第302話 ここはもうだめ

「うっ……」


「めぐ!?」


 神気の塊と思しきものを飲み込んだめぐはむせるかのように口を押さえる。その表情は驚きに満ちているようで何か害があったのではと心配させる。俺は透視を発動しめぐの体に何か異常がないかを必死に調べる。


 あの後輩女神の事だから害はないだろうとは思ってしまった。しかしめぐがイレギュラーな存在っぽい事を言っていた大女神。もしかしたら後輩女神が知らないような何か特殊な事態が発生することもありうる。


 まずいまずいまずいまずい。


 俺はずっと口を押さえ続けたまま動かないめぐを凝視しどんな変化も見逃さないように顔を覗き込みとりあえず看病を発動させる。しかしそこにはとてもびっくりしたような表情だけで辛そうなものはなかった。そして俺の目を見てこう言った。


「おいしい……」


「おいめぐそういうのまじやめろ」


 思わず真顔になる俺。そういうのやっていいの俺かイリスかあかねだけだから。真面目なタイプの奴らがやるとまじに心配するからやめろ。何事もなかったならよかったけどめちゃくちゃ焦ったじゃん。いやよく考えればめぐは真面目ではないけども。


 俺の影響を受けているのは地味にうれしいけど悪い方向に受けるのはやめてくれ。茶目っ気出すのはかわいいから非常に喜ばしいからいいけど時と場合を考えてくれ。実際に何か問題が起きてなければ俺は全てを許すけども。


「何事もなくて良かったわほんと」


「だな。……ほんとに大丈夫だよな?」


 こちらを覗き込んでいたクロエに同意し改めてめぐに聞く。クロエは俺と同じように回復スキルの準備をしていたようでこちらに手を向けていた。クロエが状態を見誤るのは珍しいと思ったが、俺の焦りから一応構えてた感じだろう。


「うん、本当に大丈夫。なんか体に染み渡る美味しさっていうか、口に入れた瞬間活力みなぎって全身の細胞が喜んでるのを感じたよ。例えるなら女神だった頃の力を取り戻したみたいな」


「例えっていうかそのまんまだな」


 あんまりにもケロッとしてるから逆にそういう振りなのかと思ってちょっとビビったけど本当に大丈夫そう。ラジオ体操みたいな動きをして体の調子もとても良さそう。めぐがその姿になって初めて会った時より元気かもしれない。


 しかしめぐから感じる気配も凄く良い感じだ。人間の肉体を持つめぐ、女神としてのめぐ、その両方のバランスが取れている、というよりもたぶんこれが本来の形なのだろうと思わせる。女神としての記憶残ってるけど。


 正直なところめぐに対して恋愛的な感情を持ってしまうことに罪悪感を感じていたけどこれなら大丈夫そうだ。めちゃくちゃ女神様。修羅場回避のためにも来た甲斐はあったわ。


「じゃあキミヒトこれからどうする? 帰る?」


「いんやここ壊して帰ろう」


「なんで!?」


 俺の発言にめぐが物凄い勢いで突っ込んでくる。なんでって……なにが? 俺たちがここに来た目的ってめぐの復活のためだからもうここには用はない。クロエはそれがわかっていたから俺にどうするか聞いてきた。


 そして俺の返答に頷いて破壊工作を始めようとしていたがめぐがそっちも止めていた。めぐの焦りっぷりが可愛いけどちゃんと意志の疎通を図っておいた方がよさそうだな。乱心されておる。


「え、だってめぐの問題解決したならここの施設いらないじゃん」


「いやいやお兄ちゃん!? そんな気軽に壊すとか物騒すぎない!?」


 めぐが何かを心配している。……ああそうか、ここが地下だから生き埋めになるかもしれないって心配をしているのか。それは大丈夫、俺がみんなを防御で包んでおけばダメージはないし、クロエの魔法で空でも飛べばいい。クロエなら飛べる。飛べるよな?


「生き埋めの心配なんてしてないよ!? いや、え、私がおかしいの!? なんで!?」


「キミヒト、めぐはたぶん私たちの事じゃなくてここの被害の事を言ってるんだと思うわ」


「あぁ、なるほど」


 理解した。理解したがそれならなおさら俺の気持ちをしっかり伝えて許可をもらわなくてはならない。俺はめぐが白と言えば黒いカラスの群れだろうが白だと認識を捻じ曲げるくらいの狂信者だが、譲れないこともある。


 クロエには伝わっているみたいだが、俺の信仰対象であるめぐにはどうやら伝わっていないらしい。俺の女神は優しすぎるからこの発想に至らなかったのだろう。別にクロエが優しくないとは言ってない。


