第31話 変わりゆく
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誰かと話すのは苦痛で仕方がなかったけれど、今は釣られるように自然と言葉が口から出ていく。ただただ楽しく思う。
そんな私に気付いたのか、茨木も楽しそうにしてたくさん喋って笑って、もう鼻歌でも歌いそうなほど機嫌が良さそうだ。
さっきも言ったように、何事も楽しもうとするのが改めてすごいと思った。そんな茨木にとってはきっと何でも輝いて見えるんだろう。単純に羨ましく思うし、見習うべきだと感じる。
空が紫色になってきた頃、近くのスーパーにたどり着き、茨木のテンションもかなり上がってきたところだ。子供みたいにきょろきょろと周りを見渡してはしゃぐ姿からは、とてもじゃないけれど、強い鬼だとは想像もつかない。
しかし入り口付近にいつまでもいるわけには行かず、カゴを持ったら袖を引っ張って奥へと進む。
まだ暑いとは言えないけれど、生鮮の近くを通れば冷気に当たって涼しくなり、勝手に熱を出し始めて勝負しようとする。何か物を壊してからでは遅い。早足で袖を引きながらその場を去った。
「この二列が全て菓子だと……」
「技術の進歩の賜物だよね」
ビスケット、チョコ、クッキーなど様々なものが並ぶ甘い棚に、茨木は気になったものを手に取って見て袋の上から匂いを嗅いだりして、文字通りの釘付けになっている。そこまで気になるものだろうか。
私は少し間を開けて茨木の横にしゃがむと、茨木も同じようにしゃがみ込んで下の方の棚の物色を始めた。
特にお菓子にも興味を見出せなくて、茨木の真剣そうな横顔を眺めてみる。白い髪とは違った白い肌に鼻筋も輪郭のラインも、横から見るとそれなりに整っている、と思う。最初から人ではないものとして思っていれば黒い目も赤い目も怖くない。
「雪花……もしかして、俺に見惚れているのか? あまりにも俺が男前だから……」
「私そんなに見てた?」
「ああ、穴が開きそうなほど見つめられていたぞ。まあ雪花になら穴の一つや二つ開けられても構わないが」
「ごめん今針持ってないや」
「持ってたら刺したのか〜」
「それはそれで構わない」とかなんとか言ってまた笑い出すのを見つめていると、側に茨木以外の気配を感じて振り向いてみるとそこにいたのは小さい男の子だった。熱心に茨木がいる方向を見ていて、まさかとは思うけれど、この子には茨木が見えている?
「えっと、君。そんなに見て何かあるの?」
「だってお菓子が浮いてるんだよ? ふつーに気になるじゃん」
そうか、普通の人には茨木の姿は見えていないから、勝手にお菓子が動いてたり浮いてるように見えるのか。
迂闊だった。最近茨木が近くにいることが普通なことだと錯覚し始めていたから特に気にすることもなく普通に過ごしていた。
茨木の持っている……否勝手に動いているお菓子を片手で取り上げて元の場所へ戻す。健全な子供の心を傷つけてはならない。きっとこういう子ってお母さんにペラペラ喋っちゃう子だろうし、変なことだと思われてしまうだろう。
「も、もうないないだよー? 何にもないよー?」
「急に何をするのだ雪花。俺はまだこの菓子に含まれる成分から味を想像しきれていない」
「元に戻しちゃったからでしょー!」
「でももう浮いてないから、ね!」
「えー……今の絶対ぽるたーがいすとだったよ!」
男の子は文句を垂れながらも、奥から聞こえたこの子を呼ぶ母親らしき声に反応してすぐに走っていった。ナイスタイミングだった。
緑色のカゴを持つ母親の側に並んで歩きながらきっと「勝手にどこかに行ったらだめでしょ」「今日は何が食べたい?」とか普通の親子の会話がされているんだろう。男の子は母親に笑顔で受け答えしている。
「……」
「雪花?」
「……何でもない。ほら、早く選ばないと日が沈むよ」
「それもそうだな! じゃあこれとこれと、あとこれもだ」
「そんなに……まあいいか」
茨木には持たせずに私がお菓子の箱を抱えて混雑していないレジに並び会計を済ませた。満足げな表情を浮かべる茨木がさっきの男の子と重なって胸をきゅうと締め付ける。
ーー私の過去には一度だってあんな温かいことは無かった。
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