第21話 好意

 家の中に入って、そのまま洗面所へ向かって花瓶を水で洗って拭いてからちょうどいい水の量を入れた。


 零さないように慎重に階段を上り、自分の部屋までたどり着いた。そうだ、今日は遅い時間じゃないから兄は家にいない。

 誰にも邪魔をされることなく部屋のテーブルに花瓶を置いて、持ってもらっていたアヤメを花瓶へ。まだ萎れてはいなくて安心する。


 特に特徴の無い寂しい部屋に色が付いた。花があるだけで生活感があって明るくなるのは本当だった。


「花があるだけでだいぶ違うね」


「そうだな、取ってきてよかった」


 そういうとベッドに座る私の隣にやってきて、当然かのように手に触れて握る。

 出会ってまだ三日のやつに手を繋がれるのは、まだ少し抵抗がある。それにまだよくわかってないのにこういうのはちょっとなぁ。


「そこまで仲良くなった覚えはないよ」


「くっだめか……」


 まさかそれを狙って?下心満載過ぎるでしょ。でもそれが茨木らしいのかもしれない。

 これでも、まだ茨木には気を許している方だとは思う。隣にいる距離はあまり気にしなくなった。けれど、体を触れられるのはまだ慣れなくて無駄に気にしてしまう。私は妙なところで潔癖みたいなものがある。


 いちいち気にして馬鹿らしいと思うけれど、誰も近づいてくれる人がいなかった分、自分自身が慣れていないからだ。

 本来なら子供の頃に経験することを、私は全くしていないせいで、こんな面倒くさい捻くれた性分になってしまった。


 何でも周りのせいにするわけではないけれど、私だけが悪いわけじゃないと理解しているため、こうやって自分を保っていられる。それに苦手なものを克服しようとしているから、まだ成長のしがいがあるものだといいなと切実に思っていた。


「俺は手を繋ぐのが好きなんだ。こうやってな」


「なっ……!」


 無理やり右手で手を繋がされ、さらには指と指が絡み合って離れないよう、がっしりと繋がる。今まで一度だってしたことがない。


「この繋ぎ方が一番好きなんだ! これ、雪花が教えてくれたんだ。大好きな人とする手の繋ぎ方だって!」


「大好きって……あんたわざとやってる?」


「何かおかしなところがあったか? 雪花のこと大好きだから間違ってないと思うんだが」


 こいつを野放しにしておいたら、そこらの女の人みんな落ちるんじゃないかな。天然タラシだし、やっぱり鬼で良かったのかもしれない。


「そういうことは簡単に言うもんじゃないと思う」


「雪花に好きと言って何が悪いんだ? 好きなものに好きだと言うことは悪いことなのか?」


「あーもうだめだこりゃ」


 人の心を全くわかっていない。さすが鬼。気持ちに正直すぎて理解できてない。

 でも他の人には見えないし聞こえないし、あまり気にすることでもないか。私にしか見えていないんだから……だからといって私だって言われ慣れてるわけないから、辛いものがある。


「確かに他の女に言ったら、俺は世界一顔も良ければ力も強いから一発で惚れるな……他の女に言う理由は無いが」


「は……?」


「あっ雪花以外の奴らに言うことはないから大丈夫だぞ。誓ってもいい」


 こいつ今なんて言った?幻聴?さすがに今のは聞き捨てることはできない。

 今のは痛すぎる。あまりにも痛い。

 軽率に世界の男を敵に回しやがった。力が強いのはまだ分かる、でも誰よりも顔がかっこいいとは限らないだろう。大してテレビとか雑誌とか見てるわけでもないのに。


「かっこよくて強くて一途……! いい男の要素が三つも。雪花! 俺のことを放っておけないぞ!」


「あ、そう」


「えっ」


 こういう場合の時はスルーしておく方がいいと、クラスの女子たちが話していた気がする。他人の話は聞いといて損は無い。


「それよりさ、制服脱ぎたいから部屋出てくれる?」


「気にせずここで着替えてもいいんだぞ……?」


「着替えを見られるのが嫌なの」


 犬を追い払うみたいに手首を動かすと、渋々と言った表情で部屋から出ていく。だんだん茨木のことがわかってきた気がする。

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