第32話 取捨
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スーパーから出た私たちは、他の用も特に無いから寄り道せずに家へ向かった。道中も茨木は機嫌が良いし特に嫌な気はしない。きっとこの時間は学校で教室にいるよりもずっとずっと楽で苦しいとは感じなかった。
家の前に着くと、ふと何かの違和感を感じた。
そういえばいつもならある高そうな車が今日は無い。朝は確かにあったはず。
ある可能性が頭に浮かんだけれど、私には特に関係ないから、玄関まで歩いて鍵を開けた。家に入るとやはり考えついたものと同じ。何一つ音はしないし、テレビの音も電気の光すらもない寂しい空間だった。この家には私たち以外には誰もいない。
「家族で外食にでも行ったかな」
「まさか! 雪花を置いて行ったのか!?」
驚く茨木とは違い、当人の私は他人事のように言う。やはり私は家族では無かっただけ。これといって何も感じない。
「よくあることだし、今更気にするほどでもないよ」
下を向いて平然と靴を脱ぎ出す私を見てさらに何かを思ったのか、茨木は長い髪を揺らして私に迫ってきた。
「こんなことよくあってたまるか! 何も告げられずこんなことされて、少しは怒るか悲しむかしろ!」
「何も思わなくなったんだから仕方ないじゃない?」
「全然仕方なくない! なぜ腹を立てない!? こんなこと許せないだろ!」
目と鼻の先まで近づいて怒鳴り、今更なことを言うから笑いそうになる。
茨木が言うことは正しいかもしれないけれど、そんなことを考える暇があるなら明日どうやって学校で切りぬけようか考えた方が有意義だと思う。
にしても茨木って本当に感情に起伏があって、私よりも人間してるんじゃないかな。もともと鬼ってこんな感じなんだろうか。だから怒ることが普通なんだろうけれど、自分のことに対して悲しんだり怒ったりする感情を殺さなければ生きていけなかった私に、こうやって怒ってくれる気づかいは私よりも本当の人間だ。
それよりもまずは部屋に戻る方が先だろうけれど。
「そんなことより早く行こうよ、こんな所で鉢合わせなんかしたら最悪だよ」
「……」
あからさまに不機嫌そうに口をへの字にして、私の後ろにぴったりくっついて離れない。
生きる時代が違えば感じ方も価値観も違うことにやっと気づいたのかもしれない。だとしてもどうせすぐ気持ちが切り替わって笑っているんだろうし、大して気にしないだろう。
部屋に着いてもまだムッとしてる茨木の頬を両手で遊んでみる。摘んで伸ばしてみたり、唇を尖らせるように両頬を押してみたりするとさっきよりはマシな顔になっている。
「機嫌なおして、ほらさっきのお菓子でも食べてさ」
「扱い方が子供じゃないか……」
別に子供扱いをしているわけじゃないけど、そう思ってる茨木の顔が面白くて否定はしないでいる。
せっかく買ったのに手をつけていない茨木セレクションのお菓子に手を伸ばした。一つ目は真ん中にイチゴジャムが入ってるクッキーだ。
なんとなく高価そうなイメージがあるお菓子の一つ。でもそんなに値段はしなかったはず。
「私結構こういうの好きだよ、綺麗だし」
「だろう? きっとそう言うと思ってたんだ」
まるで私のことなんか全て分かりきっているような子供のような笑みに、やっと元どおりになった気がして私も気分が少しだけ良くなったと思う。
「いつでもこんな顔してなよ」
「雪花がいつまでも俺を望むならそうしよう」
「調子に乗らないで」
鼻を思いっきり引っ張ってやると、ふがふが言いながら「やめてくれ」と言った。演技くさいからもう少しこのままでいてやろう。
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