第197話 あの辺見て

 さっきまでずっと泣いていた幼女だったが、目の前に運ばれてきたご飯を見るや目を輝かせご飯とベノプゥを交互にちらちら見ていた。微笑ましすぎるんだが?


 そんな子どもの姿にベノプゥは苦笑して食べていいよと促した。幼女はお腹が空いていたのか、勢いよく食べ始めた。うむうむ、子どもが元気にご飯を食べる姿っていうのはいつ見てもいいものだ。


 見た目的には小学校低学年……いやもっと小さいかもしれない。体もやせ細っているしあまり良いご飯を食べていなかったのだろうな。攫われてもベノプゥしか助けに来なかったところを見ると孤児院にはいない孤児かな? 見おぼえないし。


「改めて礼を言わせてもらう。君たちのおかげで一人の子どもを救う事が出来た」


 深々と頭を下げられるが、そんな恐縮されると子どもが何か変なものを感じ取るのでやめていただきたい。なのでやんわりと頭を上げるようにお願いする。


「俺達が通りがかったのは偶然ですよ。あまり気にしないでください」


「それでもだ。わし一人の力ではきっとまた連れていかれていただろう。それなりに腕に自信はあるが、あの人数が相手だと分が悪い」


「また、ですか? ということは結構そういう騒ぎが起きているんですか?」


 奴隷にされる寸前の子どもの前で直接その単語を言うのがためらわれたため、少し言葉を濁して言う。前の世界でも奴隷騒ぎが起きているのは知っていたが、そんなに頻繁に起きていたのかは知らなかった。


 あの時は意識がはっきりはしていたが感情の起伏がそこまで大きくはなかった。遠くで起きていることは遠くで起きている事。自分にとって関係なければ気にならない程度でしかなかった。


 もしも前の世界で最初からこんな風に意識があればもっと活動的に子どもを助けていたかもしれない。


「あぁ……最近になってひどくなってきたんだ。どうやら盗賊団も関わっているようで……いやすまん、見ず知らずの冒険者の方に話す内容じゃなかったな。忘れてくれ」


 ベノプゥはそう言って話を切り上げる。こっちとしてはもっと聞いておきたいところだが、無理やり話を聞きだすのは違うだろう。それに善意だけで行動するとも思っていないだろうし、その辺は貴族らしいかもしれない。


 だが見てしまった以上は手を貸そう。それに助けられたはずの奴隷にされそうな子どもを放置したとかみんなに怒られるだろうしな。リーベンも良い噂聞かないしやってやろうじゃないか。


「キミヒトさん」


「うん、助けてあげようお兄ちゃん」


「情報収集ならばっちこいだよキミヒト君」


 みんなも乗り気だしここは勢いで突っ走るところだ。


「ベノプゥさん、俺達が力になりますよ」


「いやしかし、恥ずかしい話私には君たちに払える報酬がない」


 一瞬嬉しそうな顔をしたベノプゥだったが、自分の懐具合を思い出したのか申し訳なさそうな顔をする。奴隷解放について行動しているところは少ないし、そう言う所は大体お金を持っていて冒険者に依頼を出している。


 ベノプゥは依頼を出せず自分の足で助け回っているというのだからかなりの変わり者だ。だがだからこそ助けになってあげたいし、そのほかにも気になるところがある。


「お金の心配はいりません。むしろ奴隷解放についてはこっちもやりたいくらいなので力を貸してほしい位ですよ。どうやら察知できるような能力をお持ちのようですしお互いに助け合えるなら報酬はいりません」


「……そう、か。すまない、よろしく頼む」


 ベノプゥは依頼するよりも自分で走ったほうが早い、そう言っていた。街の近くにきたあかねとめぐが気付いたから急いで向かったが、それよりも早く到達していたことになる。


 そして子どもが意識を保っていたことを考えるとそれは連れ去られる前のはず。つまりベノプゥにはこれから子どもが連れ去られる場所がわかる何かがあるはずだ。


 少し迷っていた様だが、俺の提案に渋々と言った様子で頷いた。お金のない取引というのは不安だが、子どもの安全を少しでも高められるなら仕方ないといった感じだ。


「こちらこそよろしくお願いします。それで確認なんですが……」


 ご飯を食べながら俺達は今後の予定を決める事にする。ベノプゥ曰くこれから数日はこういった拉致被害は起きないとの事。能力の秘密を打ち明けてはくれなかったが、そういうのがわかるそうだ。


 こちらは街の声が分かるという事を告げ、一応常に警戒はしておくと言っておいた。街にいるならば街の人たちと仲良くしておく必要があるしな。イリスの武器である枝持ってるのも武器屋の親父だし。


 いやでもイリスの魔法の出力本気出したらあの杖でも壊れるとか言っていた気がするな。ということはもしかして前の世界でイリスが負けたのってちゃんとした武器を装備出来てなかったからでは……? そう言えば変身してからずっと素手だったなイリス。


 うーむ、となるとイリスも扱えるちゃんとした武器の情報も調べる必要が出てくるな。今の俺達なら相当なダンジョンにも潜れるだろうしちょっと色々考えておくかな。なんだ、王都で出来る事まだ結構あるじゃん。


 だがその前に、問題はこれから起こる謎の出来事だ。ベノプゥは今でこそイケてる親父風味だが、俺が前の世界で会った時は完全に人間ではない姿をしていた。どこかしら面影があるが同一人物とは思えないくらいの変化だ。


 それに一緒にいた護衛兼教育係と言っていたムバシェという男もいない。教育係だったのならばずっと一緒にいるかその存在はベノプゥも知っていたはずだ。しかし知らないと言っていたのでたぶんベノプゥの見た目の変化に何かしらに関わって来るだろう。


「あの男、人間にしては綺麗な心の持ち主でしたね。純粋に子どもの心配ばかりしているようでした」


「うんうん。私もちょっと心の声聞かせてもらったけど邪なこと一切考えてなかったよ。ずっと子ども達の未来のこと考えてた。キミヒト君の提案に乗った時も、自分が騙されたとしても子どもは守るっていう決意を持ってたよ」


 熱いおっさんやな。めぐからもあかねからも良い人認定ならまず問題ないだろう。これで問題があったとしたら女神すらだまし心の声すら偽造するやべーやつになるけど。


 とりあえずは情報を集めるか……と思った時にあかねが何かを発見した。


「ねぇキミヒト君。この街ってさ、ギルドと王城に地下あったけど他の所って聞いたことある?」


「いや、ないけど」


「あの辺見てみてくんない?」


 あかねに言われた通りの方向、地面の方向を透視でのぞいてみると、かなり遠くの方だが確かにそこには何者かの反応がある。しかもかなりの数だ。あの辺りには王城もギルドもない。


 ベノプゥはこれから拉致被害は起きないと言っていたが、すでに連れ去られた人たちがどこにいるかはわからないとも言っていた。見た感じぐったりしている人が多いのでこれは当たりを引いたのかもしれない。


「行こうか」


「うん」


 俺達はその場所に向かう事にした。

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