第248話 無理やり強化

「よっしゲット……!?」


 塊に触れて、この手の中にしっかりと収めたが感触は全くなく吸い込まれるように俺の中に消えて行った。一瞬スケルトンのように暴走するんじゃないかと思ったがそんなことは無く、女神様の一部が俺の中にあるという高揚感で心はいっぱいになった。


 しかし、その高揚感は恐ろしいほどの息苦しさによってかき消される。不屈を全力で発動させているのにも関わらず全く消えることのない息苦しさ、しかし体の隅々までいきわたる自分の意識。


 何が言いたいかわからなくなるように、自分の体と意識が分離しているかのような錯覚によって非常に気持ちが悪い。そして息を吸っても吸っても全く呼吸が出来ている気がしない。体が動きすぎている……? 酸素が足りなくて上手く思考がまとまらない。


「は、はぁはぁ、すぅはぁ」


 吸っても吐いても逃れられない苦しさ、ものすごく酸素の薄い所で無理やりに全力で行動したような……。しかしそれでも体は自分がイメージした通りに動く。いつもはかなりラグがあるのではと思うほどに気持ち悪い位滑らかに動く。


 え、呼吸困難以上に滑らか過ぎる自分の体の動きに酔いそう。


「キ……か……」


 クロエがものすごくゆっくりと手を挙げ俺に何かを言っている。全く聞き取れないほどゆっくりと喋りその直後、急に体が重くなったような気がした。というよりもいつもの状態に戻ったような感じがする。


 全身に行きわたっていた意識が一か所に集まって、無理やり増やされた違和感のある臓器が消えたような。


「……キミヒト、聴こえる?」


「え……? あ、あぁ……。なんだ、今の」


 体の調子が戻っていた。クロエが何か言った直後って事は、クロエの魔法の効果か? そう言えば最後にクロエが何かを言っていたな。女神様の力っぽいもののあまりの抵抗の強さに全然聴こえてなかったけど。


「うーん、キミヒトでもこんな状態なら他の誰にも使えなさそう。この魔法は封印かしらね」


「クロエ、何したんだ?」


「これもこっちの世界に移ってから編み出したんだけど……」


 クロエの説明によると今の魔法はオーバーブースト、簡単に言うと普通のバフのさらに上のバフ、をさらに無理やり強化したものらしい。


 バフの上のバフをブーストと呼んでいるらしく、それだけでもかなり体に負担がかかってめちゃくちゃきついらしい。その分自分の身体能力や思考速度とかが格段にあがる代物だが、使える人はほとんどいないとの事。


 獣人には狂獣化があったが、それを魔法の力で無理やり再現した魔法がこれに当たる。狂ったりしないし、本物の狂獣化に比べると出力は低いらしいがそれでも充分に効果はある。


 使える人がほとんどいないというよりは、負荷が高すぎて使う必要性がほぼない、といったほうが正しいみたい。それなら複数のバフをかけて補ったほうが長時間戦えるし負荷も少ない。


「つまりだ、人間がギブアップするような魔法って事か?」


「そうね。ここぞっていう切り札で短時間で勝負を決めたい時とかに使う人がいる魔法ね。ほとんど禁術になってると思うわ」


「で、クロエはそれを超える魔法を使ったわけだ」


 クロエのオーバーブーストはそれのさらに上、ぶっちゃけ数秒持てばいいほうで下手すれば死ぬかも見たいな魔法。魔力が格段に上がってバフに闇魔法の効果を足していい感じになるようにしたら出来ちゃったらしい。可愛い顔して何してんだよ。出来ちゃったじゃないんだよ。


 使えるのはわかっていたけど使った相手がどうなるかわからなかったから試し打ちもしなかったらしい。魔物にやって想像以上に強くなったら返り討ちに合う事もあるかもしれないと思うほどの強化幅。


 そして死ぬほど高負荷なのはわかっていたけど俺に使ったと。おいこら。まじであかんだろ。でも俺なら耐えられるだろうっていう信頼感は普通に嬉しい。そういう信頼感は嬉しがって良いのかまったくわかんないけど。


「でも欠陥魔法ね。完全に強化されるわけじゃないのが問題かしら。あの勇者……ショウだっけ? あの超人スキルみたいにキミヒトに使えたら良いなって思ったんだけど」


「なるほど、確かに超人スキルと戦うならあれくらいあれば勝てそうだな」


 そうか、クロエも負けたことを気にしてくれていたのか。ショウやユウキ、勇者達に負けてから俺は強くならなければって思っていたけどクロエもそう思っていたって事か。なんか嬉しいわ。


 しかも自分が強くなるだけじゃなくてみんなをサポートして戦えるようにしようっていうのがなんともクロエらしいというか。とにかくなんか気持ちが通じ合ったような感じがして無性に愛おしいわ。


 というかそのために魔法編み出すって相当凄いと思うんだけど。イリスはもう魔法ってカテゴリーじゃない魔法使ってるし、クロエはクロエで好き放題やってるしこの姉妹おかしすぎるだろ。


 それにイリスが近くにいなくても状態が安定してるし無敵かよこいつら。


「あ、じゃあもしかして魔法使われた時の感覚とか伝えれば改良出来たりする?」


「ええたぶん。っていうかそんなにわかるような感覚だったの?」


「あぁ……やべーよまじで……」


 そうだな、例えるなら心臓的な臓器が体のあちこちに出来たと思えばいいだろうか。体の中の血液を送り出す器官……そしてそこから筋肉や細胞を無理やり活性化させる何かも追加されたというか。


 走って苦しくなるのは体が酸素を欲するからで、酸素を欲する器官が体の中に一気に増えたらどうなるかなんて考えたらそらね、呼吸困難必至ですわ。酸素をいくら取り込んでも体中に回りきらず、それでも無理やり稼働し続ける肉体。


 うん、つまり呼吸しないでフルマラソンしろって言ってるのと一緒だよね。それも短距離走バリの全力疾走で。


 出来るかそんなもん。しかも強制でやらされるとか地獄以外の何物でもない。


「なるほどね……。じゃあ闇魔法のこことここをいじって……」


 クロエは魔法を改良するべく考え込んでしまったので、片付けなければならない問題を解決しに行こう。あまりの苦しさからそっちを優先してしまったわ。本来はこっちのために行動していたから先に聞くべきだったかもしれない。


「めぐ、俺なんともないんだけど」


 女神様の力の断片、俺の中に入ったっぽいのに何もおきてないんだけど。

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