第23話 料理

 立ち上がったはいいけれど、少しフラついてしまって茨木に支えてもらった。自分で言った言葉なのに、何が大丈夫だ。全然なってないじゃないか。

 でも今は一階に行ってご飯の手伝いでもするかな。ちょうどいい時間だろうし。


部屋とは逆方向を向いて階段を降りるから、茨木は後をついてきて周りに危険なものが無いか気を付けている。そこまでしてするほどではないのに。


「あの男はまだいないんだな、よかった」


「時間的にあと少しで帰ってくるよ」


「あの男は本当に好かん……」


 きっと言っているのは父のことだろう。私も苦手だから共感はできる。

 だとしても、お金のことやこの家に住まわせてもらっていることから、あーだこーだ言える立場じゃないし、耐えるしかないだろう。


 キッチンに着くと母は晩御飯の準備をしていた。なんとなく今日はシチューな気がする。ルウのパッケージが見えたから。これくらいなら手伝えることはあるだろう。


「手伝うよ」


「ありがとう……でも、さっきの」


「どこも怪我してないから大丈夫」


「本当に? だって、あんなに音がしたのよ?」


「……上手く受け身取れてたから、怪我しなかったの」


 あんな所で受け身なんか取れるはずがない。でも茨木がいたから、なんて言えないし、見えないのにいるなんて言ったら頭の心配までされてしまう。

 とりあえずサラダの準備でもしよう。基本野菜切って並べてトマト数個置いたら出来上がるから楽で好きだ。


「野菜食わなくても生きていけるから実際いらんだろ」


「……」


 お前はそうだろうなと、一言声に出さずに突っ込まざるをえない。他に何かないかと思っていると、ご飯が炊ける音が鳴った。


「ご飯と一緒に炒めてくれる? 具はもう切っておいたから」


「わかった」


 もうフライパンにバターが入っていて、あとは炒めるだけの状態になっていた。具を入れる順番などはあるのかよくわからないので、全部入れていい具合になってきたら、炊飯器に入ってるご飯をフライパンの中に入れる。料理番組でよく聞く音がして少しだけ驚いたけれど、悪くはないと思う。

 見られている感覚があったから隣を見ると母は私を見ていた。失敗しないか気にしているんだろう。


「まだ焦げてないから平気だよ」


「少しくらいなら大丈夫なのよ? でもそれよりも、火傷しないでね」


「? すぐ治るから大丈夫だよ」


「ほう? 母親面するとは、まだマシだな」


 茨木の一言からして、もしかして心配してくれたのかな。母が私にそんなことするなんて珍しいこともあるものだと思う。まさか、私以外ここに誰もいないからかもしれない。


「でも気をつけるよ。火傷、痛いし」


「えぇ、気をつけて……あっ塩と胡椒入れた?」


「忘れるところだった……」


 味つけをしなければ素材の味がするだけなのに、うっかりしていた。調味料ラックから取り出して適量ふりかけ、コンソメも入れる。

 よく混ぜていると、隣のシチューも、もうすぐ出来上がりそうだった。いつの間にとは思っていたけれど、私が来る前には準備してあったんだから、早くても特に問題はなかった。


「手伝ってくれてありがとう。あとは盛るだけだから、お皿持ってきてくれる?」


「うん」


 いい具合に混ざったからコンロの火を消して、すぐ近くの棚から四人分の皿を取って、盛りやすいように並べる。

 母とできたものを皿に盛り付け、食卓に並べるのは嫌いではなかった。逆に少し楽しく過ごせたんじゃないかと思う。

 心なしか今日は口数が少し多かったし、居心地が悪いとかは感じなかった。


「……ごめんね」


 自分の分をお盆に置いて部屋に持っていこうとすると、さっきとは違う雰囲気で私の背中に呟いた。

 いまさら謝った所で、と思うけれど、どうせ母がどう父や兄に言っても変えられるわけがない。無駄なことだ。


「気にしないで」


 振り向かずに自分の部屋へ行くといつのまにか茨木は側にはいなくなっていたけれど、気にせず晩御飯を食べ、明日からどうしようかと悩む。

 きっと同学年中には話は広まっているだろうし、生活しづらいことには変わりはない。しかし、私が怪我させたと誤解が広まって報復されるのはどうやっても避けたい。


 あの暴力でも"やってはいけない"という事はあるみたいだし、それを知らない女子や男子からされてしまうと、治りやすい身体とはいえ、元には治らないものだってあるはずだ。


「拘束されて、無理やり……うっ鳥肌が」


 考えるのはやめよう。これ以上はいけない。晩ご飯を胃に押し込んで、逆流しそうなものを押し込む。


 急ぎで食べたせいで少し腹がきつい。


「せーつかー」


 間延びした声は部屋の外から聞こえ、聞き覚えがあるこの声は茨木だろう。どうしたんだろう。部屋のドア開ければいいのに。

 腹を抑えながらドアを開けると茨木が前にいて、絵本を片手ににっこりと立っている。


「何か用?」


「文字を教えてほしいんだ」

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