第29話 写真

 沈む夕陽が横顔を照らしながらバス停までの道を歩き進め、どうせためになることはない、どうでもいい話をするのがこうも心が安らげるとは知らなかった。安らげると言っても、いつもよりは楽だと思うくらいだから、実際ストレスが減るだとかどうとかは分からないけれど。


 さっきから茨木はあの走る車より速く走れるとか、自分がどれだけ強いかということや、知らない私の話、友達の酒呑童子の話を自慢げにやや早口で興奮気味に喋りまくったせいで、大まかなことしか聞き取って理解することができなかったけれど、思い付いて喋る話なんてこんなものだろう。クラスの女子がそう言っていたしきっとそうだ。


「楽しそうね」


「当然だろう。雪花といるのに楽しいわけがないからな」


「そう。なら、よかった」


「急にどうした?」


「何でもないよ」


 見えてきたバス停の横に立ってバスを待つと、数分待たないうちにやって来た。いつもなら時間通りの時間プラス二、三分くらい待つのに、珍しい。やはり油断はできない。


「めっちゃ空いてるな! 今なら選び放題だぞ!」


 そんなことにはしゃぐ茨木を横目に見て、いつも通り二人席の方に座る。なんとなく人は、前の方に座る人が多いから空けたということと、どうせ混んでないなら茨木が座っていても大丈夫だという理由で二人席を選んだ。


「隣、座りなよ」


「っ! ああ座るぞ!」


 破顔しているのを見てなんだこいつと思ったものの、そう言えばこういうやつだと思い出して、携帯で茨木の写真を撮ってみた。パシャリとは鳴らずに静かめにピロンと鳴った携帯に気付いた茨木がただこちらを見つめている。


「何したんだ?」


「写真撮ったの、すごい間抜け面だから」


「間抜け……どんな風だ?」


 覗くように顔が近付いたから、反射的に仰け反ってしまって、茨木はさらにぽけーっとした顔をした。その顔が一番バカっぽいなぁ。

 撮った写真と見比べてやろうと、写真をタップするとそこにあるのはバスの車内を背景に、黒い大きな影が写っているものだった。


「あれ? なんで」


「どれどれ?……おぉ」


 自分を写したはずなのに黒い影しかないという現象に驚いているんだろう。私だって驚いた。肉眼にははっきりと見えているのに、写真ではそこに"なにか"があるだけにしか分からないことが。


「心霊写真って言うのかな」


「そこらの人魂と一緒にされるのは好ましくないが、俗に言えばそういう感じだろうな」


 ということは茨木とは写真は撮れない、撮られないということか。ここまで人と関わることができないなんて、鬼は悲しい生き物なのかもしれない。もともと人と交わして良いものじゃないけど。


「さすが俺だな」


「何で?」


「この黒さは俺の強さの象徴! ドス黒ければドス黒いほど俺は脅威的で獰猛で……やばいやつということだ!」


「最後なんか思い付かなかったの」


「充分頑張ったつもりだが!」


「あっそう、お疲れ」


 今度は鼻息荒くしてドヤ顔?して自分に浸かっている。本当に茨木はころころと表情変わって飽きない。人でもこういうのが好まれるんだろうな。


「にしてもこうすれば俺のすごさが伝わるとは思いもしなかった。どれ、貸してみろ。人魂でも写してすごさを分からせてやろう」


「えっ」


 流れるように私から携帯を抜き取って、適当に窓の外を撮ると、もともとあった私の手に収まり、今撮った写真を見せろと言われる。

 アルバムを開いて一番最近の写真を見てみると、他の人が撮った心霊写真より鮮明ではっきりとしていて、知らないおじさんがこちらを見て恨めしそうな顔をしている写真があった。


「見やすくなるようにすこーしだけ俺ががんばったぞ」


「気持ち悪い……なにこれ」


「こんな行き場を無くしたやつはそこらに溢れかえっているぞ。とくにさっき撮った辺りは集まりやすいから、この駅では降りるなよ」


 バスが止まる独特の音がして、無意識にビクッと肩が跳ね上がるのが自分でわかった。

 扉が開いて、乗ってくる人が乗車券を受け取って席に座る足音が、いつもなら気にしないはずなのに、少しの眠気が完全に吹き飛ぶほど居心地が悪く感じる。


 運転手が次に止まる駅名を言う声が響き、その声すらも不気味だと勘違いして、咄嗟にボタンを押してしまった。


「まだ二、三駅は先じゃなかったか?」


「いいの……」


 人がいるから小声で返して、止まるまでの時間は三分か四分くらいが少し長く感じるほど待ち遠しい。

 あんな話されて実物も見せられたら怖いと誰だって思うはずだ。


 やっと止まったバスが、入り口を開けているのにも目を向けず、ただひたすらに運転手の横にある出口へ早歩きで向かって、定期券をかざし、逃げるように出た。

 道路を走るバスの行く末を見ないようにしていても目は見てしまうものだ。


ーー私たちが座っていた二人席に、あの恨めしそうに睨むおじさんが座っていた気がした。

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