第33話 甘い

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 手を洗って、うがいして。部屋着を持ってきて脱衣所で着替えて来た。そして当然かのように茨木はお菓子を開封せずにベッドに座っている。

 きっと私が戻るまでは開けずに待っているだろうなという予想は見事に的中し、そわそわして落ち着かない様子だった。


「箱、開けてみる?」


「任せろ!」


 茨木セレクションのお菓子の中で一番光っていたジャムのクッキーを手渡して、どうやって開けようとするのか観察してみる。

 さすがに簡単な漢字やひらがなだって分かっているんだから、ミシン目に沿って開けるだろう。ちょうどその部分に親指を掛けているから、きっと普通に開けるはず。

 しかしすぐにミシン目から指を遠ざけ、箱の隙間に指を突っ込んで無理やり抉じ開けるようにべりべり剥がしていく。


「……珍しい開け方をしている」


「これ以外にどうしろと?」


 未開封のお菓子を少し避けて、茨木とは拳二つ分くらいの距離を取って箱を指差す。


「ここの部分を指で押しながら上に持ち上げる感じで」


「なるほど……箱にもそう書いてあるな」


 時々脳みそを使わないのは鬼の性なのだろうか。それともただ脳筋なだけなんだろうか。それはそれとして簡単に開けられる方法を教えると、他のお菓子の箱でちゃんと開けてみたいらしく、ぱかぱかと全箱開けて喜んでいる。

 思考回路が年齢と釣り合っていないってこういう事なんだろうと感じた。


「どうせだしお皿使おう」


 小学生くらいの時に陶芸の体験教室があって、それを遠巻きに見ていたら参加者だと思われてたまたま出来上がってしまった皿がある。今まで使ったこともないから、引き出しの奥に眠っているのを起こしてみた。

 きっと出来上がってからずっと入れっぱなしだったからか、触った瞬間に少し埃っぽい感じがして腕が少し鳥肌気味になった。

 さすがにこのまま使うのはつらい。足早にキッチンへ行って皿を綺麗に洗うと、少し端の方が歪んでいるけれど、幼いながらになかなか形がよくできていると思う。


 部屋に戻り皿にティッシュを乗せ、開封済みのお菓子を並べると、なんだか友達を部屋に呼んだみたいで少し楽しい。

 摘んだクッキーを口の中へ放り込み、イチゴジャムとバタークッキーの甘い味が口内を満たした。いつも食べているレーズンとは違った甘みが下を喜ばせている感じがする。


「美味しいね」


「甘くていいな!」


 この瞬間だけは暗い家とは違い、甘くて明るい部屋になったと思う。








 たわいない会話の中で一つ気付いたことがあった。


「あんたの手って、結構変わるけど変幻自在なの?」


 クッキーを持つその手は今は人の手をしている。きっと初めてあった時の獣みたいな手に鋭い爪だと上手く持てないからとかそんな理由だとは思うけれど。


「まあやろうと思えば手だけではなく、身体の構造自体も変えることはできる。ほら、前みたいに女の体にすることもできるぞ」


「女の人になるのはもういいから……あれは目のやり場に困るし」


「照れてるのか? 愛いな!」


「何胸だけ膨らましてんの!? やめてよ視界の暴力だ!」


 空の皿を退けて詰め寄って来ると、茨木の両手が私の胸目掛けて飛んでくる。


「なんで、こんなこと」


「女同士で胸をもみ合ったりするのは普通だって聞いたから」


「やってる人もいるけど普通じゃないし!」


 それにどうやっならそんな情報が入ってくるのかが謎すぎる。それに茨木は見た目が女の人になっていても中身がバリバリの男だと思う。

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