろう。ついでにいつの間にか退路がふさがれている。殺意が高い。


「私は思ったわ。魔法が効かないというのはどういうことか。魔法というのは魔力を変換して事象に変化させたもの。それなら変換もせずただ集めて撃ってみたらどうなるか。圧縮した空気をぶつけるのと同じようなものだったわ。人は空気が無ければ死んじゃうし、魔力は空気に溶け込んでいる。つまり魔力は空気と同じように体内に吸い込んでいるものって事。それはあなたも例外じゃない。それなら空気の塊ならあなたに影響を与えられるはず。そう考えて開発したのがこれ。魔力の塊で空気を圧縮、それをそのまま撃つことによって高密度の空気を内包した魔力が発射されるってわけ。普通の相手ならただの魔力の塊だけど、あなたなら風魔法を疑似的に体感できるってわけ。そのかわり殺傷力もそこまで高くならないけどね。魔力自体を無効化してたならスキルも魔法も効かないっていうのはキミヒトのスキルからわかっていたことだからね」


 なんというか、クロエが楽しそうでなによりです。俺が防御を逆向きに相手に使って魔法の発動を無効化していたことからそんなこと考えるのまじで執念深い。


 長々と説明しているが水風船みたいなものだろう。風船が魔力で水が空気、外側が割れれば中身がぶつかるよってただそれだけ。石を詰めた雪玉のほうが近いかもしれないけどそんな感じだろうたぶん。

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