第86話 安全地帯

「……なるほどね」


 俺たちは五階層に到着したがそこはあまりにもひどい有様だった。下に向かっているはずのダンジョンなのに高い位置に階段があったことをおかしいと思うべきだったのかもしれない。


 通常の高さよりも階段の位置が高く、それでいてさらに下に降りていくとどうなるか。そしてこの水のダンジョンの湿度の高まりと四階層でのひざ下まである水、状況は整っていた。


「水浸しなんてレベルじゃないわね」


「まさに水のダンジョン」


「川より深そうですね」


 五階層は恐ろしいことに完全に水で満たされていた。階段も半ばから水に浸かっていてそこからさらに地面への距離もある。


 人間がクリアできるレベルじゃない。というかこれで難易度設定Cってどういうことなのだろうか? あれか、ここ以降の難易度を調べることが出来なかったからここまでは難易度Cってことか?


 難易度設定ザルすぎる。いやでも調査も入ったって言ってたし……そういや調査は途中で投げ出してもいいんだったな屑鉄がそうだったし。


 こんな状態ならさっきのイリスの魔法で足場を生み出すと言うことも出来なさそうだ。


「キミヒト、どうする?」


「せっかくここまで来たからには捕まえたいよな、柔亀」


 俺たちの目的は攻略じゃないからここで柔亀を見つけて捕まえて帰ればいいと言うただそれだけ。普通なら水上で柔亀が出現するのをひたすら待てばいいだけだが問題がある。


 それはここが階段の上、つまり安全地帯で魔物が入ってこないと言うこと。


 誰かが中に入って敵を釣り出そうとしてもここまで追ってくることはないしそもそも水の中で戦闘行為を行うと言うのは非常に危険。なんだったら自殺行為と思ってもいいだろう。


 ここには三メートルを超えるアリゲーターも生息しているし水上ならまだしも水中なら人間になすすべはないだろう。魚人とかそういった種族の仲間がいないとたぶん無理だと思う。


「キミヒトさん、釣ってみるのはどうですか?」


「釣り? っつっても釣竿もエサもないしそもそもひっかかるのか?」


「私の故郷では怪力の獣人をエサにしてアリゲーターを釣っていました」


 どうやらフラフィーの故郷では力のある獣人にロープをくくりつけ水の中に入ってもらい、水の中で襲い掛かってきたものを力づくで取り押さえて釣り上げるんだとか。


 でかい口に襲われても力でこじ開けて耐えたり杭を持ち込んで閉じられないようにしたりと色々工夫していたみたいだがどう考えてもおかしいだろ。


 確かにアリゲーターって種族は人型しか襲わないって話だしそれが一番手っ取り早いけど現実的じゃないと思うんだよね。獣人が迫害されてた理由ってもしかして野蛮すぎるからなんじゃないでしょうか。


 でも実際そんなことできるって相当かっこいいしめちゃくちゃ痺れるわ。


「フラフィーはやったことあるのか?」


 フラフィーは盾専門だし力のある獣人ってわけじゃない。となるとやったことないと考えるのが自然だがどうなんだろう。


「私は釣りあがったエサ……アリゲーターを料理する側でしたねぇ」


 だろうね。でもたしかに囮を使って引っ張り上げるのは相当ありな気がするな。アリゲーターが釣れるのはあんまりよろしくは無いけど探せば柔亀もいるだろう。


「じゃあ俺がやるか。クロエ、縄を出す魔法とかあるか?」


「まさか本当に釣る気?」


 俺は作戦を説明することにした。フラフィーの言っていた囮作戦、そして俺がいるからこその水中での探索。ようやく俺の活躍の場がやってきたぜ。


 詳しく説明していくとみんなから賛同を得られた。実質問題があるとすれば止めに関してだったがこれはクロエの魔法がそのまま効力を発揮してくれるみたいだ。


 弱らせて水上にあげてしまえばあとはなんとでもなる。


「普通は攻撃力低下とか束縛とかそういうのに使うんだけど、こんな使い方は初めてね」


「でもちょっと楽しいかも」


「やっぱり釣りっていいですよね」


 俺の収納には相当数の剣が入っている。その大半が使い捨て用に買ったものであまり頑丈とは言えないものになっているが、今回はそれを釣り針として使用する。


 そしてその剣の柄の部分にはクロエの魔法でデバフもりもりの闇魔法っぽい縄をくっつける。これがやつらを釣るための釣り針と釣り糸、そしてエサは俺。


「こっちはこの辺に突き刺してっと」


 デバフの縄は伸縮自在だが、持っているとそれだけで力が吸われていく。なので持つわけにはいかないので剣は縄の両端に取りつけ片方は階段の適当な位置に俺の透過で無理やり固定しておく。


 そしてもう一本の方は俺が持って水の中に入っていく。


「キミヒト、本当に大丈夫?」


「大丈夫大丈夫、ちょっとだるいけどこのくらいなら耐えられる」


 クロエのデバフ効果があるが俺には不屈があるので無理やり耐えることが可能。そして水中に行ったとしても透過の力を使えばそれなりに行動することも出来る。息が続く限りっていう制限はつくけど。


 というわけで作戦概要は俺がエサになって直接敵の中に剣を透過で食わせ、クロエに獲物を釣り上げてもらうという簡単な内容です。釣りというにはいくらか強引だし野蛮だけども。


 釣り上げたやつは水上なら凍らせることが出来るので冷凍してお持ち帰りする。これで何とかなるだろうと思う。ならなかったら俺も獣人みたいに水中で掴んで引っ張り上げてもらう戦法とるしかない。なんとかなってくれマジで。


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