「いいかめぐ。この街は宗教関連で力を付けた街だっていうのはいいよな? 月の女神だかなんだかっていう知らん奴がいるのも別に良い。ここの宗教に難癖をつけるつもりは全くない。俺もめぐという心のよりどころによって冷静になれるから気持ちはわかる」


「れい……せい……?」


「俺は至って冷静だよ」


 頭にはてなマークをいっぱい浮かべながら首をかしげるめぐが可愛い。クロエはなんとも言えない顔をしている。なんかクロエが俺を見る目がダメな弟を見る目に見えるけどこれは気のせいだろう。冷静な俺にはわかる。


「いやいやそれならなんで壊すのさ。心のよりどころが必要なんでしょう? 私もこうやって元気になったんだから普通に帰ろう?」


 下から上目使いで見つめてくる攻撃に思わず膝をついて崇めるポーズを取ってしまうが、今回は俺を止めることは出来ない。


 それにそんなに多くの人がこの施設にいるようにも思えないし、いたとしても重要施設に入ってくるなら偉い立場にいるだろう。護衛とかそういうのがついてない、なんてことはないから死ぬことはないだろう。ラッセルが自由過ぎるけど部下はまともだったから大丈夫だと思う。たぶん。あいつら流石に異変があったら外出るだろう。


「いや、ここはもうだめだ。手遅れなんだよめぐ」


「ど、どうして」


「だってここはめぐの力を不当に利用した。さっきまでここをちゃんと開けようとしてたのはめぐが元気になる方法がそれしかなかったからで、元気になって必要無くなったのなら消滅させるか回収しなくてはならない」


 つまりはこういうことだ。めぐの力を利用したの絶対にゆるさん。ただこれだけ。めぐの力が何かしらに守られているからここから動かないのだろうが、この施設を丸ごとぶち壊せばたぶん何かしらの反応がある。安定しなくなって消滅するか、もしくは天界に戻る。お許しを頂いた以上天界に戻すのも良いと言えば良い。


 でも出来るならばそれを強化スケルトンの時と同じように無理やり触って回収したい。俺の今の使命はこれだ。


 そう伝えてもめぐは納得してくれなかった。


「うん、お兄ちゃん。わかったけどね? でもさ、さっき大女神様来て放置していったわけだしそのままでも良いよ? 無駄に争い起こすのもあれだしさ。私ももうここの神気は放置していっても問題ないし。ね? 危ない事しないで帰ろう?」


「めぐわかってくれ、男にはどうしてもやらなくちゃいけない時があるんだ」


「絶対今じゃないよね? やらなくていいって言ってるよね? 私別に不当に利用されたからって怒ってないよ? そもそも私が勝手に置いていったんだから許してあげて? ね? 狂信者めんどくさいね?」


 どうしても納得してくれない。それなら言い方を変えてみるか。今までのも本音ではあるが言い方を変えて誠心誠意しっかり伝えよう。男には言わねばならない時もある。今がその時なのだろう。


 俺はめぐの肩を両手でしっかりと掴み、至近距離から目を見つめる。


「めぐ、君を愛しているんだ」


「ふえっ!?」


「俺は愛しているめぐの力が他の奴に勝手に使われてるのが我慢できない。これは嫉妬だ。見苦しい俺の勝手な言い分だ。でも愛するめぐの全てが欲しい。めぐの全部を俺の元に置いておきたいっていうわがままな欲望だ。代わりに俺の全てをめぐに捧げる。めぐ、世界で一番大切な俺の女神様、貴女の全てを俺にください」


「え、えー……あー……えとー……」


 めぐは真っ赤になってもごもごと何かを言おうとしたり口をぱくぱくさせたり目が泳ぎまくっていたりかなり挙動不審になっていた。俺の女神様に対する思いは全然言葉にしたりないが簡潔にまとめると愛だ。


 これでも伝わらないならここで小一時間めぐに愛をささやくことになるだろう。めぐの一部である神気をこんなところに放置していくわけにはいかない。


「めぐ、まだ足りないか?」


「え!? ううううううううんんん!? だだだだだいじょぶ! つたわったつたわったからもうだいじょうぶわかったわかったからおにいちゃんの好きにしていいいいからもうやめて!」


「そか。ありがとな。よっしゃ、クロエやるか」


 めぐの許可がいただけたのでクロエの方に振り返るとひどく冷めた目をしたクロエがいた。……いやうん。正直こんな真心込めてガチ口説きしたの誰もいないからそらそうなる。フラフィーいたらたぶん俺刺されてるしクロエはたぶん回復してくれない。


「みんなに伝えておくわ」


「……死なない程度にお願いします」


「はぁ全く。キミヒトは元に戻ったけど、めぐの方がそのままじゃ意味ないわね。元気になったのは良い事だけどこれから大変ねキミヒト」


 クロエはそう言って魔力を練り始めた。


 ……俺の方を向いたまま。

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